あゆみ は距離と面積のベクトル単位なり

還って来た 取りつくし法の未来 2008.1.9.〜
(1)何等分でも出来る線分と分数の概念
(2)グレゴリーπ公式と、分数の〔かたち〕 
(3)グレゴリーπ公式と、ワイリス望遠鏡
(4)九章算術方田章に同居する分数の概念
(5)九章算術方田(原文と勝手な解釈)
(6)円のふるえを〔分数のかたち〕で測ってみよう
(7)
天才ライプニッツと一反木綿()と分数の概念 
(8)球葱と帆立貝とライプニッツの円積率公式 
(9)
曲りなりにもパラボラの面積は見ればわかる ☆
(10)方、以類聚物、以群分数。 
New  目方(めかた) 九章算術に始まる分数の概念 ☆

還って来た 風土を測るものさし
方向の流れ
(麻布に描かれた地図)
東西137里 019歩,南北183里 193歩,に至る紆余曲折
方向の流れ.   意宇の國と野城の國
続,方向の流れ
  エラトステネスの井戸
総説三行注の謎 すべては地図に描かれていた
綱を引きコンパスを回して國は作られた
三身之綱と遠呂智のなぞなぞ(改) 
出雲國風土記
(全文)   〔解説〕   ☆

身体ものさし(目盛のないものさし)
食べる貨幣
   目盛りのないものさし
米1俵の重さ  山の高さを人の背丈で数える
起きて半畳
寝て一畳のモジュロール

才という単位 千石船の才数をめぐる机上の空論
てのひら一杯の
龠を合わして3合為1升説に向うわけ  

内得米1升(町のかたち)

  町 と    『周禮』が描く水田のしくみ

 町のかたち   回る租のしくみ(目次)

 延久の宣旨斗と「歩の内得米一升」

米升法とものさし もくじ (およそ16ページ)
 このカテゴリー内のページ数が多くなったので別の目次にまとめました。最近、新しい検討材料(〔ます〕と手掌の関係)が見つかり、在庫の整理にも取掛かれそうです。

藤原京跡出土木簡
 弘仁元年(A.C.810)十月廿日収納稲事 を読む
 もくじ
 (およそ13ページ)

 平行線の間に存在する距離のことを、「さ」というとき、
 面積とは、一定のさに、さを、乗せたものになる。
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取りつくし法の未来 2005.1.18〜
とりつくし法の未来(1)    
円とパラボラが接するとき  円錐とパラボラ
  計算とものさし. その  その
分数と水汲み(水はこび)  ゲンさんの玉手箱
 四角錐の体積
四角錐を切り分けてわかる3で割る3つの理由 
〔マイナス×マイナス⇒プラス〕を見てみよう。
 面積の(不自然な)掛け算
 
四面どこでも九九表
  2007.12.06. 

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.出雲國風土記
 國之大體、首震、尾坤。東南西山、北属海。
 東西137里 19歩。南北183里193歩。

 

虹に手足はありますか? あります

 老夫 與 老女、二人在而、童女 置中而泣。
(足名椎)  (手名椎)      (櫛名田媛)
腰の曲った 爺ぃさん と 婆ぁさんが、
      二人の中に、永遠の乙女を置いて、泣いている

  (。 手×足=[S]。

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距離と面積の歴史 (2002)3. 25.〜(2003)
円田を測る    方円を測る.
ほんのすこし   帯直弧積術を学ぶ
ほんのすこしを求めて . 速さを積む.
天元の一を立てて   弧背術の解を読む
(続)弧背術の解を読む
  は円周率の始まり
数の居どころ (I)(II)(III)
 曲尺画像   嘉量斛の底面  
鋸円材之術
(円材を鋸引く術) 2004.10.08〜05.2.4.
 丸木板引法の現在 
 丸木板引間数知事 
 とりあえずパラボラ    桜島の面積
 
直径1尺の円。面積は何寸?
 木っ端積みによる円積近似式
 正多角形をとりまく円弧片の面積

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月と季節とこよみ
 
2004. 2. 7〜.
目次 月と季節とこよみ 
季節にうるう月
  斉民要術耕田第一
こよみの中の二十四節気
(前編)、 (後編)
二十四節気の日付と時刻   薩摩暦の昼と夜
干支と曜日
  慶応二年の薩摩暦  
楝(あふち)の花、いとをかし2006.5.08.
唱更国と隼人十一郡
今月今夜のこよみ説明
今月今夜のこよみ(庚寅1月〜6月
  New 
説明にかえて (1)旧暦と日食 (2)月と季節

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ローカルな地理空間の創出(国引き説話)
海辺の国々においては海水平面の招致が大切だというわけ

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風土を測るものさし
もくじ
 出雲国風土記の学習ノート   2001.8.15.〜2002.12.05.
 日を測るものさし  
1. 1.(2002)

"writing-mode: tb-rl"
ホームページの縦書きレイアウトを試してみました。

大学章句ノート もくじ

BBS(伝言板) 過去ログのみ閲覧できます。

Depend on you 文化朋党事件のページ

私のウェブログ 休眠中のWeblog

 

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        合が意味する容量

 

作成者
 あおやぎ しゅんじ /~)/  おたよりは こちら から

         access count   2002. 7.27

.いったいどこまでゆけばいいのか わからない

  

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馬20匹、直金12斤。今売馬20匹、35人分之。
人得幾何

 12×÷  35   12
 ―― ÷ ―― = ――
 20×÷  20   35

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意図的な乗分術(比例計算)

  3 ×  12
  ― × ― = ――
  × 7  35
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実直な乗分術(面積計算)

 3 × 4  12
 ― × ― = ――
 5 × 7  35

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 田 1町(耕地3600歩すなわち熟田500代
           =(畦畔1100歩)+  (本地2500歩)
田1町すなわち熟田500代」はおよそ500枚の田圃に細分されていたので、畔(あぜ)堤が相当の幅を取って、耕地の3分の1ほどを占めていた。養老七年(AC.723)四月に『三世一身の法』が布告されたときに、「頃者、百姓漸多、田池窄狭。」といわれたのはこのことで、「勧課天下、開闢田疇。」という課題は、前年に布告されたものの有耶無耶になった『良田百万町開墾政策』の焼き直しかと思われます。

小大小大小大庚大                 明説) みよこの夜今月今
六五四三二一寅

  
・・・・・      食日分部側西りよ方地部中 刻夕日一月二十丑己

一月の十七日、宮さん、善く覚えてお置き。来年の今月今夜は、貫一は何処(どこ)でこの月を見るのだか! 再来年(さらいねん)の今月今夜……十年後(のち)の今月今夜……一生を通して僕は今月今夜を忘れん、忘れるものか、死んでも僕は忘れんよ!
 (尾崎紅葉『金色夜叉』。 ただし「一月の十七日」は新暦の1月17日。)

新着ページのお知らせ

今月今夜のこよみ(旧暦)庚寅年1月〜6月  2010.2.14.
2010 February 14.〜August 9. (Total177days).
説明にかえて (1)旧暦と日食 (2)月と季節

いまのグレゴリー暦というのは昼(日)だけがあって夜(月)の無いこよみなので、日食や月食の日を覚えて置くのには不便です。そこであべこべに、夜(月)だけがあって昼(日)の無いこよみを付き添わせようというわけです。

還って来た 取りつくし法の未来
(10) 方は、類を以て物をあつめ、群を以て数を分ける。
目方(めかた) 九章算術に始まる分数の概念 ☆ 2010.1. 4. 

還って来た 取りつくし法の未来
(8) 球葱と帆立貝とライプニッツの円積率公式 2009.11. 7.
(9) 曲りなりにもパラボラの面積は見ればわかる 11.25.

ときに、このカテゴリーをトップに上げました。これに伴って背景の地図も消したのですが、色を薄くして復活させました。おまけに、
「歩(ホ)は、距離と面積のベクトル単位になります。」という。
かりに歩がベクトルだとしても、ベクトルの大きさはスカラー値で示されるので、「ベクトル単位」という表現は怪しいと思いつつ、なおもそうしたのは、ベクトル値の大きさをスカラー単位で数えるような感覚もかなり怪しいと思い直したからです。
ベクトル(矢)の移動が、ある距離を喩えることには、4つの意味が考えられます。
1.真直ぐに結ぶ。2.間断無く結ぶ。3.迅速に結ぶ。4.ベクトルと見られる。
一言でいえば"遠距離愛"です。戀の矢が、射た時と同じ速さで、遠くにいる相方の胸にグサッと刺さるようなものです。その衝動の連続を距離というとき、ベクトルと見られるものの数をそのベクトル単位で数えたいという要望は至極ごもっともです。
そんなご要望にお応えして、歩は、ベクトル単位であったというわけです。
キューピッド(cupid)。長さの単位であるキュービット(cubit)との混同に注意。
空を飛ぶ矢は、風と重さの力で、へし折られてしまうけれども、"遠距離愛"の邪魔をする人はべつにいないので、ベクトル単位として歩があったとき、距離の矢たちが地上すれすれのところをビュンビュン飛び交っていた様子が偲ばれますが、そういう抵抗の無い平穏な空間が、国々が、早くから作られていなければならない。

古事記の拾い読みが進んで、大穴牟遅神すなわち大国主神が「始めて国を作る」ところに来ていますが、その様子はどんなかというと、「其の大刀を持ち、其の八十神を追い避し時、坂の御尾毎に追い伏せ、河の瀬毎に追い撥った」とあります。
故持其大刀。追避其八十神之時。毎坂御尾追伏。毎河瀬追撥而。始作國也 
これはしかし、先師、須佐能男大神が命じたとおりに行なったまでのことですが、
其汝所持之生大刀生弓矢以而。汝庶兄弟者追伏坂之御尾。亦追撥河之瀬而
つまり、"遠距離愛"の邪魔をするやつは山河の境涯に追い払えという。くせの悪い八十神たちを僻地に隔離して、抵抗の無い平穏な空間をひろく確保したわけです。なお、生大刀生弓矢は、須世理毘賣を連れて夜逃げしたときに、天詔琴(あめのみことのりこと)とともに盗んで来たものです。
負其妻須世理毘賣。即取持其大神之生大刀生弓矢。及其天詔琴而。逃出之
で、これらの品々が国作りの何を喩えているのか? 生太刀の直線形。弓と矢の直交。琴における弦の平行。さらに3者の〔かたち〕の響き合いを見て言うとすれば、
(1)ある地点から四方に矢が射られて、(2)垂直(十)に交わる2つの方向軸線が成立する。(3)2つの方向軸に対して、平行線(経・緯)が多く(沢山)描かれる。
八十神さんたちに対して、この構図は、「十は1つで沢山だ。」と言って決別しているようなものだと思いますが、生太刀生弓矢には、もう一働きしてもらいます。
(4)平行線(経・緯)上に長さがある。大刀の長さ(スカラー)を単位にして数える。
(5)平行線(経と経・緯と緯)間に距離がある。の長さ(ベクトル)を単位に数える
(6)平行線(経と緯)に囲まれて面積がある。弓矢の面(ベクトル)を単位に数える

よって、国作りの基本であるこの測地システムのすべてが須佐能男先生の考案になるものです。ただ須佐能男大神が出雲に王居していたときには、地に下ろすことが(なぜか?)出来なかったので、いまだ駆け出しの若造に助けを求めて、実用化プロジェクトの経営権を譲渡する羽目になった。情けないといえば情けない話ですが、裏を返せば、大穴牟遅神こそ、大神のプランを現実化する性能を完備した、偉大なる神様であったということになります。
しかしこのとき、「大国主神の人間性が素晴らしかった」と言えばそれまでです。ここはなんとしても、「大穴牟遅神の物性が素晴らしかった」と言って賞賛すべきところなので、それからして、「オオアナムチ開発の苦労話は『プロジェクトX』で語ればよかろうたい!」というふうに話を進めたいものです。(地上の星;中島みゆき)

 風の中のすばる 砂の中の銀河 みんな何処へ行った 見送られることもなく

大穴牟遅神。「大いなる穴ぼこ」という精神。永遠に凹み続ける凹み(へこみ)。
オオアナムチ。これは、移動するベクトル(矢)に無抵抗なところにかけて、今でいえば「常温超伝導をついに実現した」に等しい素晴らしい素材であったといえます。
それからして、古事記といえども、開発者たちの苦労話をしっかり語り伝えています。いずれにせよ、大穴牟遅の神の名にかけて、凹みの研究は重要だということで、あとは本文(9)を見てください。

申し遅れましたが、本文(8)は、ホタテ貝に見られる"天然座標"のことです。
確かに「ヴィーナスの誕生」を揺籃しただけのことはあります。ホタテ貝の扇状の二枚殻は、座標たるの要件をすべて備えていた。円積率(π/)の追求は、ここにおいて、「美しい公式」を誕生させずにはおかないという。

☆ 古事記(原文 http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/kojiki1.txt)拾い読み
折に触れて古事記の心当たるところを拾い読みしているページに☆を付けました。
古事記(BC712)という書物については、太安萬侶(おおのやすまろ)という朝廷の木っ端役人が濫りに空想したところの神代の有様が思いきり描かれている。そんなものだと考えています。とりわけ、易の道、陰陽五行八卦思考の乱用は目に余るものがある。その良い実例が「八俣遠呂智」です。
爾速須佐之男命。拔下其所御佩之十拳劔。切散其蛇者。肥河變血而流。
                       (金)     (生)     (水)
八俣遠呂智(怪しい気体)に剣(金)を当てたら血(水)が(生じ)河になって流れた。
と言うことですが、五行相生サイクル(左図)において〔金生水〕というのは、冷たい金属材料が露を結びやすいことを根拠にした似非科学であまり信用できません。十拳剣(金属材料)よりも、それに切り散らされた八俣遠呂智(怪しい気体)の方が、もともと水気たっぷりの材料であったことを推測させます。

新着ページのお知らせ 2009.9. 20.

ローカルな地理空間の創出と測量の起源。
 三身之綱と遠呂智のなぞなぞ(改) 

 ヤマタオロチは想像上の巨大生物ですが、そういう巨大生物の遺跡が奈良時代にも確認されていた。というのは、出雲国風土記(BC733)に「国之大體、首震、尾坤。」と記されていることです。出雲の国体には首(頭)と尻尾があり、首は震(卯)に向け、尾は坤(未申)に向けているという意味ですが、これを言葉の綾だというのは臆病です。しかし、これほどの巨体になると地上では身動きが出来ないので、龍のように空中を風に乗って移動していた。実際、安萬侶は、ヤマタオロチの本性を、〔水を呑む蛇〕すなわちであると考えていたようです。

虹は川や池、沼などの水から出るという信仰は日本では広い地域に拡がっている。.......。ことに印象深いのは、琉球において虹は雨を呑むものと考えられていることである。...........。たとえば瀬戸内町薩川のユムグトゥ(誦み言)は、虹を擬人化し、その出現の理由を問いかけ、その理由は雨水を飲むためだろうとの憶測から、雨水を飲むのなら、飲んでさっさと唐大和(他界)へ消え失せろと、いかにも虹が水を飲む生命体であるかのようにその竜蛇的怪物の即座の消滅を願望しながら歌いあげている。............
 (大林太良:銀河の道 虹の架け橋)

高天原から追放されて、出雲の国は鳥髮の地に降りて来たスサノヲ命ですが、
 (故所避追而。降出雲國之肥河上在鳥髮地。)
簸伊川の上流から箸が流れて来たのを見て、人家を求めて遡って行くうちに、老夫婦がひとりの童女を中に置いて泣いているところに出くわします。
 (老夫與老女二人在而。童女置中而泣。........。僕名謂足名椎。妻名謂手名椎。
  女名謂櫛名田比賣。)
この情景を濫りに解説すると、奥山に降る冷たい大粒の雨が、森の水になって幽谷の小沼に湧き出し、簸伊川の源流をなしていることの喩えです。二人して泣いているのは、天気図を見ると温帯低気圧が通過中で寒冷前線がかかっているので、乾いた冷たい風が湿った暖かい風を冷却して雨雲をつくり、時雨(シグレ)の雨を降らせます。童女は、清純な水の精、美しい水娘というわけです。実は、老夫婦の間には水娘が8人いるのが本当だというのですが、清らかな水が析出する光の彩を、7色でなく、8色に数えたのは八卦に配当するためと考えられます。
 (我之女者自本在八稚女。)
ところが、高志の国(他界)から八俣遠呂智がやって来る季節になった。毎年のことだが、渇いたやつが沼の水を飲みに来ると、水娘達は蒸発していなくなってしまうので、それが悲しくて最後にもう一雨泣いていたというわけです。
 (是高志之八俣遠呂智毎年來喫。今其可來時故泣。)
しからば問う。その八俣遠呂智の形や如何に。
 (爾問其形如何。)..............とりわけ、その〔かたち〕を尋ねている。
ところが、答えは謎々(なぞなぞ)で返ってきました。
 (答白。
  彼目如。身一有八頭、八尾。亦其
  其長度谿八谷、峽八尾而。
  見其腹者。悉常也。【此謂赤加賀知者今酸醤者也】)
  ..............その〔いろ〕〔かたち〕〔大きさ〕を述べている。

これは、「八俣遠呂智」というよりも、にひっかけた謎々です。ただ「虹は多彩な湖水を飲んで色づく」というのは科学的な説明とは異なりますが、そんな虹蛇には毒酒を飲ませて悪酔いさせるのが楽しみになります。毎年恒例の来客を迎えるにも、今年は趣向を変えて、8色の色とりどりの酒をお供えすることにしました。
 (釀八鹽折之酒。.......。置酒船而。毎船盛其八鹽折酒而待。)

(ここまでの話から、ヤマタオロチは旱魃をもたらす虹蛇だったということが明らかになりました。しかし、お呼びで無い余所者を玄関先で追い返そうとするのでなく、座敷に招き入れてどうこうしようというのは様子が変です。時代は下手な雨乞い芝居も打切りになる大きな転換期を迎えているのですが)、
何も知らない風来坊は、虹色のカクテルをただの水と見誤ったのが命とり。気の毒に急激な脱水症状を起してショック死したので、空中に浮いていた身体はどてっと倒れて、地上に伏し横たわりました。
 (乃毎船垂入己頭。飮其酒。於是飮醉。死由伏寢。)
天空から倒れて来たとき、同心円を重ねた扇形の虹蛇は、8つの首を震に、8つの尾を坤に向けて、1つの身は出雲国の全土を覆ったというと、出雲国風土記に直通しています。

 これで古事記と出雲国風土記の接合面を一つ確保したつもりです。発見に手間取りましたが、キーワードはでした。それで、安萬侶が「蛇」と書いているところは〔ニジ〕と読んでおけば間違いないと思います。
 (爾速須佐之男命。拔下其所御佩之十拳劔。切散其者。肥河變血而流。)
 〔序〕......(寔知懸鏡吐珠。而百王相續。喫釼切。以萬神蕃息歟。)

 もちろん八俣遠呂智のことですが、「蛇」は〔ニジ〕と読んで間違いないので、ついでに、に手足はありますか?という、よくある質問にお答えしておきます。

 虹円の中心を通る直径に当る線分のことを〔櫛〕と呼んでみます。この〔櫛〕をもう1本描き加えますと、虹円周上に4個の点が現れます。この4点を順に直線で結んでゆくと、円に外接する1つの長方形が現れます。その短い2辺のことを〔手〕と呼び、長い2辺のことを〔足〕と呼ぶことにすると、〔手・足〕が2組ある。1組は「老夫」の〔手・足〕、あと1組は「老女」の〔手・足〕ですが、1字づつ取って、老夫は「足名椎(アシナツチ)」と称し、老女は「手名椎(テナツチ)」と称していたわけです。
 椎(ツチ)というのは、槌(つち:ハンマー)のことで、柄が横様についた打撃道具ですが、本体と柄が直角に固定されているかたちは、腰の曲った老人のすがたにも似ています。それで、に手足があるといっても、実際には、足名椎・手名椎の二人が老体を直角に張って代理を勤めている有様です。
 もう一つ不明なのは櫛名田媛の「田」の意味ですが、古代中国の算術において長方形のことを「方田」と言っていたことによります。虹円周上では、長方形の4頂点がどこに移っても、常に直角を保ち続けていることが重要です。またそのためには、〔櫛〕が折れ曲らないというか、対角線の長さが変らないことが重要です。
 〔櫛名田〕なる長方形の面積は、横(手)×縦(足)=ですが、「二人在りて泣く」という表現に引っ掛けていうと、横(シ:水)×縦(立)=です。
 先ほどは、父母が水娘を慈んでそぼそぼと降る涙の雨でしたが、二人共感極まって大雨になったときには「洪水」をひきおこし、河は氾濫します。

 「氾濫が収まった後に農地を元通り配分するため、測量と幾何学が発達した。」というのはナイル河の話ですが、あとは本文を見てください。
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新着ページのお知らせ 2009.7. 30.

てのひら一杯の 
 龠を合わして合〕〔3合為1升説に向うわけ New

 立方体は、その四角錐3個の集まりである。

右の模型から受ける印象は精々こんなものだと思いますが、
 2龠を合せて1合となし、3合を重ねて1升となす

というのが正式のコンセプトです。
 容積のこと、〔ます〕のことを思っていたので、材料にも考慮して、ジュースの紙パックに手を加えてみたわけです。
 身体論的に見た〔容積の測定〕は、「てのひら一杯」から始まります。

    龠が意味する容量

 これが「龠」で(容体の形は)三角錐ですが、「2龠為合」、2龠を合せて四角錐になり、「3合為升」、3合を重ねて1升になった。これは大昔のできごととします。
 いっぽう、身体論的に見た〔数の計算〕は、左右の手指を駆使するので、だんぜん10進法が便利です。
 これに迎合して整えられた升法が「漢嘉量」で、「2龠為合、10合為升」というものです。ただ僻目で見ると、「2龠為合」がいまだ図形的な意味を残しているのを純粋に計算的な「10合為升」が受けているのは、まったく「木に竹を接いだ」ようなところがあります。

 人間の手足の延長が技術であるとすれば、「てのひら一杯」のことを1龠といい、〔ます〕という技術は案外ここから立ち上って来たのではないか?........あとは本文を見てください。
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新着ページのお知らせ 2009.7. 3.

 千石船の才数をめぐる机上の空論

才という単位(才数)は、個々の貨物の体積を
数える、容積を数えるというよりも、トラックの
貨物室や倉庫などの収容スペースを数える
ためによく使われている単位です。

これを解説した 才という単位 は、このHPでは唯一のヒットしたページなので大事にしないといけませんが、
今になってすこし悔やまれる記述があります。それは、

  昔は、10を1(コク)と数えていたので、「千石船」は、
  「10,000あまりの積荷スペースをもつ船」ということになる。

 という説明ですが、「もっと昔から、米10斗を1石(コク)と数えていた」という事実を疎かにしていたので、いわゆる「ためにする説明」になっていたかもしれない。
 そのへんのところを、あらためて勉強し直したわけです。

新着ページのお知らせ 2009.3.18.

還って来た 取りつくし法の未来(7)
               
インテグラル
 
天才ライプニッツと、一反木綿()と、〔分数の概念

  

π.........1...1...1...1...1. 
..1−―+―−―+―−―+−・・・ 
........3...5...7...9..11..  (→ ∞)

足し引きする単位分数たちの正体は正方形の面積です。ライプニッツ(1646_1716)においては、正方形1を関数(0≦≦1) n が切り分けた面積でした。ただ「円周率の公式」に連なると、/+1 を占めるという大きさだけが必要ですが、

(楕円形に従って層を重ねてゆきます。)

不必要なそのかたちまで、ライプニッツが見ていたように、再現してみました。 

 おおよそ分数は〔比を有する数〕ゆえに、上下に2つの整数が並べてありますが、上方の整数がとりわけ1であるのが単位分数です。その1の〔かたち〕は基本的には正方形ですが、その面積の大半を片隅から齧り取られても、正方形の2辺と要点3箇所を固守しているので、2つの整数の大きさを比較するのに困らない。私は、ライプニッツ固有の分数の概念はこれであったのではないかと考えます。だいたいこんなことは、天才ライプニッツ が思わなければ、誰も思いつかないと考えるからですが、もちろん私にしても、以下のPDFファイルを見るまでは、夢にも思わなかったことです。

 青年ライプニッツ会心の円周率発見 中村滋
 
http://www-cc.gakushuin.ac.jp/~851051/maed/009nakamura.pdf

 私のページ(天才ライプニッツと一反木綿( )と〔分数の概念)は、その内〔3 ライプニッツの円周率公式の発見〕のところを書き写して、いくつか説明図を加えたものです。すこし関連して、四角錐を切り分けてわかる3で割る3つの理由 を書き直したので、底面積×高さを3で割る理由が、/ という分数が持っている / という欠陥の自覚を通して解明されることに興味のある方は是非見てください。

 

新着(更新)ページのお知らせ 2009.1.18.  

還って来た 取りつくし法の未来
(4) 九章算術「方田」章に同居する〔分数の概念〕
(5)  劉徽注九章算術方田 (原文と勝手な解釈) 

 「方」という概念が分数にも浸透していることを指摘するために、「乗分術」のところを紐解いて、つぎの問題を堅実に図解したはずでしたが、

 馬5匹直金3斤今売馬4匹7人分之
 
人得幾何

いまどきの分数は何かと小難しくて、理解するのに骨が折れます。この手の課題を分数掛算(乗分術)で解く理由が、半年かけて、ようやくわかりました。理由は、計算式の奥に比例が潜んでいることですが、私の図解ではそれを明らかにしきれていなかったことがわかり、やはり計算の途上において比例の結びつきを見せるのが一番だったということです。

  3 ×  12  ×  20  ×  12
  ― × ― = ―― × ―― = ――
  × 7  20  ×  35  ×  35

 この課題に先立って、
 馬20匹、直金12斤。今売馬20匹、35人分之。問人得幾何
という分数割算(経分術)の問題が出されていたので、なおのことそうすべきでしたが、私が「馬20匹を計算に載せる必要」を思い知らされたのは、自分の図解をうろうろと見ていて、

 馬4匹()には2つの意味が見てとれます。1つの意味は、金3斤()に掛って、その積が金12斤()になる。この関係は計算に載っています(×12)。
あと1つの意味は、馬5匹()に掛って(向きは同じですが)、その積が馬20匹()になる。ところが、この関係は計算に載っていなくて、むなしく図解されているので、いったい私はどういう仕分けをしたのだろうか?と、しまいには図解の意図さえ疑わしくなった頃に、「図解された関係は(送り返して)計算に載せればよい」ということに初めて気付いた次第です。
 ただし、これは(/20)になります。実は、馬4匹()にはもう1つの意味がありました。馬5匹()に掛けられて、その積が馬20匹()になり、(20/)になります。 馬4匹()は、贅沢にも、3つの意味を持っていたわけです。

 馬4匹()を、馬5匹()に置き換えて、馬5匹()においても、その3つの意味を見定めると、双璧が完璧になりますが、すべて後の祭りで、図解したときに必要な分析ができなかったのは恥かしい話です。しかし、「少し恥を曝すと、少し得るものがある」のがホームページ作りの僅かなメリットなので、これに懲りずに、また別の至らぬ考えを披露します。この未熟者めが今度は何を言うのかと言うと、

 意図的な〔分数掛け算〕のことを解説したとき、その要素(金、馬、人)はついに〔分数〕にならずじまいに終わっていると、見ていました。図解もまた同様の趣旨になりましたので、
 私がそこに見た計算の性格は、
 分数の形式を借りた(羊の皮をかぶった).......完全数(狼)の .比例計算。
 つまり、「分数の体裁を装った完全数の計算」と診断されます。これに対して、
 分数(羊)の......分数(羊)による......分数(羊)のための、 比例計算。
 意図的におこなわれても、〔分数掛け算〕の純粋さを失わない、内面的な性格をみつけたい。 (あとは本文を見てください。) 

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新着ページのおしらせ.  2008. 4.04.

男は3束。女は2束。租稲は人頭税だということがわかる。
 
『天平十二年(AC740)遠江国浜名郡輸租帳』を読む

今、田1町が有る。租稲15束を収める。男5人(女7人半)の口に分けて授ける。

 男は、口分田2段を貰って、租稲3束を負い、
 女は、口分田1段120歩を貰って、租稲2束を負っている。
 国(郡)は、田1町ごとに租稲15束を収めている。

〔ここで問題です。〕

 この租稲15束は、田1町にかかる地税でしょうか。
 それとも、男5人(女7人半)にかかる人頭税でしょうか。

私が答えるとすれば、
〔答え〕 口分田の租稲は最初から人頭税です。すこしも地税ではなかった。

よく「租稲は地税だ」と言われますが、そう言う人は、大宝令の田令の第1条
「凡田、長30歩、広12歩為段。10段為町。段租稲2束2把。町租稲22束。」
これを見て、そう言っているのです。しかし、
田1段の耕地360歩の内に、本地は250歩あるものとされていた。
それで、輸租式によって「町租稲15束」がおこなわれていたのですが、
『天平十二年遠江国濱名郡輸租帳』を見ても、この部分はブラックボックスになっています。開いて見たいというときには、「輸租帳を読む」というよりも、「輸租帳の角に頭をぶつける」という感じになるのもやむをえません。

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「エジプトひも」による正方区画の設営手順

〔注記〕 「エジプトひも」は、
 岐阜東高校教諭 亀井喜久男さんの研究成果です。
 エジプトひもクラブ
  http://www.ctk.ne.jp/~kamei-ki/

〔09.04.27〕校庭で中学3年生対象に数学の授業
 http://www.gito.ed.jp/junior/contents/090427.htm

 

  大6尺歩による再測定

 

 

新着ページのおしらせ.  2007.7. 26.

 高麗術「以250歩為段」の意外な効能 米升法とものさしの内)

(答。幡云。) 
  令以五尺為歩者。是高麗法。用為度地令便。
  而尺作長大。以二百五十歩為段者。亦是高麗術云之。

 『高麗法』と『高麗術』のことは、僅かに『令集解』を通して知るのみですが、
 とくに『高麗術』の場合は、歩を、もと(6尺)の1.2倍の、大6尺に伸ばして、(1段)360歩を(1段)250歩に数え直したというだけではない。『高麗術』で測る田では、
 段租稲2束2把の内から、稲7把が免除され、稲1束5把を納めればよくなる。
という不思議なことが起きていた。
 そこで、ことをこのように運んだ『高麗術』の測り方はどういうものかというと、

〔左〕 「熟田5代」という耕地の面積は36歩。租稲2把2分がかかるひろさです。
周囲24歩。長さ6尺の紐を24本連結した「エジプトひも」で測定済みです。〔図←〕
〔中〕 そこにまた、長さ大6尺の紐を20本連結した「エジプトひも」を張り巡らす。
 これはなにをしているのかというと、「熟田5代」の(標準的な)本地のひろさを、間接的に測定しているのです。〔←図〕すなわち、本地の周囲は20歩と推測され、面積は25歩になります。
〔右〕 したがって、「熟田5代」には租稲1把半が割り当てられます。
 これの10個ぶん(50代)により、「250歩を以て段をなす」と租稲1束5把です。

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