(目次)月と季節とこよみ   home

旧暦では、今年は「閏二月」がある年になりました。すなわち太陰太陽暦では、だいたい三年に一度、閏月が置かれるわけですが、その月の選定には二十四節気がおおいに関係しているというのです。

  季節にうるう月2004. 2. 7.斉民要術耕田第一 04. 2.19

月のこよみ(トップページ)にも記している「立秋(七月節気)」「処暑(七月中)」などの二十四節気は本来、太陰太陽暦の季節区分でしたが、現行の太陽暦(グレゴリオ暦)のこよみにもよく馴染んでいます。
 昔は1年の時間を24等分して節気の日にちを定めていましたが(平気法)、天保暦は、黄道の1周(360°)を24等分する各点を太陽が通過する日を節気の日にしました(定気法)。

  こよみの中の二十四節気 (前編) (後編)

 いまや、春分・夏至・秋分・冬至などは純粋に科学的に決定されるもので、これを昔からある二十四節気のひとつと意識する人は数少ないと思いますが、天保暦を経てみれば、名称はもちろん天文学的な定義も昔のこよみそのままであるといえるわけです。

 そこで、太陽の通り道という黄道を天球の中に描いてみました。
 毎夜同じ時刻に星空を観察すると、天球は、その北極と南極を結ぶ線を軸に東向きに回り、1年かけて1回りする。
 毎日正午に太陽を観察すると、太陽はいつでも真南の空にあって、1年かけて上昇し下降する。冬至の太陽は最も低く、夏至の太陽は最も高い。それで、1年かけて1回りする天球上に、正午の太陽の軌跡、黄道が描かれる。
 このような太陽の移ろいにつれて、夏は早く夜が明け、冬は早く日が暮れてゆくのですが、昔の時計は、朝の「六時」を夜明けに合せ、夕の「六時」を日暮れに合せるきまりで、昼の「六より六まで」と夜の「六より六まで」の時間は(季節によって)伸び縮みするものでした。

 これを不定時法といいますが、天保暦のこよみは、節気の日の脇に(その時期の)昼夜の絶対的な比率を記して、不定時法の運用をサポートしています。

  二十四節気の日付と時刻 5.23.   薩摩暦の昼と夜 6.04

 私が見ることが出来る江戸時代のこよみは薩摩暦だけです。それはどんなものなのか。写真に簡単な解説をつけて紹介しています。

  干支と曜日 7.02New  慶応二年の薩摩暦 7.02New

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