バカの釣り日誌  第四話

ケンムンとの遭遇

藤井裕孝著

 釣りをしているといろいろな事に出会う。また「一人で魚釣りをしていて怖くない?」とよく聞かれる。このようなとき「なにが怖い!一番怖いのは夜、酒を飲み歩いていてパンチパーマの怖い兄ちゃんや可愛いくて後ろに怖いひも付きの姉ちゃんと出会うことの方が怖いです。今まで可愛い姉ちゃんにカブシ(マキエサ)はたくさん撒いたけど一度も釣れはしなかったのよ」と答えると聞く人は納得したような顔をする。前にも書いたが私の親父のようにイカの味噌漬けを持って彼女の所へ釣りに行くのも格好が悪いし、小心者の私にはやはり本当の釣り餌を持って釣りに行った方が私らしい。
しかし、目の錯覚とは恐ろしいもので錯覚からこれまでに怖かったことが何度あったことか。一人で笠利町の用岬の手前の浜に行ったときのこと、前の週に行ってチヌを5枚ほど釣り、その感動を再度味わうためルンルン気分で釣竿を三本セットしてチヌのあたりを(魚信)を待った。潮が合わないのかアタリがない。餌を付け替えるため餌の置いてあった所へ行くとビニール袋に入れた餌がないのである。

 ここで本題からちょっとそれるが餌について触れてみたい。チン釣りの餌と言えば前にも述べたようにチンは雑食であるため、いろいろな餌で釣れるが私はこのダンゴ餌に関しては一端のこだわりがあり今もこの餌を作ってチン釣りに行く。人によっては異なるが私の餌作りは次の通りである。サンマの缶詰、五缶を料理で使うボールに入れ細かくなるまで揉み潰す。次にアオサ海苔を包丁で叩き細かくして入れ焼酎を注ぎ込む。(銘柄には関係ないと言うが私はこだわりから○○焼酎を入れた方が釣れる。)これにメリケン粉(小麦粉)それも薄力粉を使う。徐々に溶けだした方が良いために、硬さは硬くてもいけない柔らかくてもいけない。一番良いのは若い女性の○○部分を摘んだ時のような感触である。それは想像にお任せしよう。

 サンマの缶詰とアオサ海苔、焼酎、メリケン粉を丹念に揉みほぐし苦労して作ったダンゴの餌がない。置き場所を間違えたのかと思い釣竿の周辺など探すが見当たらない。じーっと耳を澄まして聞き耳を立てているとペチャペチャと音がする。音のする方へ狙いを定めキャップライトを点けた。暗闇の中に一斉にギラッと光るものがこちらを凝視している。あまりの不気味さに身の毛がよだった。ギラッと光ったものは7〜8匹の猫の目だった。石を投げ餌を取り返した。憎き猫に石を投げ取り返した餌であったがいくらも残っていなかった。残り少ない餌を使い再度仕掛けを投入しアタリを待つがアタリは無かった。しばらくしてふと後ろを振り返ると何十という白い物が私に手招きをしているのだ。びっくりして目をこすり怖々ライトを照らしてみると何のことはないビニール袋が半ば砂に埋もれて風で揺らいでいるのであった。このような日の釣りにならないのでスタコラサッサと逃げるようにして帰った。

 瀬戸内町の篠川から古仁屋に向かって走る途中に深浦のバス停があり右に下りてしばらく行くと白浜と言う小さな集落に突き当たる。この時もチヌ釣りだったが一人で釣れそうな場所を探しながら車を降り懐中電灯の灯りだけを頼りに浜を歩き出した。チヌ釣りは音を出しても良くないし、光を海に向けても良くないのだ。やっと釣れそうな場所を見つけて三本竿をセットしてアタリを待ったがなかなかアタリが来ない。このような時は寝て待つか、場所を移動するかに限る。しかし、撒き餌も充分すぎる程したのでここは我慢し忍耐の精神で待った。
 私の場合、今まで判断ミスでテボ(一匹も釣れなかったこと)が多い。いつも思うことは、餌を付け替えようか、それとも場所を移動しようかと悩む。
「待てよ今、餌は小魚につつかれ身ぐるみ剥がされて丸裸じゃないかな?もしかしたら魚が餌の1メートル手前まで来ていて撒き餌を食べていてこれから本命の餌を見つけて喰いつこうとしているんじゃんないかな?」釣れない時は想像力たくましくなり結局は判断を誤り釣れるチャンスを逃している。
 あれやこれやと考えている内に睡魔に襲われてうとうとした時、後ろで人の歩く気配がする。それも七、八名くらいのようだ。シーンと静まり返った湾内は魚一匹が飛び跳ねてもハッキリ聞こえる。集落からは随分と離れた場所でこんな時間帯に人が歩くのかなと思いながらその人達が通り過ぎた道をキャップライトで照らして見た。照らし出されるはずの人影が見えない。ライトに照らし出されたのは墓石だった。墓石が人影に見えてまたまたビックリ。はてあの足音はなんだったのだ?幽霊かケンムンか?

 墓といったら沖縄で釣りをした時のこと。北部名護市で釣りをしたのも墓の下だった。覚悟を決めて釣りをすると怖いことはない。しかし、周りに気配りをしながらやらないと驚かされることがある。
 釣り場所は大きな木の下で最初から木の上がザワザワしている。風で木の葉が擦れる音だと思っていたら頭に何か落ちてきた。拾ってライターで照らしてみると小さな木の実だった。さほど気にはならなかったがしばらくすると二個三個と落ちてくる。やはり夜釣りは気になり出すと妄想めいたものが段々と働きだすのだ。我慢できずに頭上の木にライトを向けた見た。無数の光が
「ギャー!」と断末魔のような不気味な鳴き声と同時に何かがバタバタ飛び立ったのだ。その羽音たるや凄い音で数百羽。なんと犯人は羽を広げた大きさは1メートル。名前は解らないが大コウモリに間違いはない。木の実は次々に落とされるは糞は落ちてくる葉で散々な目にあった沖縄の釣りだった。               

このエッセイは1999年2月16日付の名瀬ライオンズクラブ会報に掲載されたものです。

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