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こしょこしょ日記
                                      


7月23日

日置市東市来町美山「東郷茂徳記念館」で『八島太郎コレクション世界の民芸品展』が開催されています。7月31日まで。
見飽きない民芸品の数々です。是非ご覧になって下さい。八島の絶版絵本や外国で刊行されたものも置いてありましたよ。また、東郷窯の登り窯跡は圧倒されました。



東郷茂徳記念館で八島太郎とは、何とも言えない鹿児島らしい複雑なところです。(こんな言うのはアタシだけかな)

  

八島が集めた民芸品の数々です。記念館のご担当の方が「未発表の絵本や絵画は撮影禁ですが、民芸品はいいですよ」と。一部ですがご紹介します。

 

  

 

八島の未完絵本『Doll Village』は、これらの民芸品がモデルになっていた。娘が、原画と民芸品を見比べて当てっこを楽しんでいました。もう一つ『十五夜の月』という絵本もあったけど、これは中を見られなかった。

 

写真が下手ですみません。六花窯さんに弟子入りします。


7月6日

リゼットオープン6周年記念の「おはなし会」はとても楽しかったそうで、これからもよろしくお願い申し上げます。

店が6年目という事は、古本屋を志して10年になる。10年も続けると本の背表紙を見た数は相当なものだと思う。
お陰様で店の整理も進みすっきりしてきた。今年になってから何トン処分しただろうか。奥の奥にあった本がひょっこり「ここにあったか、この本は」と、せっかくネット注文いただいたのに探しきれなかったものも出てくる。

昨日は、『古本屋の来客簿−店主たちの人間観察』という本が出てきた。全く持って10年前、わくわくしながら読んだ本である。ここに原稿を書かれた古書店主のようになりたいな、と思っていた。読み返すとこれがまた面白い。同業者でないと分からない皮肉がたっぷり書かれてあったりして。

「図書館で見た郷土誌だけど‥」と、古本屋は「買ってくれるんだ」と思い手渡すと、見返の値札を見て「4万円か」とニコニコ笑って店を出て行く。また、しばらくするとひょこっと現れる。アタシが文章にすると愚痴の絶頂だろうけど、先の古書店主さんたちならば、ユーモアたっぷりに書かれる事だろう。
古本屋が多く体験するのに、蔵書処分にあたりご遺族(ほとんどは奥様)の蔵書への態度である。これがまたバラエティに富んでいる。ある古書店主さんの一文に、それが見事に書かれてあって、これからの買い取りは、その一文が頭から離れなくなるかも。

  

鹿児島市内の、篤姫が暮らしていた近くにある「県民教育文化研究所」でのイベント「春日茶寮」に伺いました。
昭和20年の鹿児島市戦災でも奇跡的に残った建物です。釘を1本も使わない構造だそうです。

主催の香煎さんの珈琲をいただく。la fleurさんのお花が素敵でした。la fleurさんはもうすぐ留学ですね。
「かごしまの歴史を語る会」の打合会では、みんなでla fleurさんの留学先にお邪魔しよう決めた(?)ので
貯金頑張ろう。
  


7月1日

アルバイトの決算が終わりホッとする。サラリーマンの頃、7月1日から数日まとめて休みをもらっていた。宮崎県の椎原村から高千穂峡までドライブしたりとか。



朝の散歩。指宿枕崎線。夏草は遊佐未森さんの曲が浮かぶ。

 

永田川を自転車で走る。サギや鴨がゆっくりしている。デパート催事では、「お前、詐欺か」とよく言われていた事を思い出す。
定価より高い本が出しにくくなって、結局バーゲン、バーゲンのお祭りみたいになってきた。それはそれで、在庫処分の恩恵があったけど、その分、読書家なり好事家との縁が薄くなってきていた。
古本屋が自信を持って古書を出せるような催事は、鹿児島では夢のまた夢か。

  

永田川からそれて山に向かう。滝の下川。小さい滝だけどマイナスイオンがいっぱい。「滝の下川の『田ノ神サァ』」その名の通り田圃の神様。
自転車をこいで1時間弱のコースです。体調がよければ、さらに慈眼寺公園まで走ります。


6月22日

先日来店されたお客様。40冊ほど買われたので少しお話しをしたところ、天文館のゴンザ通に新しく雑貨店を始めた方でした。
お店のブログでは古本もアイテムにあり、いよいよ鹿児島に古本が雑貨としてデビューするようになったようです。

保育社のカラーブックスをすすめてみました。お店で売れるよう願っていますし、リゼットも雑貨店とか喫茶店へ自信をもって販売できるような本を集めたいと思います。

 

いい本には、いい本棚をという事で、「ジャポニカセブン」さんに本棚を作っていただきました。棚板に古本屋もビックリの仕掛けがあります。

10月には、卸本町のニワヒデキ商店さんで大きなイベントが予定されています。イベントのメインスペース『純喫茶 すばこ』の本棚でデビューさせる予定です。


鹿児島在住の、そのお姿とお心からして「天使」としかたとえようがない「バラ色の雲」さんのブログです。手作りのイチゴジャム有り難うございました。
娘の許可無く、かあちゃんが勝手に食べたのでただ今けんか中です。


6月19日

毎年、鹿児島古書籍商組合のデパート即売会であわただしい頃ですが、残念ながら中止というのか出来なくなりました。
まあ、10年も続きましたからよく頑張ったと思っています。
催事では売れないとかぼやいていましたが、いざ催事がないとなれば、その分ネットで売らなければならず入力三昧の今日この頃です。

ところが、神様が見ておられたのか、「東京大学史料編纂所 『復古記』」「会津藩教育考」とか、あっという間にデパート催事の売上げの半分ほど注文をいただく。(会津藩関係者の皆々様には伏して感謝申し上げます)

デパート催事は、リゼットだけでも段ボール150箱ほどの準備が必要で、それをカーゴに乗せて会場まで運ぶ事、そして、午前10時〜午後8時まで一週間会場に立ち続け、撤去となると段ボール140箱なので「売ることの大変さ」をいやと言うほど味わいました。
だから、ネット販売は「(あっという間に売れて)これでいいのだろうか」という気持ちにもなりますが、会津藩がなければ、それどころじゃなかった、か。

「鹿児島の郷土誌は売れない」とよく県外の古本屋さんから言われますが、鹿児島の古本屋としては、それは、全く身に沁みて経験しておりました。
しかし、デパートの一角に鹿児島の郷土誌を一堂に集め披露する事は意義のあった事と思います。(誰も褒めてはくれないけど)

郷土誌は「糸書店」さん「廣文館」さんにはかなわないから、アタシはアタシのやりたいジャンルに集中しようかな、と、ふと思うところです。

  

最近は、買い取りにいっても本よりこんなものに目がいってしまいます。ミシンはともかく、次は何でしょうか。


答‥携帯用枕


5月26日

風邪と1ヶ月もつき合ってしまいました。耳が詰まった感じで、耳鳴りもあり、吹上町のマルシェでは皆様と「とんちんかんな」会話になってごめんなさい。少し良くなってきたかな。

 

KINENBIさんのお嬢さんやアタシの娘も作った、てるてる坊主が頑張ってくれ天気になりました。

 

空気が美味しく、温泉のにおいが風に乗ってきて、あっという間の一日で名残惜しい気持ちでした。「cafe aoba」さん、「中島温泉旅館」さんはじめ皆様に感謝申し上げます。ありがとうございました。

5月6日

いろいろあったゴールデンウイークでした。2日の午前、kinenbiのAさんさんから訃報が届く。夕方まで落ち着かずAさんと祭場へ。Iさんの涙が辛い。

  

5日は、ニワヒデキ商店のNさん(←六花窯さんの言うとおり意味ないね)から「是非行ってみたら」と、霧島町の「ウインドの森」へ。

 

ワンちゃんも、黒ヤギちゃんもおっとりしてして、やさしい目をしていました。

 

ランチをいただきました。食事中、目の前にある巣箱に「シジュウカラ」が。すばしっこいので写真は無理でした。

 

「ナニワイバラ」というそうです。家を覆い尽くしています。ばったりと出会った「ノースタイル」Kさんご家族とお喋りしつつ、あっという間の4時間でした。帰り際「更紗屋」さんともばったり、お互い指さして「アハハ」。

4月25日

とりあえず、仕事が一段落しました。そして10週間続いた新聞のエッセイも無事終わりました。東京・神田のある古書店さんから「読みましたよ」と手紙をいただき恐縮至極。

  

鹿児島市の山田町にある「緑館」さんの、ピクニックガーデンオープンイベントです。写真は六花窯さんの七輪陶芸。ドライヤーで風を送っているのが見えますか。火力1300度は新品の七輪もあっという間にボロボロに、焼き鳥を残り火であたため、出来たての器で乾杯と贅沢な一日でした。

ピクニックガーデンの入園料は300円ですが、緑館さんお手製のお茶とお菓子付です。5月3日のKTSテレビ「ナマイキVoice」で紹介されますのでお楽しみに。(ついでにリゼットのかあちゃんも出ますので、ビックリなさらないでくださいね)

 

右はかあちゃんの脚付の器です。左はアタシです。駒の形のようで、とてもどっしりしていて、だけど見飽きないのです。焼酎が旨い!!サンキュー六花窯さん。
真ん中は、イベントに参加された「ステンドグラス工房・千妃呂」さんのロウソク台です。ロウソクの光がキラキラと反射して素敵です。千妃呂さんの壁掛けステンドグラスが欲しいなぁ。

3月12日

長岡さんから、決定的な新資料について日記に書いてもいいですよ。とメールが届きました。本を買って読まれないと、何がなんだか分からないと思いますが、まあ、おつき合いを。

それは、文久2年10月7日付の土佐脱藩士・那須信吾書簡でした。那須信吾は、当時、大石団蔵(あの鹿児島中央駅の「若き薩摩の群像」の17人の群像にない高見弥市)らとともに、京都の薩摩藩邸にいたので、かなり精度の高い内部情報として生麦事件の報告があったと思われます。

・・秋頃、三郎様ー和泉様事、此の度び御拝領の御名なりー御東下、金川(神奈川)御通行の砌り、夷人三騎、御行列先きえ乗り掛け、二人切り留め、一人は大分手疵を負いながら遁れ候。是れに出合い候人数、海江田、奈良原喜左衛門が弟・喜八郎などの働きと承り候。・・・(那須信吾書簡)


奈良原喜左衛門単独説である鹿児島の正史は、事件から30年も後の聞き取り調査であり、しかも真相を語れない状況であった事。また、結局は明確な資料はないという訳である。
那須信吾の書簡は、事件後数ヶ月のものであり、まだ証拠隠滅なり口裏合わせがなされる前のポロっと出てしまったホントのことと考えてもいいのではないか。

「新釈生麦事件物語」に書かれてある、指宿で刊行されたガリ版の郷土誌も同様に、口裏合わせすべき人なのにそれがなかったので素直に事件の状況が喋られたと思う。

心の底から、長岡さんが心血注いだ生麦事件の真相解明が、沢山の方から認めていただけたらと思います。「血の迷宮−生麦事件」も併せて読まれたら、また、面白いと思います。


3月7日

 ネット注文が、どんどん減ってきてやや焦り気味のこの頃で、他にアルバイトも急がなければならず気もそぞろ。



長岡さんから、献呈署名有識語無で届き、とても嬉しく出版祝いにあの幻の焼酎を送りました。、鹿児島の焼酎が届いたことに「数日間は良き日かな」と相変わらずでしたが。出版後に、決定的になるかもしれない資料に出会ったそうです。これからいろいろと検討など重ねると思いますが、横浜で大きなニュースになってほしいものです。

2月の初旬に、地元の新聞社から電話があり、その時はダレヤメ(晩酌)中で、しかも壊れかかった子機だったので聞き取りにくく、察するところインタビューだろうと思い「ハイハイ」と答えたところ、届いたのが10週間に10回、700文字ピッタリで書けという内容で、一生に一度の事と思いただ今書いております。今週で半分が終わりました。

このエッセイコーナーは昔から続いていて、鹿児島の相当たる方が書くところと思っていました。場違いの身分違いの気もするけど、鹿児島のこと、古本のことと2つの大きなテーマからいくつか書いています。親族からは「貧乏ネタは絶対書くな」とご下命があったので、非常にハンディを背負った執筆で苦しんでおります。


2月5日

 まだまだ続く忙しさですが、日曜日の昼はちょっと休憩。

 

ミニコンサートに家族で出かけました。大きいマリンバでしょう。横のアップライトピアノがかわいく見えます。ついでに出演しました、かあちゃんの絵本読み聞かせもいい感じでした。


1月31日

 大口市のI先生がぶらりとご来店。以前、隣町になる、菱刈町の方の蔵書処分でお世話になった。菱刈町の方の蔵書は、とてもすばらしくてI先生にはとても恩義を感じている。お喋りが楽しく、家内も一緒になって店でゲラゲラでした。
先生が中学の頃、砂糖入りお茶を飲ませていただける理由で、海音寺潮五郎の自宅にはよく遊びに行ってたそうで、最近は、海音寺に関わった方の聞き取り調査もされてるそうだ。

前回書きました、店舗のイメチェンは、ずっと前、鹿児島市内にあった古書店のイメージを再現したいなと思ったからで、ところが、その店の名前がどうしても思い出せず、I先生に伺ったところ「文耕堂書店」でした。I先生の文耕堂書店の思い出は、大口市の名士の方のお使いで文耕堂書店に本を買いに行くと、雨の日、主人の計らいで、美しい娘さんが、傘をさして山形屋バスセンターまで送って下さった。約300メートルほどかな。それから先生は、文耕堂書店のお使いがあるたびに、大口市から鹿児島市までのバスの中、ひたすら雨よ降れと願ってたそうだ。(大爆笑)

おかげさまで、文耕堂書店の外壁は思いだした。店の中の記憶はうっすらしかないけど、黒色の木製本棚で本が美しいと感じた。リゼットはグレーのスチール棚なので、味わいは出ないが、せめて本の配置で自分の思い出を再現してみたい。


1月29日

さてさて、お店にはこんなものがありました。
 

日吉町は、「小松帯刀」縁の地です。なんと、小松家関係の方からお預かりした「竹製の弁当箱」「竹製の傘立て」「化粧箱」が展示されていました。書籍は「幻の宰相 小松帯刀伝 上下巻」や「鹿児島県史料 帯刀日記」もありました。
前田さんには、本当に有り難うございました。興味あられる方は、是非遊びに行ってください。お菓子の美味しさは、わが娘、KINENBIお嬢さんのお墨付きですよ。

昨日は、思うところあって、店の本を1トンほど処分しました。大汗をかいて風邪気味。まだまだ処分する予定です。そして、いよいよ田舎から本を運びます。この5年間思い描いていた店に少しは近づくかな。

今週と来週は、かなり忙しくなります。実は、10回ほど掲載される原稿を書く事になりました。詳しくは後日報告します。


1月21日

雨の日曜日になりましたが、「KINENBI」さんご家族と「更紗屋雑貨店」さんと一緒に「CAFE AOBA」さんにお邪魔しました。リゼットも家族全員で、娘は「KINENBI」さんのお嬢さんと久々に遊べるのでハイテンション。はしゃぎすぎて鼻血が出やせんかと心配でしたが。

「CAFE AOBA」さんのお店は次々とお客様が来られ、鹿児島にもたくさんセンスの良い方がいらっしゃるんだな。2時間があっという間に。

さてさて、「KINENBI」さんのお店にある「nest coffee」スペースに蓄音機が入りまして、取り扱い方など蓄音機に詳しい方のところに伺おう会が今日のもう一つの目的でした。

車で約30分ほど北上して日置市日吉町の「御菓子司前田家」さんに到着。つい最近、お菓子のコンクールで県知事賞を受賞されました。
詳しくはここ

 

音質が素晴らしい。繊細な音色、ダイナミックさ、生々しさ、全ての素敵な形容詞をつぎ込みながら聴きました。蓄音機とSPレコードの相性もあるそうです。同時代でないと良い音が出ないそうです。
厚かましくもご自宅に伺う。ここでも前田さんご自慢の蓄音機を見せていただきました。 (続く)


1月17日

学生時代の先輩さんのお母様から喪中のご案内が届く。先輩さん本人の急逝。数人の友人に電話をする。友人達も葉書で知ったと。
悶々とした二日後、後輩さんからも電話があり、まだ納得しがたいが(やっと)涙が出てきた。

70年代後半はサブカル全盛期といわれるが、やはり当時は知る人ぞ知る世界で、先輩さんからはこの魅力的な世界を教えていただいた。「黒テント」「赤テント」「第七病棟」「天井桟敷」、オールナイトで「若松孝二連続上映」とか、極めは「フリージャズ」。東京まで先輩さんについて行って、芝居の後、寺山修司ご本人を見た瞬間は今でも強烈な印象で。
しかし、まだ死を納得出来ないな。元気な先輩さんの顔が強烈に浮かんでくる。

3連休中「六花窯」さんにお邪魔する。伺うのは初めてです。六花窯さんのブログにも登場するワンコ「リキちゃん」たちの大歓迎を受け、恐がり屋の娘も、ナデナデが出来て大興奮でした。
六花窯さんは、2月6日(水)〜12日(火)ドルフィンポートで「Happyな器展」があるそうです。これがとても気になりました。かあちゃんと二人「こんな照明欲しいね」、と。

  

六花窯さんは、なんでもかんでもオシャレなのです。器展の準備が忙しいところ長居してごめんなさい。


1月7日

昨日から宮崎に一泊する。国道沿いのリサイクル店や骨董屋などに入りながらです。自分が読みたいなと思っていた作家の評論本がことごとく無くなっていた。1冊残っていたが値札が300均だったので「あーぁ、やられもうた」
いつも利用しているホテルで、親子三人して大河ドラマ「篤姫」をみる。いきなり、あの麿赤児が人影役で出演。この筋の役者が出るといいねぇ。かつての大河ドラマ「黄金の日々」のシーンを思い出します。

娘は明日から新学期。七草粥を作る宿題のため、宮崎から早々と帰る。



いやいや、美味しくいただきました。鹿児島では、親族や近所の方7軒を廻り七草粥をいただく風習がある。その時の娘の晴れ着姿を想い出す。箸置きは、東市来町美山の窯元さんで、娘がどうしても欲しいと駄々をこね買ったものです。



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