夏休みも1週間前に控えた、蒸し暑い昼時

 私は図書室で本を読んでいた

 ここはクーラーが効いている、しかも沢山の本が私を飽きさせる事は無い

 小学生の頃から最高に落ち着く場所だ。

 今回成績がちょっと落ちたが、10番台だから何とかそれはいいとして

 テスト期間、ずっと遊んでいた蒼野さんが

 私とあまり点数が変わらないのはどういうことだろう?

 彩は・・・順位が上がったみたいだけど

 周りからは「カンニングだ」とか言われている

 今までが今までだけにそれは仕方ない気もするけど・・・・



 そんなことより気になることがある

 ここ最近噂になっている

 山吹君が彩に気があるって言う話

 噂は噂、あの時6人で遊びに行った時

 偶然デパートで二人になった所を見られたに過ぎない、

(私は偶然でも二人きりになってないのに・・・・。)

 噂でも相手は私にして欲しい。

 そういえば彩が退学にならなかった時もその噂が立った

 山吹君のクラスの女子が彩が退学になればよかったのに、と言って

 彼に同意を求めたら、睨まれて、それっきり口も聞いてくれないらしい

 又聞きだから確証は無いけど、2つの噂は殆ど間違いなく彩に気があるっていう・・・

 そもそも、あの時、6人とも互いにあまり仲良くもないのに彼が参加するだろうか?

 私と同じように山吹君も・・・・

 でもなんで彩・・・・?

 そりゃあ目立つし、顔だってかわいいと思う。

 でも性格はお世辞にもいいとは言えないし

 表情はずっと暗いし、問題は起こすし彼女にするには辛いんじゃないだろうか

 ユーモアとか相手を楽しませようって事も多分思ってない

 そんな奴を何で・・・・・・

 アイツにいじめられてる頃、心の支えだったのに・・・



 ここ数日、彩とは話をしていない

 元々話しかけて来る奴じゃないし、私からもなにも話題がない

 そして今、私はアイツと話をしたくなかった

 確かにいじめられた事は和解した、彩はいい性格っていうわけではないけど

 悪い人間でも無いのも何となくわかる

 だけど今回の事は割り切る事が出来なかった

 私の頭の左側と右側で別々な事を考えている

 理屈で言えば彩に何の非もないのは知っている、知っているけど・・・

 許せない。

 ずっと同じページで止まってる本を見つめながら

 私はどうにもならない「他人の好意」をどうにかしようと考えている。

 どうにもならないのを知っているのに、どうにかしようとしている

「なぁ・・・茜・・・。」

 いつの間にか誰かが私を呼んで、肩に手を置いていた

 結構長い間、意識は内側に入っていたらしい。

 後ろを振り向くと・・・彩がいた

(う・・・なんで今アンタの顔見なきゃいけないのよ・・・・!?)

 私はかなりわざとらしく目を逸らした、あの透き通った桃色の目は

 見ているだけで心をかき乱す

 しかしそれは彩にとって逆効果。

 肩をぐっとつかんで振り向かせようとする、何の話があるの・・・?!

 今、彩と話す事なんてない―――

「ちょっと、もう・・・・・・鬱陶しいんだけど・・・?」

 私はそういった、これでも精一杯気を配っているつもり、

 これ以上喋るともっと暗い感情が湧き出して、それが言葉になるのは明白

 今は関わらないでほしい、と願ったのが通じたのか

 幸い彩は、すぐに図書室から去っていった。

「はぁ・・・・。」

 私は抑えていたものを吐き出す。

 全く何てタイミングの悪い・・・。

(夏休みまでにこの気持ちが収まればいいけど・・・・。)

 それまでは彩とは出来るだけ話をしないようにしよう・・・

 じゃないと酷い事を言ってしまいそうで怖い。

 せっかく友達になれそうなのに何でこんな憎悪が・・・。

 私ってひどい人間なのかも知れない・・・。



 5時限の家庭科の時間、私は基本的に不器用で

 裁縫もイマイチ要領を得ず苦手だった

 だけど、先生はあまり生徒に関心がないのか

 生徒の作業中、隣の部屋にいる事も多い

 よほど煩くなければお喋りも出来る

 私は、気晴らしに昨日見たテレビの話題で隣の子と話をしていた

 その間、彩がチラチラ見ているのに気がついたが、無視していれば来ないだろう

 こうやって人と話していれば来ないだろう、と踏んでいた。

 が、彩が空気を読むと言う事に期待したのが間違いで

 フラフラと近づいてきた

(何で私に構うんだよ〜っ・・・・。)

 私の後ろで足を止める彩、私と話をしていた子は

 口を止め、私の後ろを見ている

「・・・・あ・・・・茜・・・」

 挙動不審になっている彩が私に話しかける、何で昨日まで何も話さなかったのに

 今日は何故こうもしつこいんだろう、別に大した用は無いと思うけど・・・。

 ―――このときの私は気付く余裕はなかった

 どこか虚無的な彩が、「しつこい」という執着した行動をとる自体が

 「大きな用」だと言う事に―――。

 それに気がつかない私は、このしつこさにうんざりして

 構うのをやめてほしいと言う顔を全面に出して、彩の方を見た

 私の顔を見た彩はそれを過敏に察知して

 全身を戦慄かせ、一歩体を退いた

 数瞬後、今度は一歩前に踏み出して

 細く白い腕が私の肩を強く掴む

 細い指が肩に食い込んで痛い。

「私が何を・・・・・・何をしたんだッ!?」

 彩が震える声で私に問いかける

 何もしていない・・・最近は

 でも、もう解決した筈の今までの事や山吹君の事が浮かぶ

 強く肩を掴んでいるその痛みが怒りに変化る。

「うっ・・・・くっ・・・もうッ!!」

 私は力いっぱいに彩の体を突き飛ばした

 いともあっさりと彩は後ろにバランスを崩し派手に倒れた

 やりすぎた事に気がつき、かといって謝る事もできず

 私は顔を背けた

 クラスの生徒が私と彩に集中する

 その顔は私を慰めているようであり

 彩を見下すようで、とても不快だった

 自分が悪いのに慰められて。

 彩は何もしていない、何もしていないのに見下される。

 その違和感が不快と言わずなんと言えるのか。

「まだ、渡辺さんにちょっかい出そうなんて思ってんの?あいつ。」

 前の席の人が言う、本当の事を言わない自分が卑怯者に見えて来た。

 だからと言って本当の事を言ってわざわざ嫌われるなどという事が出来るわけがなく

 ただ、押し黙っている他なかった

 私を覆う黒い感情は「嫉妬」、いつか彩が私に抱いていた感情だ

 最低人間って彩に言ったけど、それはどうやら自分もだったみたいだ、

 その上卑怯・・・本当の最低人間・・・。





 放課後、廊下で口にアザを作っている同級生の女子がどこかに電話していた

「そうそう、真っ白の女、そいつに殴られたの。」

 真っ白の女・・・彩はいつの間にか、またこういうゴタゴタを起こしていた

 どうしたって目立つのに恨みを買うなんて、あいつは何を考えてるんだろう。

 その女子は彼氏に電話してるのか「痛い目にあわせてよ〜」と訴えている

 自分でそんなことやれよ意気地なし・・・と頭をよぎったが

 自分もあの時ずっと他人頼りだったことを思い出す

 転校してきた蒼野さんに頼ったりしていた。

 そりゃあ、蒼野さんだって断るはずだ・・・

 自分って嫉妬深い上に卑怯な上に意気地なし・・・?

 そんなので他人から好意を持って欲しいなんて

 ・・・嫌だ・・・そんなのになりたくない

 なりたくない・・・!

 一つ位そんな弱さを否定しないといけない気持ちになって

 私は電話を終えた女生徒の前に立った

「す、すいません・・・誰に電話してたんですか?」

「え?、・・・・確か渡辺・・・さんだっけ?月島から目つけられてた。」

 急に話しかけられた女子は少しだけ驚いていたが

 どうやら相手は私を知っているようだ、あまりいい覚えられ方じゃないけど

「あの・・・そのケガ・・・。」

「ああ、月島に殴られたの、本当アイツ最悪だよね〜?」

 「わかるでしょ?」といいたげに同意を求め頬を押さえる。

「あの・・・・さっき電話してた人は彼氏・・・ですか?
 そういう人にお返ししてもらうのはあの・・・その・・・間違ってる・・・と思う・・・。」

 そういったつもりだったが

 「その・・・」の後からだんだん声が小さく尻すぼみして、相手には上手く聞き取れなかったようだ

「その・・・・何?、間違ってるって聞こえたんだけど?」

 明らかに口調が変わって機嫌が悪くなった

 ウチの学校ってガラの悪いのが多いなぁ・・・

 彩の周りは特にそういうのが集まってる、本人が集めてるわけじゃないし

 そもそも皆「敵」として存在しているわけだけど。

(だから田舎って嫌なんだ・・・怖いよ・・・!)

「ねぇ、まさか月島に肩持つ気?。」

 この手の連中は全部「敵味方」で人を見る、心が狭い、わたしが言えた口じゃないけど

「そ、そんなわけじゃないけど・・・でも人を頼るのは・・・。」

「じゃあなんなんだよ、退学にしなかったんだろ?、じゃあやっぱりアイツの味方?
 お前のせいで私山吹に嫌われたんだけどさぁ・・・?どうしてくれんの?」

 ああ、コイツが山吹君の前で彩の悪口言った噂の・・・

 学校一女子から好かれてる山吹君に嫌われるって言うのは確かにキツい

 でも人の前でそんな事言うから悪いんであって、私が悪いんじゃない

 ・・・とは言えず

「どうしろったって・・・その・・・」

「ムカつく!」

 女生徒はそう吐き捨てて、私の前から去っていった

「ムカついたのはこっちの方だ・・・・」

 後姿に小声で私は呟いた

 それにしても彩はこんなに敵ばっかりいて大丈夫なんだろうか

 いつか襲われたりしないか?

 もしかしたら山吹君もそういう心配をしてるから気があるのかも知れない

 純粋に心配する気持ちと、気を引いてる悲劇のヒロインぶって・・・と

 嫉妬の気持ちが入り混じった複雑な気分。

 その気分を代弁するかのように空は西が明るく東は暗い

 明暗の混ざった色を作っていた。