| 昔のこよみと今のこよみ
江戸時代の仮名暦は、今では占い・迷信でしかない記事も含めて記載内容が非常に豊富ですが、現在のカレンダーは、言葉は少なめにした簡素なこよみになっています。 「こよみ」は「日にちを読む」ということだから、月日を間違いなく数えていれば済むことですが、淡々と数えていると退屈になります。そのせいか、こよみにまつわる占い・迷信は今でも盛んですが、なにもかも1年ぶんのカレンダーに集めておく必要はないということでしょうか。 新聞もテレビもなかった昔のこよみは、情報のすべてを一枚のこよみに盛り込んでいたのかもしれません。 |
天保壬寅元暦
慶応二年丙寅 (さつまごよみ) 鹿児島県立図書館所蔵
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慶応二年の薩摩暦 この暦本の編者、水間喜藤太良包は鹿児島・島津藩の藩士であるが、「薩陽
天文生
水間良包」とあるように、形式上は朝廷の陰陽寮に勤める天文生です。 |
斗木 .
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薩摩暦の特色
薩摩暦は、伊勢暦などと同じく木版摺りの仮名暦ですが、大田南畝が「彼国の暦は書物の如くとぢて明白にして甚見安し」
と評しているように、丁寧に製本されています。
薩摩暦は、その地理的な特殊事情に基づいて特別に公認された暦本であり、その記載内容においても、全国一様の他国の暦とはおもむきを異にしていた。 薩摩暦の暦注を見ると、全国一様の暦にあるものに加えて、東シナ海を隔てて中国(当時は清国)の暦に見られるものがいくらか混じっているようです。 |
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正月の後半(十五日〜晦日) 井木....
晦日 かのへとら
廿九日つちのとのうし 廿八日つちのへね 廿七日ひのとのい 廿六日ひのへいぬ 廿五日きのとのとり 廿四日きのへさる 廿三日みづのとのひつじ 廿二日みづのへむま 廿一日かのとのみ 日出より日入迄 昼四十八刻
夜五十二刻
六より六迄
昼五十三刻
夜四十七刻
廿日 かのへたつ
十九日つちのとのう 十八日つちのへとら 十七日ひのとのうし 十六日ひのへね 十五日きのとのい 慶応二年丙寅 閉 開 納 成 危 破 病 定 平 満 除 除 建 閉 開 納 天一
子十方くれ 退下弦 天一
戌亥啓蟄
天一
酉望 吉愛 起工けんふく動出
吉
よめ取
忌
帰忌
生気 まつり治病井ほり
吉
母倉 たからおさめ人からめ
吉
月息 種まきいとくり
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針灸吉
明星 よめ取うつり出行
吉
神在 治病家とき
吉
ニ
入
けんふく出行かまぬり
吉
次吉 家立衣たち
吉
針灸
忌
血忌
黄道 かべぬり屋ふしん
吉
種まき
忌
地火
.十く
||||よろづ
忌
三月節 今暁八時九分
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天息 けんふくいとくり
?
?吉
天赦 そせをうつり木きり
吉
大明 家立うりかい
吉
よめ取針灸
忌
めつもつ日 ||
よろづ
忌
六合 種まきたからおさめ
吉