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南薩摩の十五夜行事
一綱引きをめぐる多彩な習俗−

薩摩半島位置図井上賢一著「南薩摩の十五夜行事 - 綱引きをめぐる多彩な習俗 - 」(『月刊文化財』672号所収 連載・日本のまつり第6回、2019、文化庁監修、第一法規)

南九州の十五夜綱引き

 南九州では、旧暦八月十五夜に、茅や藁で作った大綱を引く。

 子供組による準備・当日の習俗や十五夜歌の伝承など、綱引きをめぐる多彩な習俗が特徴となっている。このうち「南薩摩の十五夜行事」として昭和56年に重要無形民俗文化財に指定された伝承地域は、枕崎市・知覧町(現・南九州市)・坊津町(現・南さつま市)である。

 薩摩半島の十五夜綱引きの基本構造は@材料集め→A網作り→B綱引き→C綱の利用と綱流しである。

坊津の十五夜行事

 南さつま市坊津町では、この綱引きに伴って様々な習俗が見られる。ここでは、坊津町上之坊(かみのぼう)での一連の習俗を紹介しよう。

 まず@材料集め習俗「火とぼし」は、十五夜行事で使う茅束「番茅(ばんがや)」を山から下ろす時、山の上で松明(たいまつ)を回し、集落に知らせる習俗。「十四が甘かで塩まぶせー(14歳の子供頭が頼りないので、塩をまぶせ)」「火が燃えたかー」と叫ぶ。

 十五夜前日に、茅で作った細縄7本を櫓(やぐら)にかけ、1本の大綱に掬(な)う。このA網作り習俗を「綱練り(つなねり)」と呼ぶ。細縄には各々3人が付いて、回転しながら締めていく。締め終わると、大綱をずり上げ茅を継ぎ足し、再び綱練り。これを繰り返して、50メートルもの大綱を掬っていく。ずり上げるときの掛け声は、綱引きの時と同じで、3度目に力いっぱい引っ張る。

 合図「どーんとー、どーんと引っ張れー

 引き手「エーイヤー、ヤヤヤヤ、ヤヤヤヤ、ヤー、ヤー、ヤー、ヤー

 大綱に掬うに従ってぎゅっと締まっていく。3人いた各細縄の掬い役は2人から1人となる。隣の人と手をつなぎ、「ヤヤヤヤ、ヤヤヤヤ、ヤー、ヤー、ヤー、ヤー」の掛け声で回転。最後は「ハーレヤナー、ハーレヤナー、ヤットコセー」で綱から離れる。掬い終わった綱は、櫓から引っ張り落とし、綱引き場所となる公民館前の坂道に引き出される。

坊津町上之坊の十五夜綱引きで跳ぶ子供たち 十五夜当日、月が出ると、二才組(にせぐみ・青年)と、集落民を含めた子供組とが、坂道の上下に分かれて大綱を引き合う(B綱引き)。まず役員が十五夜唄「お久米口説き(おくめ・くどき)」を歌う。歌い終わりを合図に、坂の下側にいる二才が、子供組のいる坂の上部に駆け上がる。これを「跳ぶ」と呼ぶ。子供たちは口説きを歌う二才の前で、今か今かと待ち構え、二才が「跳び」出すと、一目散に逃げる。

 綱引きは、公民館下の坂の道路で行われる。細い路地に長々と伸ばされた50メートルの綱を、浜側に二才、山側に子供や一般集落民が陣取る。綱を引ききって勝負がつくと、綱は子供組側の先端2メートルぐらいで切られ、これを子供たちが隠す。二才衆は隠された綱を探し出す。見つけられないと面目が立たないという。綱が見つかると、綱をつなぎ合わせて再び引きあう。

 3回の綱引きが終わると、公民館の前庭で、C網の再利用習俗「お月さん作り」をする。

 十五夜綱の材料となった細綱をつなぎ合わせて、月に模した輪を作っていく。綱練りと同じ掛け声のもと、二才が手をつないで回転し、輪を作っていく。あたかも、綱練り・綱引きを再現しているようにも思われる。綱の再生だろうか。かつては深夜まで続く習俗で、真上にお月様が来た時にでき上がったという。

 坊津では上之坊のほか、@材料集め習俗で、鳥越(とりごえ)の「ヨメジョ作りテツナッゴドントセ」や、茅を頭からすっぽり被って下りてくる平原(ひらばる)の 「茅被り」、B綱引き付随習俗の鳥越「十五夜踊り」、泊(とまり)「踊り壊し」、C泊の綱流しなども注目される。

知覧のソラヨイ

知覧町浮辺の十五夜ソラヨイ 十五夜ソラヨイは、藁で作ったカサ・ミノ・ハカマを付けた子供たちが、「ソラヨイ、ソラヨイ」と唄い(うたい)ながら、地面を踏みしめ、月と大地に感謝し、豊作を願う行事。このころは、稲が稔り(みのり)、里芋・さつま芋・栗などの初物ができる時期で、節替わりの時でもある。

 「ソラヨイ」とは、「それは良い」と土地を褒めたたえ、稔りに感謝の意を伝える言葉と考えられている。また、ソラヨイの袴は、相撲のサガリと同様の意味を持ち、ソラヨイの踊りは相撲の四股踏みの原型とも言われる。

 ソラヨイ習俗は、先の十五夜綱引きの基本構造のCで、最後の相撲の前に見られ、土俵入りとして行われる。

 南九州市知覧町浮辺(うけべ)では、「今夜出んと、小麦ガラ一握、松明五丁、ホーイホイ(今夜綱引きに来ないと、罰として麦藁や松明を出させるぞ)」の触れ参りから始まる。綱引きが終わると、土俵で子供頭の 「ヨイヤショー」 の合図の後、全員で次の歌を歌う。

 「サー、ヨイヤショー。シリー、シリッ。ソラヨイ、ソラヨイ、ソラヨイヨイヨイ……」

 ソラヨイの子供たちは一旦公民館に戻り、笠とハカマを脱いで再び土俵に戻り、相撲を取る。土俵中央の土盛飾りを一斉に崩し、まず、子供組より幼い、就学前幼児の相撲が行われ、続いて子供組の相撲が行われる。

十五夜行事の変容

 先に紹介した浮辺のソラヨイは、かつて地区内4集落それぞれに実施されていたものを、昭和46年に統合したという。各集落の内容はおおよそ同じでも、構成要素の一部がない集落や、踊り方に若干の違いがあり、それを合わせるのに苦労があったようだ。

 その他の集落でも、少子高齢化の影響で、綱練りができなくなつて運動会用のロープを用いるようになったり、知覧町中福良(なかふくら)のソラヨイのように休止に追い込まれた例も多い。

 その一方、子供がいなくなっても、十五夜のお月さんへの、豊作感謝(祈願)、健康祈願(龍蛇を通した死と再生)を伝えようとする集落もある。「どうして子供がいないのに、綱引きを続けるんですか」、「昔どおりにやっているだけです」。平均年齢70歳代の高齢者が、月明かりのもと、南薩摩の小さな集落で、茅で作った十五夜綱を引いている


●アクセス

鹿児島交通バス利用で鹿児島中央駅から知覧80分・枕崎120分。枕崎から坊津20分。

※実施有無の状況や準備段階の日程は、毎年変更あり。
詳細については、坊津歴史資料センター輝津館(きしんかん・電話0993-67-0171)、ミュージアム知覧(電話0993-83-4433)へ。

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