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例会研究発表要旨

2011年度鹿児島民具学会例会

■種子島の鬼子母神をめぐる問題―鬼子母神の由来と展開、造形について

高重義好

 種子島主11代時氏は文明元年に法華宗本源寺を建立、京都・本能寺から下った日良を開山として律宗から法華宗に全島改宗した。以来法華宗唯一乗の島となり隅々まで林立した寺坊は夫々鬼子母神を祀り、島ぐるみ鬼子母神に守護される島となった。

 鬼子母神は元々インドの土俗神で人の子を攫って食べる鬼神とされた。が、仏教に取り入れられ善神と変わり日本に渡来して特に日蓮系諸宗で祀られ信仰された。種子島が島ぐるみ鬼子母神王国であるのは廃仏毀釈以前、法華宗以外他宗の入り込む余地が全くなかったからである。

 日蓮は鬼子母神を守護神として自ら考案した文字大曼荼羅に、十羅刹女等と共に配座して崇敬した。これは『妙法蓮華経陀羅尼品第二十六』に依拠するもので、鬼子母は経典の中で法華経持者、行者を守護することを誓約している。

 種子島では毎年、1月11日夕刻より13日早暁まで千百十巻の陀羅尼を誦す「温座祈念」の御祈祷を執り行のう。島民参加の中で鬼子母神を祈祷本尊として「呪」と「偈」が千百十遍唱えられ、出産子育て、悪疫退散など除悪招福のご祈祷が行われる。

 鬼子母神の造形は、幼児を抱えた母形といわれる豊満な美女タイプと、総髪合掌形の鬼形といわれる異形の像がある。種子島には両形の像が見られるが、廃仏毀釈を乗り越え伝えられた木造で、高さ10から20センチ前後の小形像である。一般に母形の抱児形は安産子育て、鬼形は破邪調伏といわれる。

2012年1月例会 - 2012.1.14 鹿児島市中央公民館

牧洋一郎「牧園町横瀬の共同浴場」
高重義好「種子島の鬼子母神をめぐる問題」

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