バカの釣り日誌  第二話

疑わしき魚は、爺ちゃん・婆ちゃん・若者に食わせろ!

藤井裕孝著

 奄美には毒イユ(魚)とか毒ガン(カニ)などを食べて中毒した例が多いと聞く。磯釣りをしてかれこれ20年が過ぎるが食えない魚と出会った時ほど悲しいことはなかった。奄美磯釣連盟(奄美磯釣クラブ)の暖流会に入会し間もない頃、メンバーだけの釣行で大きなハーナー(バラフエダイ)を釣り上げた。刺身にすると何十人分の魚である。

 翌日、意気揚々と回収に来た瀬渡船に乗り込んだ。自慢話に花を咲かせていると私のクーラーボックスを覗き込んだ先輩が「ハーナーじゃがな!」と言っている。私はハーナーと言っている意味が解らなかった。ハーナーとはバラフエダイのことで“シガテラ毒”を持っているらしい。世界にはシガテラ中毒を引き起こす魚が300〜500種とも言われている。その中の1種らしい。

”シガテラ(ciguatera)について”
シガテラは、熱帯および亜熱帯海域の主としてサンゴ礁の回りに生息する毒魚によって起こる死亡率の低い食中毒の総称で使われています。よく知られるフグ毒やアレルギーを起こすサバ型魚類で起こる食中毒は除かれます。シガテラという言葉は、カリブ海でシガciguaと呼ばれる巻貝の1種に由来するといわれるシガテラ毒は最初の生産者は有毒藻類でこれを食べた草食魚がまず毒化し次いで肉食魚に毒が移行するといわれています。

 この釣り上げたやっかいな魚をどのようにしたらいいかのかが・・・始末に困る。人に差し上げて食中毒でもさせたら大変な事になるし捨てるにはもったいない。名瀬まで持ち帰り魚屋さんにたずねても首を縦に振らない。結局は捨ててしまった。
 後日ハーナーの話をすると
「危ないけど美味しいよ!」と言う人。「今度釣ったら持って来いよ!」と言う人。“フグは食いたし命は惜しい”というやつで複雑な気持ちであった。

 その後、私たち暖流会の会長であった川上勝氏(今まで釣り上げた魚を私に食べさせてくれたことがない名瀬市の市会議員の先生)がハーナーの大物を釣り上げてしまった。そのハーナーを川上先生一家が食べたかどうかは分からない。
 自宅前でくだんの大物ハーナーを解体していると隣りの方が見物に来た。
「美味しそうな魚、頭だけでも売ってくれんね!」との言葉に困ったそうだ。売ることは出来ず、差し上げたはいいが心配で心配で朝まで熟睡出来なかったらしい。
 翌日になって奥様に魚を差し上げたが異常がないか心配のあまり見に行かせたそうである。ところが、訪ねてみるとシーンと静まりかえり人の気配がない。夕方訪ねても物音ひとつしないので夫婦して心配していた。3日程して隣の方が突然家を訪ねて来られ魚のお礼を言われたとのこと。奥さんの実家に急用ができハーナーの頭を持って実家に帰っていたとの事であった。勝兄夫婦は一安心し胸をなで下ろした。神経をすり減らした3日間であったそうな!

 疑わしき魚は、爺ちゃん、婆ちゃん、若者に食わせろ!の本題に入ろう。
チンを釣らせたらこの人にはかなわない。チン釣り名人で豚事件の辰義兄がハーナーを釣り上げたそうである。その時、刺身を切り食卓に上げたところ、子供達が先を争って箸を出した。辰義兄が怒鳴った。
「美味しい魚は先に爺ちゃんに味をしてもらってから君達は食べなさい!」と叱りつけたそうだ。あたる(食中毒)か、あたらないかが判らない魚を爺ちゃんに先に食べさせたと聞いたとき可笑しくて聞いていた釣り中間全員で笑い転げてしまった。これが食中毒の恐れのない魚なら辰義兄は親孝行息子であるが、毒味役に爺ちゃんを使った辰義兄は親不孝としか言いようがない!

 実を言うと私も毒を持っているか持っていないか分からない魚を釣り上げた時、母を毒味役に使った事があった。笠利のトンバラで人間をも襲いそうなバラクーダーことオニカマスを釣り上げた。魚も大物になるとアパートのような流し台ではとても解体することが出来ない。おふくろの家まで娘と息子を連れ、おふくろの家の裏庭にて解体することにした。解体しているとお腹の中からイクラのような美味しそうな大きな卵が出てきた。
 おふくろが
「この卵美味しそう煮付けにしたら良いかもね」と言いながら鍋いっぱいのオニカマスの卵を煮付けだした。他の魚も解体が終わった頃、おふくろが「卵が美味しそうに煮えたから食べたら?」と言って大きな皿に盛りつけてきた。美味しそうではあったが心配で箸が出なかった。だがまだ小学生の娘と息子が箸を出した。「美味しい魚は先に婆ちゃんに味をしてもらってから君達は食べなさい!」と辰義兄同様叱りつけてしまった。意図的だったか意図的でなかったかいまだに自分の本心が分からない。

 その後、私は幾度となくこの憎き毒魚を釣り上げたがそのつど処分に困った。以前、会社が伊津部町にあり隣りには看板屋さんがあった。若い兄ちゃんがたくさん働いていたり、遊びに来ていてワイワイしていた。磯釣りから帰って来ると「釣れて?」と言ってアイスボックスを覗く。可哀相にこの若者達こそ私のハーナーの毒味役である。「刺身を切るから待っとけよ!」若者達はお利口さんに待っていてくれるのである。自分達の食べる刺身は別の魚を切り、彼等の食べるのはハーナーなのである。「美味しい!美味しい!」と言って食べてくれる。
 翌日、社長さんと若者達が会社を休んでいないか元気に働いているかを確認する。元気に働いていたら冷蔵庫から魚を取りだし、社長さんと若者には悪いが食べるのであった。この看板屋の社長さんがライオン川内文隆さんに顔が似ていたように思える。

このエッセイは1998年10月20日付の名瀬ライオンズクラブ会報に掲載されたものです。

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