上野神社周辺供養塔群


【担当者コメント】
 上野地区は山川町との町境に位置し、北には池田湖が広がる高台にある集落である。
 自然の要害といった趣で、上野神社周辺も歴史上重要な拠点であったことが想像できる。

 【「ふるさとの文化財」より抜粋】
 上野には古くから「上野どんの墓」と言われ、比翼塚とも見られる二基の宝塔を中心に、百数十の供養塔群がある。
 住民は上野城主の墓として保存につとめ、区民は平家の落人の子孫であり、上野どんは殿様であると信じている。
 この上野どん墓地は雑木林と松の大木が茂る高台にあるが、昭和15年12月整地して、神社社屋を新築し、上野備中守を
 祭神とし、三嶽神社・塩手神社・辻堂等を合祀した。
 二基の宝塔は、墓塔群のほぼ中央一段高い所にあって、周囲には五輪塔板碑等中世の資料と思われるものが多い。
 また、上野どんを過ぎた所に「ムツドン(六道)」という六体の柱状地蔵碑が並んで立っている。六道即ち地獄・餓鬼・畜生道と
 修羅・人間・天上道の三悪、三善道が辻に立って死人を教化するという地蔵菩薩の信仰から宝暦13年(1763年)に
 建てられたものである。この六道碑の前の路上に半畳敷程の自然石が埋め込まれてあった。これは、現世と冥界への道中を
 現わすものと言われている。

 


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