方圓を測る home
晋の劉徽は、「周157/直径50」 という円周率(九章算術の注では「徽率」)を始めた人で、いわば円周率(3.14)の生みの親である。
但し、この 3.14 という数値は、実用の便を考慮した約数(略数)つまり「約率(粗率)」であり、劉徽の研究は、半径1尺の円に内接する192觚の「冪 314寸・625分寸之64」を示して、裕々と、その確実さを証明している。
(九章算術 劉徽注)
・・・・。之開方除之得小弦6分5厘3秒8忽餘分棄、
之即9十6觚之1面、以半径1尺乗之、又以4十8乗之、
得冪3萬1千4百1十億2千4百萬忽、以百億除之、
得冪3百1十4寸6百2十5分寸之6十4、
即1百9十2觚之冪也、觚 周 (4*面積)
6 * 0.500000 = 3.000000
12 * 0.258819 = 3.105829 (3.000000)
24 * 0.130526 = 3.132629 (3.105829)
48 * 0.065403 = 3.139350 (3.132629)
96 * 0.032719 = 3.141032 (3.139350)
192 * = (3.141032)・・・・・・・。故還就1百9十2弧之全冪3百1十4寸、
以為圓冪之定率而棄其餘分、以半径1尺除圓冪之倍之、
得6尺2寸8分、即周數、令径自乗為方冪400寸與圓冪
相折、圓冪得1百5十7為率、方冪得2百為率、方冪2百
其中容圓冪1百5十7也、圓率猶為微少、案弧田図、
令方中容圓圓中容方、内方合外方之半然則圓1百5十7、
其中容方冪1百也、
劉徽が最終的に極めた円周率の値は「周3927/直径1250、(3.1416)」である。
後に「周355/直径113、(3.141592)」という値を計算した宋の祖冲之は、約率「周22/直径7(3.14285)」を唱え、これが九章算術・李鳳注に採用されている(李鳳注において「密率」と呼ばれているのは比較的な意味であると理解される)。古之九数、円周率3、圓徑率1、其術疏舛。自劉<音欠>、張衡、劉徽、王蕃、皮延宗之徒、各設新率、未臻折衷。宋末、南徐州従事史祖冲之、更開密法、以圓径1億為1丈。円周盈數3丈1尺4寸1分5厘9毛2秒7忽、<月肉>數3丈1尺4寸1分5厘9毛2秒6忽、正數在盈<月肉>2限之間。密率、圓径1百1十3、円周3百5十5。約率、圓径7、周2十2。又設開差冪、開差立、兼以正圓参之。指要精密、算氏之最者也。所著之書、名為綴術、學官莫能究其深奥、是故廃而不理。
(隋書巻15、志第11、律暦上)気安く「約率」とはいえ、その裏には奥深い数学研究が隠されている。劉徽や祖冲之は稀に見る高尚な数学者だが、なかなかどうして俗世間のこともちゃんと考えていたわけである。
さて、九章算術本来の「周3径1」もれっきとした「約率」で、「周157径50」や「周22径7」と肩を並べている。とはいえ、(3/1)/(22/7)=21/22=0.9545、というように(大秀才の祖冲之に)比較評価されると、肩身が狭くてひけめを感じるが、95点もとっているのだから、なにも落胆することはない。
方1尺、円冪156.25寸。
ところで、祖冲之は、古制の研究において「円周率(3.125)」に相当する潜在的なものを明らかにしていたふしがある。これは「円周率に対する制度的な要請」というほうが適切であるが、今回は、円周率の知られざる側面を「方圓」の問題を通して検討してみたい。周禮、 氏
「為量、鬴、深尺、内方尺而圓其外、其實1鬴、其臀1寸、其實1豆、其耳3寸、其實1升。重1釣。
其聲中黄鍾。概而不税。
其銘曰『時文思索、充 其極。嘉量既成、以観四國。永啓厥後、茲器維則。』」
春秋左氏傳曰
「齋舊四量、豆、区、鬴、鍾。4升曰豆、各自其4、以登於鬴。」
鄭玄以為
方尺積1000寸、比九章粟米法少2升、81分升之22。
祖冲之以算術考之、
積凡1562寸半。方尺而圓其外、減傍1厘8毛。其径1尺4寸1分4毛7秒2忽有奇而深尺、
即古斛之制也。
『隋書律暦志 (隋書巻16 志第11律暦上)』
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周の時代に「嘉量」という円筒形の枡(ます)が制定された。そのことが周禮に述べられている。器物としての嘉量の形状については、新の時代になるが嘉量の遺品が保存されているので、周の嘉量もそれと同様のものを想像して間違いはないだろう。そこで、周嘉量と新嘉量(漢嘉量)とを比較しながら検討する。
まず、周嘉量の「鬴」は、「深尺、内方尺而圓其外、」というから、その円筒は、底面が直径が(√2)尺の円をなし、深さが1尺である。
祖冲之は、その算術によって、周嘉量(鬴)を考察し、
「容積は1562.5寸(深さが10寸、底面積156.25寸)と考えられる。底面に、4辺各1尺の正方形に内接する円を描くと、直径が(√2)尺=1尺4寸1分4厘2毛1秒3忽余りになるが、面積を正確に156.25寸におさめるためには、直径の両端を各1厘8毛削減して、直径1尺4寸1分4毛7秒2忽余りとしなければならない。深さは1尺。これがすなわち古い斛の制度である。」と述べている。
この計算は、4*156.25*(113/355)=198.9436余り、 √198.9436余り=14.10473余り、
ということで、祖冲之薬籠中の密率(113/355)によるものである。そんな密率を知るよしもない古人が1厘8毛という仕事をしたというのは空想にすぎない。「方尺を環る円を(迷いなく)描けば面積はぴったり156.25寸になる」と古人は考えていたはずである。それよりも、「積凡1562寸半」と推測された根拠が何なのか私には気になる。後で触れるが、劉徽の推測では、方ますの豆が4升というから、4*4*4=6斗4升が1000寸の鬴(方体)に当たる。1斛は、1000*(100/64)=1562.5寸という計算になる。
すなわち「方1尺2寸5分の冪は方1尺(内接)圓の冪に等しい。」という観念に基づく制度であり、制度に基づく観念である。これにしたがえば、円周は 4*156.25/(10√2)=31.25*(√2)寸。直径は、(10√2)寸。つまり、制度上要請される円周率は3.125ぴったりで、周25直径8の比率である。とはいうものの、「(直)径1尺4寸1分4厘2毛1秒3忽有奇」というように把握できる人は極僅かだから、「方1尺而圓其外」といったほうが断然明解である。
漢志曰
「量者、やく、合、升、斗、斛也、所以量多少也。本起於黄鍾之やく。用度數審其容、以子穀秬黍中者千有2百、實其やく、以井水準其概。合やく為合、10合為升、10升為斗、10斗為斛、而五量嘉矣。 其法用銅、方尺而圓其外、旁有.焉。其上為斛、其下為斗、左耳為升、右耳為合、やく。其状似爵、以縻爵禄。上3下2、参天両地。圓而函方、左1右2、陰陽之象也。圓象規、其重2釣。備気物之數、各萬有1千5百2十也。聲中黄鍾始於黄鍾而反覆焉。」
其斛銘曰
「律嘉量斛、方尺而圓(圜)其外、.旁9厘5毛、冪162寸、深尺、積1620寸、容10斗。」
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祖沖之、以圓率、考之、
此斛當径1尺4寸3分6厘1毛9秒2忽、.旁1分9毛有奇。劉〈音欠〉庇旁少1厘4毛有奇。〈音欠〉 數術不精之所致也。
(隋書律暦志)新嘉量(漢嘉量)斛は、その銘によれば、深さ10寸、底面積162寸、容積1620寸を、標榜しているますである。その底円は方尺円よりすこし広い(162/156.25=1.0368ちょうど)。内接正方形の冪(面積)は、(64/100)*162=103.68寸。これを開平(√103.68)すると1辺が10.18233・・寸ということになる。(略算)100+3.68/2=101.84寸。実用的には、ものさしの測定の限界も考えて、1尺1分9厘、ということでよいのではないだろうか。
なお、冪103.68寸の正方形の対角線は1尺4寸4分ちょうどである。
14.4*14.4*(25/8)/4=162寸。
敢えて周径を尋ねるなら、円周4尺5寸、直径1尺4寸4分、という答えになる。→嘉量斛底面〈寸法と面積〉
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チョウ
不満之貌 (廣韻)、
鄭氏曰、
過也。
(前漢律暦志注)
(廣煕字典より)
「過也」という語釈があるが、「不満之貌」が、満たされていない空隙がおのずと存在しているという意味なら、ただの「超過」とは語感がやや違うような気がする。
「兆」は(「漢字源」によれば)吉兆・兆候というように、ト占で亀甲を焼いてできたひび割れのことで、ふたつに割れるという意がある。その隙間を空虚なるものが埋めているということか。いずれにしても高度に抽象的な言葉である。
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ところが文字では「方尺」なる正方形が示されているので、実際の内接正方形のすがたは、「方尺」のまわりに庇(ひさし)が張り巡らされたさまになる。「.
旁9厘5毛」というのはそのことであると思う。直径(対角線)が、1尺4寸4分と決まっているのだからそこで正確に測ればよいので、.
は4辺の傍らに各「9厘5毛」あるものとして何の落度もないと思う。この計算の筋道を示すと、
103.68寸*(156.25/100)=162寸
この(156.25/100)率は嘉量という制度の規律であるから、冪162寸を標榜する円においても、内接する正方形が(たとえ姿は見えずとも)必ずなければならない。祖冲之において円周率(355/113)が自然の摂理であるにしても、
冪103.68寸の正方形(方1尺1分8厘2毛3秒3忽有奇)の対角線1尺4寸4分を基準にして、
(14.4−14.36192)/2=0.01904、
「減旁1厘9毛」というふうにことを明らめるべきである。私はそう思うが、当の祖冲之はどう考えたかというと、
4*162*(113/355)=206.2647・・。 √206.2467・・=14.36192・・=「径1尺4寸3分6厘1毛9秒2忽」。
14.36192−14.14213=0.21979。 0.21979/2=0.109895=「1分9毛有奇」。冪162寸から密率(113/355)によって、外接正方形の冪を求め、これを開平して「径1尺4寸3分6厘1毛9秒2忽」を導いた。「方尺」の対角線(14.14213寸)の両端に各「1分9毛有奇」の平行線分を加える必要がある、という考えかたをしている。なんということか!
新嘉量の「.旁9厘5毛」は冪103.68寸の正方形の全体のすがたを仄めかす幅である。それはもちろん「方1尺」に対して(平行して)加えられている。立場の異なる彼をつかまえて、此より「1厘4毛有奇」少ないというのは、数学的な比較としてはおかしいと思う。祖冲之がいうような意味のものは、新嘉量には、影もかたちも見られないから、劉欠の数術の粗雑さが暴露されているはずもない。
方外円から周径へ
新嘉量の側も、「径1尺4寸4分」の一言を銘記しておけば、祖冲之の傲慢な解釈を誘うに至らなかっただろう。もっというなら、はじめから「方1尺1分8厘2毛3秒3忽有奇」としておけば。これらの願いは嘉量の伝統的な作法からすれば叶わぬものであろう。痛いところである。
このように「.」をどのようなものとして見るかを巡って意見が鋭く対立しているが、劉徽の意見を聞いてみよう。
晋武庫中、漢時王莽作銅斛、其銘曰、
律嘉量斛、内方尺而圓其外.旁9厘5毫、冪1百6十2寸、
深1尺、積1千6百2十寸、容1十斗、
以此術求之、得冪1百6十1寸有奇、其數相近矣、「.
」の理解については劉徽が祖冲之の先達になるようである。
{10(√2)+0.19}*{10(√2)+0.19}*(157/50)/4=161.2468
なお、「方冪5千中容圓冪3千9百2十七」によれば、
{10(√2)+0.19}*{10(√2)+0.19}*(3927/5000)=161.3289
劉徽が新嘉量を円周率の精粗の目安として尊重したことは確かであると思われるが、ここでは、円の直径或いは外接正方形の面積を基に円積が求められている。現代でもこれが普通であるから、方1尺の円が156.25寸という嘉量の作法そのものがもはや数学の進歩にそぐわないものになっている。だいたいが新嘉量斛自体が、直径が整数化されるに伴い、あべこべに根幹の方(辺)長が無理数になっていることからして、この流れを率先してとりいれたものであることは隠すべくもない。(魏陳留王景元4年、劉徽注九章商功曰)
當今大司農斛、径1尺3寸5分5厘、正深1尺。于徽術、為積1千4百4十1寸。排成餘分又有10分寸之3。王莽銅斛、于今尺、為深9寸5分5厘、径1尺3寸6分8厘2毛。以徽術計之、于今斛、為容9斗7升4合有奇。周官考工記 氏「為量、鬴、深尺、内方尺而圓其外、其實1鬴、」 于徽術、此圓周積1千5百7十6寸。春秋左氏傳曰「齋舊四量、豆、区、鬴、鍾。4升曰豆、各自其4、以登於釜。釜10則鍾。鍾6斛4斗。釜6斗4升。」 方1尺、深1尺、其積1千寸。若此方積容4斗2升(?6斗4升)、則通外圓積成旁容10斗4合1やく5分之3也。以數相乗之、則斛之制、方1尺而圓其外、「.」旁1厘7毛、冪1百5十6寸4分寸之1、深1尺、積1千5百6十2寸寸半、容10斗。 (隋書律暦志)
9.6*9.6*(156.25/100)*10=1440寸。方9尺6寸の対角線は、1尺3寸5分7厘6毛余り。魏の大司農斛は、いちはやく自然の円周率を採用して、減旁の処置をおこなっているようである。
古制に関する「.」旁1厘7毛という推測は数学者の空想であるが、祖冲之は「減旁1厘8毛」と述べている。「庇」は「減」を誤写したものかもしれない。
要するに、方外円の方法は、嘉量の固定的な枠に縛られて数学の進歩に立ち遅れたので、新たに勃興した方内円の方法に敗れ去った。ということのようである。負けは負け、敗者の言い分は聞いてもらえないとあきらめて、その本意が理不尽に踏みにじられたという恨み言はもういわないことにする。
円周の4割をとって?
余談になるが、円/方=(5/4)^2、これが信じられるとすれば、
円周の〔4割〕の長さをとって、これを〔対角線〕とする正方形を作ると、その面積は円の面積に等しい。(25/8)*(4/10)=(5/4)、 {(5/4)*(5/4)}/2=25/32、 {1*(25/8)}/4=25/32、
「円周の〔4分の1〕の長さをとって、これを〔1辺〕とする正方形を作ると、その面積は円に等しい。」という指示がローマの測量論文に載っているという風説を「円田を測る」において紹介したが、噂の真相はこれかもしれない。
圓材を測る。
嘉量に見られる円と方(内接正方形)の関係は図形として見ると面白いところがある。その関係から円の面積を測り知ることはできないだろうか。それがわりと簡単にできるのである。
もっと一般的に「内接長方形」が対象になるが、九章算術には「鋸圓材之術」という分野がある。
今有圓材径2尺5寸。
欲為方版令厚7寸。
問、廣幾何。
答曰、2尺4寸。
術曰、
令径2尺5寸自乗。以7寸自乗、減之。
其餘、開方除之。即廣。
此以圓径2尺5寸為〔弦〕。
版厚7寸為〔句〕。
所求廣為〔股〕也。
円周上の点Aと直径BCによる3角形ABCは、∠BAC=π/4。常に直角3角形をなす。
(AB)^2+(AC)^2=(BC)^2。
注(劉徽)は、BCを弦、ABを句、ACを股としている。
(25)^2−(7)^2=(24)^2
全くピタゴラスの定理による問題である。九章算術では、弦の自乗から句の自乗を差し引いて、開平する。
直径2尺5寸の丸太から、厚さ7寸の角材を鋸切ると、その横幅は2尺4寸になる。ここで丸太を嘉量に見立てて考えてみよう。丸太は直径√2尺(=1尺4寸1分4厘2毛余り)の太さである。
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1尺(10寸)の厚さで鋸切ると、
角材の横幅は1尺(10寸)になる。(10√2)^2−(10)^2=100。
√100=10。5寸の厚さで鋸切ると、角材の横幅は
1尺3寸2分2厘8毛余りになる。(10√2)^2−(5)^2=175。
√175=13.228余り。
2つの角材を重ねて見ると
図のようになっている。
安島直円の方法
今度は、丸太に楔を打ち込んで縦割りに均一の厚さの板を取る作業にかえてみよう。(幅1尺の範囲で)8等分すると、板1枚の厚さは1寸2分5厘。横幅はまちまちだが、直径を弦、分断された板を元どおりに重ねた幅を句としたかたちの股として、計算できる。2枚1組で4組の板の断面積が正確に求められるので、全部合計して、元の断面積を推計しようという魂胆である。
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水色の部分と黄色の部分を合わせた全体の面積は、黄色を2倍して、重複する100寸(方尺の冪)を差し引いた面積ということになる。安島直円(1732〜1798)は、黄色の図形の面積を「帯直弧積」と呼んでいる。
計算の段階では√{(a)^2−(x)^2}の数列に置き換えられている。和算家の安島直円は、この式を無限級数に展開して解くという本来の学問に帰るが、実益を求める私のような場合は、普通に開平して合計すれば用は済む。ここでは若干工夫を加えて、最終的につぎのような答えを求めている。丸太の直径と同じ横幅の板を捜してきて中に挿しこんだふうにして、(外側に)もう1列板を配列する。内外の配列の面積を合わせて2分した値というのが、円周と板の接点を直線で結んだ形の面積だが、丸みのある丸太の面積はこの値よりもほんのすこし大きい。
以上で、この方法の原理を説明したことにするが、8枚にわけたところでは方寸の数を数える計算がかえって複雑になっている。ここで早くも156.044寸(よりほんのすこし大きい)という結果が出ているのにと思うと残念だが、わかりよくするために5分の板を20枚とるという計算を実施した。
列は、相同2枚の板を貼り合わせて、1寸の厚さになっている具合になる。
列 (股)^2 断面積(股の寸法*厚さ1寸)
(0 200 14.1421)
1 199 14.1067
2 196 14.0000
3 191 13.8203
4 184 13.5647
5 175 13.2288
6 164 12.8062
7 151 12.2882
8 136 11.6619
9 119 10.9087
10 100 10.0000
合計 円相当面積 (円周率=3.141592654)
1〜10 126.3855 (2*126.3855)−100=152.7710 3.0554
平均 128.4566 (2*128.4566)−100=156.9131 3.1383
0〜 9 130.5276 (2*130.5276)−100=161.0553 3.2211〔1〜10〕の合計126.3855 寸は板20枚の正味の面積で、だいぶ少なめの見積もりである(内)。
〔0〜9〕の合計130.5276 寸は配列をずらした20枚の面積で、だいぶ多めの見積もりである(外)。
両側が丸みのままの板の面積はわからないが、隅の丸みをカンナで削りとって台形状にした面積は求めることが出来る。これが内外を〔平均〕した 128.4566 寸 である。これを2倍して100寸を差し引き、156.9131寸 という結果をえた。「方尺而圓其外」という円の面積は、156.9131寸よりも、ほんのすこし大きい。
これを約して157寸とすれば、劉徽がいう「圓1百5十7、其中容方冪1百也、」とかわらないので、計算の能率は多角形法に勝るとも劣らない。また、「図形の内面が一定に方向付けられたとき、その面積は明瞭に現れる。」という意味では見たままであり、四方八方に散乱させたものをなにがしかの思考で整理し直さなければならない正多角形法よりも、その点は優れている。
このように(方尺から出発して)円冪が求められる理屈は、「鋸圓材之術」の術中にあるので、古代中国でこの方法を発見した人はいないともかぎらないが、或いは炭焼長者のように黄金の価値を知らなかったのかもしれない。
考えてみると、この方法は円を関数として見る代数幾何学の方法に遠くない新しさがある。正多角形による求積法が直径と円周の明示的な関係に執着して古典幾何学の育ちであるのに対して、そこが難しい点ではある。まとめ
劉徽が「不可割則與圓周合體而無所失」という境地に遊ぶのは純粋の喜びであっただろうが、こうして発見された「自然の円周率」は、早速に「制度の円周率」と衝突することになる。100/64というますの容積率から、3.125という制度の円周率の存在をいうような見方が、科学的に、正しいかどうか不安ではある。しかし、数学教育というものが長期の訓練制度になって喜びの少ない現状において、劉徽と喜びを分かち合える人が何人いるだろう。
それを考えるとき、(もちろん円周率3では頼りないが)、3.125(25/8)なら実用的にもかなりいける。計算も簡単でそれを「嘉量」というが如きである。「自然の円周率」の登場によって、そのような喜びが忘れられた。このことを追憶する余裕も必要ではないだろうか。<参考文献>
「円田を測る」の参考文献として掲げたものに加えて、上野健爾 「円周率πをめぐって」 日本評論社 1999
田崎中 「江戸時代の数学」 総合科学出版 1983
『隋書律暦志 (隋書巻16 志第11律暦上)』
周禮、 氏「為量、鬴深尺、内方尺而圓其外、其實1鬴、其臀1寸、其實1豆、其耳3寸、其實1升。重1釣。其聲中黄鍾。概而不税。其銘曰『時文思索、充 其極。嘉量既成、以観四國。永啓厥後、茲器維則。』」春秋左氏傳曰「齋舊四量、豆、区、鬴、鍾。4升曰豆、各自其4、以登於鬴。」鄭玄以為方尺積1000寸、比九章粟米法少2升、81分升之22。祖冲之以算術考之、積凡1562寸半。方尺而圓其外、減傍1厘8毛。其径1尺4寸1分4毛7秒2忽有奇而深尺、即古斛之制也。九章商功法程粟1斛、積2700寸、米1斛、積1620寸。菽荅麻麦1斛、積2430寸。此拠精粗為率、使價齋而不等。其器之積寸也、以米斛為正、則同于漢志。孫子算術曰、「6粟為圭、10圭為秒、10秒為撮、10撮為勺、10勺為合。」應 曰、「圭者自然之形、陰陽之始。4圭為撮。」孟康曰「64黍為圭。」漢志曰「量者、やく、合、升、斗、斛也、所以量多少也。本起於黄鍾之やく。用度數審其容、以子穀秬黍中者千有2百、實其やく、以井水準其概。合やく為合、10合為升、10升為斗、10斗為斛、而五量嘉矣。其法用銅、方尺而圓(圜)其外、旁有〈广兆〉焉。其上為斛、其下為斗、左耳為升、右耳為合、やく。其状似爵、以縻爵禄。上3下2、参天両地。圓而函方、左1右2、陰陽之象也。圓象規、其重2釣。備気物之數、各萬有1千5百2十也。聲中黄鍾始於黄鍾而反覆焉。」其斛銘曰「律嘉量斛、方尺而圓(圜)其外、〈广兆〉旁9厘5毛、冪162寸、深尺、積1620寸、容10斗。」祖沖之、以圓率考之、此斛當径1尺4寸3分6厘1毛9秒2忽、〈广兆〉旁1分9毛有奇。劉〈音欠〉〈广兆〉旁少1厘4毛有奇。〈音欠〉數術不精之所致也。
魏陳留王景元4年、劉徽注九章商功曰、「當今大司農斛圓径1尺3寸5分5厘、深1尺、積1441寸10分寸之3。王莽銅斛於今尺為9寸5分5厘、径1尺3寸6分8厘7毛。以徽術計之、於今斛為容9斗7升4合有奇。」此魏斛大而尺長、王莽斛小而尺短也。後周武帝「保定元年辛巳5年、晋国造倉、獲古玉斗。〈既旦〉5年乙酉冬10月、詔改制銅律度、遂致中和。累黍積やく、同茲玉量、與衡度無差。準為銅升、用頒天下。内径7寸1分、深2寸8分、重7斤8両。・・・・・。」今若以數計之、玉升積玉尺110寸8分有奇、斛積1108寸5分7厘3毛9秒。・・・