ぶ厚い雲が覆う暗い曇り空の日、私は子猫を拾った



 登校中、100mほど前に黒沢の姿を認めたものの

 前日のイザコザから話しかける言葉がなく

 かといって、このままずっと後ろを歩いているのも気まずいからと

 少し遠回りになるものの、今よりはマシとわき道にそれた

 そこで何の因果か捨て猫を見かけ、目が合ってしまったのだ。

「今時、漫画みたいにダンボールに古タオル敷いて捨てるか・・・?」

 その猫はまだかなり小さく、真っ白な毛で耳が少しつぶれた感じで全体が丸っこい

「・・・子供産んで増えすぎたから捨てたんだな・・・」

「・・・しかし・・・かわいいなぁ」

 そういって、手を近づけると、いきなり子猫は私の指に噛み付いてきた

 大層なごあいさつだが、くすぐったい位で全く痛くは無い

 目が合ったのは、哀願ではなく警戒の方だったのかも知れない。

 私はしばらく猫に手を出したまま、じゃれつかせていた。

 子猫の方は私を完全に敵だと認知して、か弱い噛み付きは通じないと悟ったのか

 不器用に段ボール箱から這い出て、逃亡を図った――

 ――が、子猫とはいえ猫の癖に足がやたら遅い

 あっさり首をつまんで捕まえる事が出来た

「運動音痴の猫・・・っているのか・・・。」

 宙で必死に暴れる白い子猫、きっとお腹がすいてるからだ。

 出来るだけやさしく手に抱いて学校につれていった



 じゃれ付かせている間に相当時間を使っていたのか、完全に遅刻していた

 先生に見つかれば子猫は取り上げられかねない

 裏からこっそり校舎に入り、建物と建物の隙間の人が来ない場所でカバンを置いた

「・・・私はサボってるんじゃない、子猫を保護すると言う目的が授業より上だっただけだ、うん。」

 自分を納得させる言い訳を口にしつつ、人に会わないように・・・と言ってもすでに学校はHRで

 外には殆ど人がいないが、それでも慎重に自販機で牛乳を買おうと試みる

 外に人がいなくても、いくつかの教室の窓から自販機は見える

 かといってここでただ待っていると1時間目がはじまって

 何処かのクラスで体育等があれば、外にも人が現れ

 誰にもばれずに牛乳を買うのが難しくなる。

 いっそ学校を出て近くのコンビニもいいかもしれないが

 この子猫、懐く気配が一向にないから、逃げないようにするには店内につれて歩かないといけない。

 学校の制服着て子猫と買い物したら学校に電話されそうだ、やはり今買うのがベストか・・・。

 予め物陰でお金をぴったり手元に出してから、

 私は意を決して何気なく焦らず自販機に近寄る

 最速で小銭を入れ、最後の小銭を入れ終わると同時に、牛乳の所のボタンを連打

 素早く牛乳を取り出して、何気ない足取りでまた物陰に隠れることに成功した

 授業をこういう風にサボった事は無く、妙に緊張する

 と同時に学校をサボるスリルをちょっと楽しんでもいた。

 人が滅多に通らない上、通ってもあまり見えない建物の間で腰を下ろし、まずは一息つく

「まずは・・・こいつに牛乳・・・かな。」

 こういう場合、皿がない!とまたうろたえるパターンがあるが

 私はちゃんと、それも想定して花壇にあった植木鉢の下に敷いてある受け皿を・・・

 勿論水洗いしたのを既に入手していた、抜かりは無い・・・と思う。

 20分ほど、牛乳パックを懐に入れて暖めた後

 ようやく白い子猫の前に牛乳を注いで差し出す。

 さぞお腹が空いているだろう、飛びついてくるだろうと想像していたが

 予想以上に警戒心が強く、なかなか皿に近づいてこない

 子猫とのにらみ合いが数分続く・・・・・

(警戒してるなら・・・1歩離れてみよう。)

 そう思って私が一歩分後ろに下がると、子猫はいかにも戦闘態勢の緊張した構えを解いた

 が、牛乳に口をつける気はまだなく、私に意識を集中させている

 逃げられるかもしれないが、もう2歩分離れる、距離にすると2〜3m程

 しばらく子猫はこちらが動かないか睨むように見ていたが

 やっと警戒範囲から離れたと見たのか、牛乳をペロペロとなめだした

(かわいい・・・・でもなんか納得いかないな・・・)

 白くで丸くてか弱さを全力でアピールしてるのに、それと矛盾するこの警戒心の強さ、人を信用しない所

 すごく、物凄くデジャブを感じるこの子猫の様子。

(・・・・同じようなのが自分のクラスにいるなぁ・・・。)

 もうこの子猫の名前を彩にしてしまおうかと考える程よく似ている

 私がもっとよく顔や仕草を確認しようと、ほんの少し近づくと、

 すぐに牛乳飲むのをやめて構えをとる為に、飲みきるまで全く近づけない

 飲み終わったその後もやはりこの微妙な距離を保たされたまま

 時間を空費していく羽目になっていた――――。

 今日何度目か忘れたがチャイムの音が聞こえる

 私は白い丸まったもこもこが逃げないよう注視している

 もこもこはこちらの事を無視するようにくつろいで見えるが

 少しでも近づくといつもの戦闘態勢をとる

 こうやって、ぼーっと何もしないでいても変化は起きるもので

 私の瞼は少しづつ重力に負け始めてきていた、寝たら逃げられるだろうな・・・





 ・・・・・・・雨の雫がうなじから背中に流れて、その冷たさで目が覚めた

 外は大粒の雨が地面を激しく叩く音

 空気はもはや水蒸気のような湿気を帯びている

「あぁ・・・私寝てたのか・・・・いつの間にか大雨だし・・・傘持ってきてないな・・・」

 建物の隙間だけに雨で直接濡れることはなかった。

 まだ起きたばかりで頭の回転が鈍い

 ・・・そういえば体は冷えているのに膝の辺りが妙に暖かい

 そこに目をやれば、白い子猫。

「お前・・・・懐いてくれたのか・・・。」

 そう語りかけて撫でたのが間違いだった、子猫は私が起きた事に気がつくと

 すぐさま膝から降りて、いつもの一定の距離を置いた

 どうやら危害を加える可能性がない時だけは近づいてくれるらしい

「好かれては・・・・いるんだよな?・・・これは。」

 逃げる絶好の機会を見逃してわざわざ膝にまで擦り寄ってきたのは

 好かれている以外に何があるというのか

 彩っぽいけどさすがに猫だけに彩より素直だ

 それにしてもお腹すいた、どれだけ眠っていたんだろうか

 携帯電話・・・・の入っているカバンの上は子猫の指定席なのか

 取れない状況になっている。

 腹時計だと正午辺りだろうと推測されるが、時計も太陽も見えないこの場所で

 正確な時間がわかる方法は携帯電話しかない

 このままでは暇も潰せないので10秒ほど指定席を退いてもらうか

 でもちょっと悪いかな、逃げられるかな・・・、と悩んでいるうちに

 子猫の方がカバンから離れてこっちに寄ってきた

 別に甘えにきたわけではなく・・・

 携帯がメールか何かを受信してカバンが揺れだすという

 子猫にとっては大変な異変が起きた為である

「やれやれ・・・でも丁度良かった。」

 カバンから携帯を取り出し、まずは時間を確認する

 12時37分・・・どうやら昼休みのようだ

 雨でなかったら外で遊ぶ生徒が見られるからすぐにわかっただろう。

 その代わり私も見つかる可能性があった

 天気は私がサボる事に協力してくれているようだ。

 さて、携帯電話も手に戻ったので、カバンから3mはなれて

 私はまた子猫と微妙な距離を置こうとする。

 しかし、先ほどのカバンの異変に恐怖心を抱いた子猫は

 指定席のカバンに近寄ろうともせず、私の近くでうろうろし始めていた

 カバンが襲ってきたら(そんなことはあり得ないが)私を盾にする算段をしているのかどうか

 ともあれ、3mの距離は数十センチまで一気に縮まって私としてはいい結果になった気がする。

 さっきのメールの送信先は緑川からだった、いい奴なのか、抜け目がないのか

 最近女たらしであるのが分かってきた、だからどうと言う事じゃないけど。

 文章の内容は・・・何でサボったのかと言う事が書いてある

 病欠でなくサボりって何で知ってるんだろう

 家に電話・・・もしくは

 黒沢のやつ登校中に私が後ろにいた事知っていたな・・・・。

 「気まぐれだよ」とだけ返信しておこう。



 もうすぐ掃除時間になる、雨は相変わらずどしゃ降り

 帰ろうにも傘がないため、携帯電話と猫が濡れるとまずいかと思ってなかなか踏ん切りがつかない

 適当な所でビニール袋でも貰えれば・・・と考える

 単純に考えて携帯使えばいいのはわかる、誰にってところが問題で

 黒沢とはケンカしたばっかりで、いきなり「なんか貸せ」とは言えない

 緑川は周りにサボった事いいそうな気がする、それと男呼び出すのも気が重い

 彩は携帯持ってないし、持ってても絶対ここに来ないと断言できる

「こういう時は渡辺さん・・・。」

 私は渡辺さんに電話をかけてみる事にした。