今日休んでいたと思っていた蒼野さんから、急に呼び出された。

 黒沢さんに聞いても不機嫌そうに「知らない」と言われたり

 誰かが自販機辺りで見たとか言う話を聞いて、訝(いぶか)しんではいたけど

 まさか私が校舎裏のに呼び出される事になるなんて

 しかも丁寧に「絶対一人で。」とまで言われて。

 まさか暴力を振るうわけじゃないだろうけど・・・・ビニール袋もってきてって

 妙な物頼むぐらいだし・・・しかも2枚。

 外は結構な大雨で、一つ一つの雨粒に重さを感じるほど。

 校舎裏までいくのにも、いくつもの水溜りを越えなくてはいけなかった

 校舎と校舎の隙間・・・と言うと語弊があるかも知れないけど

 ともかくまずあまり人の来ない、雨の日なら全く来ないであろう場所にマリアさんがいた

 何故かカバンを離れた場所に置いている。

「ああ、助かったよ渡辺さん・・・」

「何でこんな所にいるんですか?蒼野さ・・・・・・あっ。」

 私は回答の前に自分で理解した。

 蒼野さんの影で動いている白い小さな猫

 何処で見つけたかは知らないが、蒼野さんは子猫の世話をしていたのだろう

 白いもこもこした愛くるしいその姿に私の緊張はすっかり溶けた

「猫かわいい〜〜・・・・っ。」

 自然に表情が緩んで、戻らなくなってしまう。

「・・・まぁこういう事なんだよ。」

 蒼野さんはクール・・・いや勝手気まま、マイペースに振舞っているけど

 それなりに優しい所があるんだと思う、

 悪い人は転入して初日から問題が起きそうなことしないから、最初からわかってはいる。

 性格の不一致と言う点も同時に間違いない事実。

「それで・・・このビニール袋2枚も何に使うんです?
 まさか傘がなくて濡れるからって猫入れる気じゃ・・・。」

 入れる気だったら優しいかも、と思った事を撤回しよう。

「やっぱりダメかな?じゃあ携帯電話入れるかなぁ・・・あんまり考えてない。」

 答えはまさかの「特に深くは考えてない」。

 って言うか猫入れる気だった?この人。

 蒼野さんは続けて話す

「渡辺さん、猫と携帯が濡れないで済むいい方法ある?傘が余ってるならそれが一番だけど。」

 盗む人がいるくらいなのに、むしろ傘は足りないところだ

 わかってて言ってるのかもしれないので

 そこはスルーして私はとりあえず考えるポーズをとる。

 ポーズだけでなく本当にその方法を一緒に考えてあげたいのだけど

 子猫が気になってしょうがないから、思考がまとまらない。

 触りたい・・・超かわいい・・・。

「この猫さぁ・・・未だに私が触ろうとすると噛むんだ。」

 そういって、蒼野さんは猫の目の前に手を差し出す

 子猫はすぐさま一生懸命噛んだり爪を引っかいて抵抗している

 そんな必死な様子もとてもかわいい、私も一緒に遊びたい・・・

「わ、わわ私もちょっと触ってもいいですか!?」

「ん・・・まぁ噛まれてもあんまり痛くないし大丈夫だと思う。」

 蒼野さんが手を遠ざけると、猫は唸り声を上げるのをやめた。

 私は逃げないように慎重に近づき、手をゆっくり伸ばす、まだ警戒はしてないっぽい

 更に近づく。子猫と視線が合った、そろそろ噛まれるかな―――?

 ―――・・・あれ?

 子猫の頭に手が届く、毛がやわらかくてほんのりあったかくて限りなく和む

 喉を撫でるとコロコロ喉を鳴らして気持ちよさそうに目を閉じる

「あの・・・・普通に撫でれますけど・・・。」

 そう言って蒼野さんを見ると、不服そうに表情がちょっと歪んでいる

 私を睨む目が怖い、そんな顔じゃ猫だって多分怖がる。

 もしかして蒼野さんははじめ乱暴に扱って

 子猫に嫌われるような事したのではないのだろうか

 猫の面倒ではなく猫の拉致監禁というオチが・・・!?

 蒼野さんはため息をついて元の表情に戻し

「そんなバカな・・・この猫は何処までサヤなんだ・・・。」

 と意味不明な事を言う

 確かに体が白いという点ではそうかもしれないけど・・・

 蒼野さんはふてくされて、私から無理矢理猫を引き離し

 子猫の首をひょいと掴み上げる

 途端に今までおとなしかった猫が暴れだし、子猫としては精一杯低い唸り声を上げた

(やっぱり子猫に嫌われてる・・・・。)

 蒼野さんは子猫を下ろすと落ち込んだ様子で猫を眺めて呟いた

「こんなに傷ついたのは昨日以来だ・・・。」

 昨日とはまた近い過去、

 しかし深くは聞かないほうがいいと思って話題を変えた。

「この猫何処にいたんですか?」

 蒼野さんはすぐに答えた

「登校中に古典的にさ……ダンボールのなかに捨てられてたから拾ってきたんだ
 牛乳もやったのに全然懐かないんだよ、なのになんで渡辺さんに・・・。」

 また睨まれた・・・・

 牛乳は自販機で見たとか言う証言の通りで間違いない

「もうすぐ昼休み終わるので・・・教室戻りますよ?私。」

 子猫と離れるのは辛いけど、掃除サボるのも問題だし、

 この場所は雨が直接降ってこないとはいえ、服がかなり湿っている。

「あ、できれば私のカバン、教室に持っていけない?、これも濡れると一応マズイ。」

 蒼野さんにとっては教科書類は「一応」な存在らしい。

「え?でも蒼野さんのカバンがあったらサボってるってバレるかも・・・。」

「それはいいけど、・・・・考えてみたらカバンは要るかもだ
 教科書だけお願い。」

 昼休み終了間際に、人の教科書持って教室に戻るってどんな状況・・・

 カバンは必要・・・と言うと、猫を入れる気なのは間違いない

「やですよ。」

「目立つからか。」

 わかっているなら言わないで欲しい・・・。

「目立つってんなら昨日、サヤを突き飛ばした時の方が数倍目立ってたけど。」

 私はその言葉にちょっとムッと来た

「あれは不可抗力です。」

「何があったの?、サヤと。」

「・・・元々、あいつの事大嫌いなんですけど・・・?」

 自分でも悲しいほど感情的に答えてしまった。

「子猫じゃあるまいし・・・理由あるんだろ?」

 なんで蒼野さんに話さなくちゃいけない訳があるのか

 もうさっさと教室に戻ろう。

 私は蒼野さんから背を向けた――

「…山吹か?」

 無視する気だったのに自然に体が硬直する

 自分でも嘘が下手だと思う。そんな反応をしてしまった

「・・・図星か、へぇ・・・あのイケメンはサヤ好きなんだ。
 あれだけの問題児、守りがいは確かにすごくあるけど。」

 蒼野さんの淡々と喋る口調が逆に私の感情を逆撫でする

 何でこうずけずけと・・・。

「ただの問題児じゃないですか・・・趣味悪いですよ・・・・。」

 つい彩の悪口のつもりが山吹君の悪口になってしまった

「でも付き合っても告白してもいないんだろ?」

「・・・・・・デリカシーのない蒼野さんに言ってもわかりません。」

「気持ちはあんまりわからないな・・・モノが男だし、男には私そこまで執着ない。」

 モノってこの人は・・・・

 大体付き合うかどうかじゃなくて好きか嫌いかが問題なのに、全然わかってない

 本当にわかってない

「蒼野さんには関係ない話です!、私もう教室戻ります。」

 今度こそ帰ろうと踵を返す

「サヤとはちゃんと話した方がいいと思うんだけど。」

 性懲りも鳴くまた背中に声をかける、しつこい・・・・

 いい加減話すのも嫌になってきた、無視しよう

 今後蒼野さんの我儘には付き合わない事に決めた。

「アイツだって困ってるんだし、それに山吹の事言っても、付き合う可能性ないよ。」

 好きな人が私以外の別な人を好きです、って言うのがどんだけ苦痛か

 さっき子猫に懐かれなかった自分をちゃんと見て言ってるの?

 本格的にこの人の事嫌いになったかも・・・・。

 校舎に入るまでに点在する水溜りや靴についた泥が私のイライラを増幅させていった。





 校舎に入る直前、タイミング悪く彩と出会ってしまった。

 元々悪い顔色が今日はそれに増して悪い。

 カバンを持っているから早退するのだろうか

「・・・茜・・・・。」

 すがるような目でこちらを見る目が今は腹立たしい、子猫じゃあるまいし・・・

「・・・もう帰るの?」

 無視して教室に上がるにはさすがに気が引ける

 適当な会話で流しつつ距離を置こうと考えた

「なぁ、昨日の事なんだけど・・・。」

 彩に「適当な会話で流す」事が通用する相手では無いのをまず読むべきだった。

「何かわからないけど、私が悪い事してたら・・・その・・・・」

 彩は自分に原因があると思っている様で、オドオドして顔を下げている

「別に・・・彩が悪いとか嫌いっって訳じゃないんだけど・・・ただ・・・・」

 私は彩があんまりかわいそうになって、出来る限り慰めてみる事にしたが

 「ただ」・・・・の後の言葉に窮す結果になってしまった

「ただ・・・・何?」

 まずい・・・

「なんなんだよ・・・?」

 彩が問い詰めてくる

 ただ・・・なんて答えればいいんだろう

「頼むよ・・・・言ってくれよ・・・!」

 私は慰めようなんて思ったのをひどく後悔した

 結果的に問い詰められるような事を言われる羽目になったのだから

 悩み悩んだ末、結局蒼野さんの望みどおり、彩に話さなくてはならなくなった

「・・・や・・・山吹君がね・・・その・・・あの〜〜。」

 ・・・やっぱり言おうとするとムカムカしてくる、出来れば早めに悟って欲しい

 そんな願いも空しく、彩は頭に疑問符を沢山浮かべながら呆けた顔で首を傾げる

「山吹ってのが何の関係が・・・っていうか山吹って誰だっけ・・・。」

 悟るどころか脳に損傷があるんじゃないかと言うレベルで

 彩は山吹君の事を忘れていた、よほど興味がないらしい。

「この前一緒に買い物とか昼食食べに行った身長の高い顔のいい人、彩本気で言ってるの?」

「ああ・・・成績トップの奴か・・・確か茜あいつに・・・・」

 そこまで言いかけて、彩は私を見る

 やっと理解した

「そんな事で・・・なんで。」

 そんな事、私はその言い方に反論した

「彩だって成績の事くらいで人を殴ってたくせに・・・まさかそれも忘れた?」

「う・・・・・あぁ・・・。」

 彩の顔が途端に泣きそうになる、

「でも、私にはどうしようもないじゃないか・・・山吹の事なんか。」

「だから私だってどうしたら言いかわからないんじゃない・・・わかったんなら早く帰って・・・!」

「何でだよ・・・たかが男一人で・・・」

 その一言に思わず手が出た、それも二回

 往復の平手打ちを受けて、彩の頬に紅い跡がついた

「た・・・たかが?、今まで散々ひどい事して来て・・・許せない・・・。」

 コイツにイジメられてる時、私の心の支えで

 彼がいたから学校に来れた、それをちょっと反省したとはいえ

 ・・・許せない・・・!

 怒りに任せて彩の肩を突き飛ばすと昨日と同じに彩はあっけなく崩れ落ちた

(ふん・・・・、いい気味よ・・・)

 たかがひと月で今までの怨み募りが消えるわけがない。

 彩を見下ろす

 視界は何故か滲んでいた。