九郎塚


【担当者コメント】
 九郎塚は、開聞町の給食センター北側の隅にある。今では木々に覆われてその塚も良く見えない。
 民の英雄の碑も、現在ではすっかり忘れ去られている。

 【「ふるさとの文化財」より抜粋】
 給食センター北側に「クロドン」と呼ばれる無銘の碑があり、これが九郎塚である。
 ●九郎塚にまつわる物語
  頴娃六代領主兼堅病死後跡目争いが始まり、元亀2年(1571年)7月18日兄の九郎兼有は、弟の小四郎兼慶の母
  帖佐氏をとりまく頴娃新左衛門一味の内謀で廃嫡され、従士63人と共に開聞宮にたてこもったが、頴娃新左衛門を
  将とする300余人の城兵に急襲された。九郎方は多勢に無勢、戦い利あらず、九郎は頼宋法印に導かれ、内陣の
  後方山中に潜り、坊津一乗院に落ち延びるため西の松林にさしかかったところを敵に発見され、しかたなく敵中に
  突進し斬りまくったが、雨あられと飛んでくる矢に当り、25歳の若さで悲しい生涯を閉じた。




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