暑い・・・夏だなぁ・・・もう嫌なほど夏だ

 ここ数日、めっきり会話が減った。

 全体で言えば増えてる、特に緑川と黒沢とは毎日バカな会話をして楽しい

 減った・・・と言うよりぜんぜん喋らなくなったのは私の隣の席の、サヤ

 端から喋るタイプではなかったけど、最近は私が話しかけても無視するか

 一言で話を切るようになった、6人で遊んだ時からそうなった気がする。

 今日だって、慌てて教室に入ってきたから声をかけたのに

 あいかわらず「なんでもない。」で片付けられた。

 そろそろ私は怒ってもいい頃じゃないか?

 こんな事サヤ本人にも言いたくないが、結構尽力を注いでる訳で

 もう少しその辺を汲み取って欲しいわけだ。

 顔面蒼白で汗を大量に掻いて教室に入ってきて、なんでもないわけがないだろ

 サヤがトラブルメーカーなのはもう知ってる

 今更ちょっと巻き込まれたって、友達なんだしさぁ・・・・

 ・・・サヤは私の事、友達とは思ってないのかもな・・・・。





「へ?、月島さんと友達になる方法?」

 休み時間、私は緑川にストレートな質問をしてみた

 始めは冗談と受け取って笑っていたが、私と目が合うと、

 笑みを消して真面目な顔になる

 最近は殊に緑川にこうやって色々聞いている事が多い

 殆ど解決するような質問じゃないから、きっと迷惑してるんじゃないかと思う。

「そりゃ無理だよ、だって僕は彼女の事全然知らないし、そういえばしゃべった事も無い。」

 6人で遊びに言った時、彩はただの一言も喋っていない、本当に誰一人として信用してないのか

「でも渡辺さんとは何となく仲よさそうなんだよな。」

 私が言うと緑川は呆けた顔で天井を見上げた

「あ〜・・・確か、ああいう暗い子って、3人以上と一度に話したりするの嫌いらしいよ。」

 緑川が言う、確かに渡辺さんと二人の時はべったりだったな・・・

 3人以上だとそこには「社会」が生まれる

 関係は一気に複雑になって、状況は曖昧になる。

 そしてそれを信用できないから人が集まればサヤは傍観者になっていく。

 ・・・・らしい、私にはわからない。

 しかし「暗い子」って・・・まぁその通りなんだけど。

「どっかで聞いた事あるけど、まずはとにかく知る事じゃないかな・・・?」

 緑川は自信なさ気にそう言った

「知れば・・・・ねぇ・・・。」

 最初からそうしているけど、改めて考える

 私は「ラプラスの魔」を思い出した

 量子力学の話だが、全ての原子やその他の力の理を理解する事が出来れば

 未来すらも予測できる、って話だ

 本当に物事を「知る」と言う事は「支配する」って事だと合気道の師匠はボソっと言ってた。

 力の流れを知って、支配する、そして投げる―――。

 和合を目的とする合気道の師匠にしては、ちょっと危険思想のような気がするけど

 尊敬する塩田剛三も「爆笑する顔に狂気が窺えた。」って言われる位だから、

 真実はそうなんだろう

 全てを知れば、未来さえ知れば、総理大臣どころか世界に跨る独裁者だって多分可能だ

 で、私は初めからサヤに興味があって知ろうとしている

 私は支配したいのか・・・・?それとも人間関係って言うのは少なからずそうなのか

 秘密の交換、共有でできるものだったら・・・・

 頭が痛くなってきた、なんで私は禅問答をやってるんだ。

 そもそも堅くて重い鉄の扉のような心の壁を持つサヤのその扉の先を知るなんてことが出来るなら

 それは神の如き「偶然」以外にないじゃないか。

 そんな風にして思い悩む私を不思議そうに緑川は見ていた

「ねぇ・・・不思議に思ったけどなんでそんなに仲良くしたいの?  仲良くなっても一切得しない奴、って言ってたくせに。」

「え。そうだな・・・・・特にないな。」

「はぁ・・・?わけわかんね・・・。」

 緑川は呆れ顔

「ああ・・・そうだ、紫原って後輩の事だけど。」

 進展しない話と勘付き話題を変えた

「ストーカーとか言ってたけど、単に月島さんと同じ町に住んでるから
 登下校の道が大体一緒なだけで、そんなじゃないらしいよ
 勝手に決め付けたら後輩がかわいそうだよ。」

 何処から調べたのか、紫原について語りだした

 サヤは気がついていないみたいだけど

 少なくとも私が見た限り、登下校中常に後ろにいたから

 ちょっと前緑川に相談したのだった

「でも偶然でも常に後ろにいる?」

 私は反論した、楽観的に考えていたら本当は最悪のケースでした、なんて笑えない

「でもストーカーって・・・・もうちょっといい風には考えられない?
 恋愛感情かもしれないしさ〜、やっぱりそういう事は面と向かって言いにくいよ。」

「ふん、男だったらちゃっちゃと言えってんだ。」

 そしてフラれる、サヤにいきなり告白して成功する可能性なんて

 宝くじを当てるよりさらに薄い確率だろう、それがわかってるから観察してる。

 ストーカーも知る事で支配したいんだな・・・

「・・・なんでストーカーの気持ちと同調してるんだ私は。」

「何か一人で想像して怒ってるよ・・・マリアさんって妄想癖あるんじゃない?」

「う・・・ん、あるかも。」

 だって楽しいじゃないか、妄想。





 5時限、家庭科の時間、私は料理はともかく裁縫な何故か苦手だ

 まず針が嫌いだ、軽く先端恐怖症で指がプルプル震える

 それに針に糸を通したり、縫ったりの小さい動きは、性に合わない

 サヤはどうかと見ると、全く手をつけておらず

 ぼーっと、ただの布っ切れを見ていた。

「サヤ、単位つーか点数貰えんの?それで。」

 相変わらず話しかけても反応してくれない

 先生が教室を離れてしばらくするとサヤは徐に立ち上がり

 渡辺さんの方に歩み寄っていった

 しばらくお互い動かず距離をとっている様でもあったが

 渡辺さんが振り向くと、なぜかサヤは勢いよくその肩を掴んだ

 その刹那、信じられない事が起こった

 渡辺さんがサヤを突き飛ばしたのだ、教室がざわめく

 サヤには立ち上がる様子は無い、

 打ち所が悪かったのかもしれないと私は駆け寄った

「大丈夫か・・・・サヤ・・・・・。」

 私の声にすぐ反応した、どうやらケガの方はなさそうだ

 でもいつにもましてひどく哀しい顔をしている

 私の表情に変化があったのか、それを機敏に感じ取る

「同情するんじゃねぇ・・・・ッ!」

「泣きそうな顔で何言ってるんだよ・・・。」

 そんな表情する方に問題ある、同情して欲しいのはどっちだ

 それより一番仲がいいと思ってた渡辺さんがこんな事するなんて

 何か理由があるに違いない、なきゃ私が殴ってやる。

「私が渡辺さんから理由、聞いてくる。」

 そう言って私は渡辺さんの方へ歩こうとした

 が、サヤは私の右足を掴んで止めた

「うわっ!?」

 急に掴まれたものだからバランスを崩して転びそうになる

 左足で地面を強く掴んで太腿に、腰に力を入れる

 足から伝わった力はようやく頭の先まで体重を捉えた。

 私は何とか体勢を元に戻した。

「な・・・もうちょっと考えてくれよサヤ・・・。」

 私がそういいながらサヤの顔を見る

「いい・・・私が聞くから・・・・余計なお世話だ。」

 サヤは心底迷惑そうに、私に言い放った

 苦虫を噛んだような顔、とはこういう顔だろう

 私は迷惑なのか、結局そうとしか思ってないのか―――?

 そう思うと怒る気力も、なくなっていった。





「おいマリア、渡辺はなんだったんだよ?」

 放課後、黒沢が私に聞いてくる

「お前の事だから聞いたんだろ?原因をさ」

「いや・・・それが聞いてない。」

 黒沢はガクッと頭を落とす仕草をした

「なんだ、意外だな〜、じゃあ私が聞いてく―――。」

「待て。」

 黒沢を引き止める

「聞かなくていい。」

 私は言った

 自分でも珍しくどこか憂いを帯びたその言葉に琴線をかけることもなく

 黒沢はそれに納得せず言い返す

「何でだよ、渡辺に聞くだけじゃねーか、お前だって知りたいだろ。」

 やれやれ、と言った様子で鼻で笑う。

 瞬間的に自分の感情が高まった。

「聞くなって言ってんだよッ!」

 黒沢の体が撥ねて硬直する

「・・・・・・ッ?!、お、おいマリア・・・?」

 私らしくもない・・・激昂してしまったのか?

 黒沢も、そして周りにいた数名のクラスメイトも静まり返っている

 雰囲気の悪さを察知し帰りや部活動の仕度をして教室から足早に出て行く

「お前が声を荒げるなんて、初めてじゃないか・・・?」

 さすがの黒沢も動揺してしまったようだ、それどころか自分だって動揺してるくらいだ

「・・・で、なんで聞いたらダメなんだよ・・・」

 なんで・・・?

「ワケは・・・・ないけどさ。」

 その言葉に黒沢が食い下がる

「おまっ・・・!、理由がねー感情論が嫌いだって言ってたのは何処のどいつだ!?」

「そんなこと言ったっけ。」

「昨日言ったよ!!てめーの脳味噌にしわあんのかよっ!?」

「じゃあ撤回するよ、感情論もありで。」

 黒沢は絶句した、腕を力なくぶら下げ、頭を下げる、

「勝手すぎる・・・、お前みたいな勝手な奴見たことねぇ・・・。」

 自由気侭、いや自由闊達と言ってほしいな。

 私だって感情はある、当たり前だけど、ちょっと顔に出すのが苦手なだけで

「わかったよ、聞くのは止すけど・・・月島は大丈夫かな?」

 黒沢は私の気持ちを理解したと言うよりは、諦めた感じで問いかけた

 サヤのあの時の私を拒絶した顔が浮かぶ

「自業自得だろ。」

「おいおい・・・今日のお前、ちょっとおかしくないか?」

「どこが。」

「どこって・・・自分でわかんないか?」

「わからないな、具体的に言ってくれよ。」

 黒沢はそういわれてしばらく考え込んで言葉を作り出した

「いつもと・・・・逆って言うか・・・なんていうかだな〜。

 口は感情的なのに・・・。」

 しどろもどろに黒沢が話す。

「友達にそんな冷たい奴だったか?」

 友達と言う言葉が刺さる。

「うるさいな・・・どうでもいいだろ。」

 それは怒りとして放出された。

「お前が具体的に言えって言ったんだろ・・・・!
 さっきから言ってることとやってる事が矛盾してねーか・・・!?」

 黒沢は口を歪ませて怒る

「何かこっちまで腹立ってきた・・・・!、やっぱり私は渡辺に事情を聞いてくる。」

 そう言って黒沢は教室を出ようとした

 私はその腕を掴んで引き止める

「ふざけるな、勝手な事するな・・・!」

「勝手なのはどっちだ?ふざけてんのはお前だろ?マリア・・・」

「何処行く気だよ。」

「部活だよ、いい加減腕を放せよ。」

「嫌だ、聞くのをやめるって聞いてない。」

 黒沢は一呼吸すると、私の肩に正拳を打ち込んだ

 鈍い打撃音が体に響き、私は激痛で腕を放した。

「これ以上我儘言ってると異種格闘技戦になるぞ?」

「あぁ?・・・やってやろうか?」

 私が睨むと、黒沢はやる気をなくしたように、構えた腕を下ろした

「頭に血が上ったお前なんかと今やったら、弱いものイジメになるかもな。」

 その言葉にカッとなった私はまた黒沢の腕を掴む

 掴むのが先か、黒沢の拳が届いたのか先か―――

 黒沢のパンチは正確に私の顎を45°で打ち抜いた

 視界が歪む、平衡感覚が失われて、膝が泣いた

 私は頭を机と床にぶつけて倒れた

 黒沢が踵を返して教室を出る音だけが耳に響いた。

「・・・・くそっ・・・・。」

 脳震盪を起こしてしばらく立てなかった

 意識ははっきりしているが膝が地面を意識できる様になるのは数分かかるか・・・?

 床が冷たいなぁ・・・・・・。



 どの程度机に寝そべっていただろう

 あの後、近くの椅子に座って、机に突っ伏していた

 日は落ちかけて

 教室の窓から見える空は、まだ明るいが

 東の空から紫色の闇がゆっくり西へ向かっていた

 シャッターが閉まるようにそれは空を覆うだろう

 夏の光は強く、それだけに夕日でも影も濃く伸びて地面に落ちていた。

 膝はもう動く、暗くなる前に家に帰ろう・・・。