加世田文化史年表加世田歴史館 - 薩摩民俗HOME

加世田文化史年表

日新寺(三国名勝図会)日新寺(三国名勝図会)

■平成時代

2001 ●世界室内自転車競技選手権日本大会が加世田市運動公園体育館で開催される。
1997 ●栫ノ原遺跡(加世田校区)が国指定史跡になる。
1995 阪神淡路大震災。

■昭和時代

1986 ●県立吹上浜(ふきあげはま)海浜公園が開園。翌年吹上浜砂の祭典が始まる
1984 ●鹿児島交通南薩線廃止。
1983 ●集中豪雨で市街地浸水。激甚災害対策特別事業で市街地を蛇行して流れる加世田川のショートカット化。1971・1993にも台風で水害。
1972 太陽国体。加世田では高校レスリング競技が開催される。沖縄復帰の年。
1954 ●加世田・万世(ばんせい)両町が合併し,加世田市が誕生。翌年田布施村新川・網揚地区(たぶせむら しんかわ・あみあげ)編入。
1953 奄美群島,日本復帰
1945 ●万世飛行場から特攻隊が沖縄へ。●加世田空襲,役場の疎開。

■大正時代

1924 ●加世田村が町制施行。加世田町となる。●翌年東加世田村は万世町となる。
1914 ●南薩鉄道伊集院(いじゅういん)・加世田間開通。1931加世田・枕崎間開通。

■明治時代

1896 ●川辺郡役場(かわなべぐんやくば)が加世田に設置される。
1889 ●町村制施行。加世田村・東加世田村ができる。
1878 ●顕証寺・浄願寺(以上万世校区)・聖徳寺(加世田校区)の前身である説教場が開かれる。
1869 廃藩置県。鹿児島県誕生。●廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)により日新寺(じっしんじ)など廃寺。日新寺は1873竹田神社として再建される。

■江戸時代

1865 ●薩摩藩留学生として加世田からは鮫島尚信(さめしまなおのぶ)が羽島(薩摩半島串木野市)からヨーロッパへ出発。
1858 ●小松原(万世校区)で加世田一揆が起こる。
1827 薩摩藩,調所広郷(ずしょひろさと)の藩政改革。清国との密貿易,奄美からの砂糖総買い入れ,藩の借金250年無利息変換などを断行。

1802 ●万之瀬川(まのせがわ)大洪水。河口が相星(あいほし,万世校区)から,現在の位置になる。1844旧河川の上に,祇園社(万世校区大崎にある現在の八坂神社)が海運業者によって建立される。

1784 ●薩摩藩,地方行政区分の外城(とじょう)を郷(ごう)に改める。現在の加世田市と大浦・笠沙両町(おおうら・かささ)の区域が加世田郷。
1778 ●唐仁原(万世校区)で田の神が建立される。碑文のあるものでは市内最古。
1720 このころ青木昆陽(あおきこんよう)によりサツマイモが全国に紹介される。
1768 ●益山用水完成。(ますやまようすい。竹田神社の水車からくりはこの用水にかかっている)
1763 ●小松原の鮫島正次郎(さめしましょうじろう)が薩摩藩の見習い唐通事(中国語の通訳)となる。1773に本通事に昇格。
1753 薩摩藩,幕府から木曽川(岐阜県)治水の土木工事を命ぜられる。
1686 ●久木野校区上木屋(くきの かみきや)の田中七右衛門が製鉄用水車の水神を建立。

1615 幕府一国一城令を発令。
●江戸時代の加世田は,藩直轄地として発展。後には地方長官である地頭は鹿児島に住み,加世田には地頭仮屋が設けられる。薩摩藩の行政組織”外城”は,当初現在の大浦・笠沙・坊津(ぼうのつ)・川辺町粋(かわなべ)までが加世田外城の区域とされた。

1609 薩摩藩,琉球へ出兵。

■安土桃山

1592 島津義弘(しまずよしひろ)文禄の役で朝鮮出兵。
●加世田地方の太鼓踊りはこのとき朝鮮から伝わったという伝承がある。
●加世田小松原の鮫島宗政(むねまさ)は出兵から帰国後,海外貿易を始める。

1587 島津氏は前年東・南九州を制覇したが,この年豊臣秀吉に降伏。
1580 ●このころ相星で二世観音(にせいかんのん)が祭られ,江戸時代にはほら穴で隠れ念仏が行われた。

■室町時代

1549 フランシスコ・ザビエル,鹿児島に上陸。キリスト教を伝える。
1546 ●このころ,島津忠良(ただよし)が加世田で,道徳の基本を示したいろは歌を作る。
1543 ポルトガル人が種子島に漂着。鉄砲を伝える。
1539 ●島津氏内の内紛の一つとして伊作・相州家(いざく・そうしゅうけ)の島津忠良が本家(守護職薩州家)と加世田別府城(べっぷじょう)で戦い,攻略。
1420 ●土豪の別府氏(べっぷし)に代わり,出水(薩摩半島いずみ市)の薩州島津氏が加世田を領する。

■鎌倉時代

持躰松遺跡(もったいまつ)。万之瀬川を挟んで加世田と向かい合う金峰町宮崎。11〜15世紀の中国製陶器が多数出土。万之瀬川河口は大陸と日本の交易拠点。

1197 ●薩摩国建久図田帳(けんきゅうずでんちょう)に「加世田別符」が見える。別府氏領40町,阿多地頭鮫島宗家領15町,宇佐八幡別当寺領25町,など。
1194 鮫島宗家(むねいえ)を阿多郡(あたぐん)惣地頭に補任。

■平安時代

このころ隼人塚(はやとづか。大隅半島隼人町)が建立される。
1177〜79 ●薩摩平氏の別府五郎忠明(べっぷごろうただあき)が加世田に別府城を築く。
1024〜28 大宰府から島津荘が藤原氏に寄進される。南九州も荘園の時代へ。
931〜38 ●倭名類聚鈔(わみょうるいじゅしょう)に「阿多郡鷹屋郷」が見える。竹屋ケ尾(たかやがお。内山田校区にある山名)・竹屋神社(益山校区)はこの伝承地名といわれる。

■奈良時代

752 唐僧鑑真,遣唐使船で秋目浦(鹿児島県薩摩半島坊津町)へ上陸。
720 日本書紀が編さんされる。日向神話で「吾多の長屋の笠狭の埼」。神話にさかのぼって隼人が大和へ服従すべき理由を説いたものと考えられている。
710 大宝律令で薩摩国・大隅国ができる

■古墳時代

六堂会古墳(ろくどうえ):万世校区。ガラス玉・鉄剣・土師器(はじき)などが一緒に祭られた箱式石棺。

■弥生時代

吉野ケ里遺跡(佐賀県)・橋牟礼川遺跡(薩摩半島指宿市)の時代
BC100 高橋貝塚(薩摩半島金峰町)で南島産の貝輪が見つかる。

■縄文時代

3000前 ●上加世田遺跡(うえかせだ):縄文時代終わり頃の祭りをした跡。岩偶(がんぐう)やヒスイが見つかる。
5000前 三内丸山遺跡(青森県)の時代

6400前 薩摩半島の南で鬼界(きかい)カルデラが噴火。アカホヤという火山灰。

9500前 上ノ原遺跡(薩摩半島国分市)の時代

11000前 桜島の噴火。サツマと呼ばれる火山灰がつもる。

12000前 ●栫ノ原遺跡(かこのはら):加世田校区にある縄文時代はじめごろの夏の定住地。国内最古のくんせい施設
志風頭遺跡(しかぜがしら):内山田校区。ほぼ完全な形の最古級の土器が見つかる。口径42・高さ25センチの隆帯文土器(りゅうたいもんどき)

■旧石器時代

20000前●春ノ山遺跡(はるのやま):久木野校区にある遊動生活の一時的キャンプ跡

24000前 鹿児島姶良カルデラの噴火。ATと呼ばれる火山灰でシラス台地ができる


※冒頭の図版は,「三国名勝図会」を任意に着色してイメージ化したものです。考証は行っていませんのでご了承ください。

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