青々とした空に入道雲が高く膨れ上がり

 雲にはくっきりとその影を映す

 爆発の瞬間が天空で静止したような光景。

 太陽は、地上に満遍なく熱線を注ぎ

 海の青も草木の緑も、人も物も自らの色彩を露にし

 生命を主張してそれを謳歌している。

 時代劇で「白日の下に晒す」とはよく言ったもので、この光の下では

 町全体の色や形が6月とはうって変わってハッキリと見える。

 今は7月、6月に残った湿気と夏の日差しで蒸し暑い教室の授業中

 私は教科書を広げ、風景を見るように何処に意識をするでもなく本を見ていた。

 中学から教科書を見ただけで脅迫概念からか、吐き気をともなう眩暈があったが

 不思議と今は無い、内容が理解できるわけでは無いけれど

 嫌で嫌でしょうがなかった勉強も今ではどこか軽く流せそうな気がして

 ページを開いて適当に文字を眺めていた。

 自分の心境の変化が少し嬉しいというのもあるにはあるが

 期末テストが控えていると言うのが教科書を開いている最大の理由だった。

「眺めていたって点数は変わらないよな…」

 そう呟き、教師の話を聞く。

 数学の式、それの説明は難解を極め

 私には英語と大差なく、理解不能の言語に聞こえて頭が痛くなった。

 その言葉を理解して頭を悩ませる事すら今の自分では遠い。

 予想以上に高い壁を感じる、マリアはどう思って聞いているんだろうか。

「マリア…アンタテストどう。」

 今の言葉でマリアは半分寝たような顔から普段の表情に戻り

 私のほうを見る。

「数学は別に問題ない。」

 ハッキリと回答した、かなり自信があるのだろう。

 授業態度は真面目とは程遠いくせに何故か勉強できる

 ノートにも殆ど何も書かないでたまに下手なラクガキをしてる

 何でそんな態度なのに数学が理解出来るんだろうかマリアは・・・。

「理数系は昔から得意なんだ、サヤは?」

 ペンを回しながらマリアは聞いてきた、テストの事など気にも留めてないと言わんばかりだ。

「はぁ・・・・・。」

 得意なものは無いとは言えず、代わりにため息が出てきた。

 それを察したかマリアは困った顔をして

 額に手を当て、何を言わんか考えている。

「同情はいらないからな。」

 私がそう言うとマリアは一息置く。

「いや、どうせ他人の事だしそれは無いけど、聞いていいのかどうか
 ・・・成績とか。」

 マリアは言いたい事は言ってやりたい事をやる割に

 こういうプライバシーやその人の内情を聞くのはあまりしない

 自分と他人にキッチリ線を引いて行動をしている

 強固な自己を確立しているからこそ出来る

 大人・・・と言うには何か違うがかなり近い

 そんな割に学校を退学になっている

 いや、もしかしたらこの性格故にかもしれない。

 ともかく成績など人には公言したくない

 自分は下から一桁だから尚更したくない。

「成績は悪いよ・・・。」

 どっちみち、テストが終われば結果が張り出される

 曖昧に言った所で、実数が出れば意味がないのだが

 他にどういえばいいのか、私にはわからなかった。

「ふぅん・・・?、わざわざサヤが聞くって事は、ついに勉強の意欲が出たと。」

 マリアが今の会話から私の分析をする、理系が得意と言うだけあって

 点と点を結ぶのが早い。

「まずは歴史とか・・・・社会見たいな記憶力がモノを言う教科すればいいと思う。
 数学は土台がないと面倒かも。」

「その場の点数がちょっとよくなってもな・・・。」

「順位上がればやる気増えるって、やる気になったら渡辺さん辺りに教えてもらえば。」

「お前は教える気ないのかよ。」

 ん?と数瞬天を見上げ、開き直った顔でマリアは答えた。

「だって私、短気だからすぐ怒るよ。」

 あっけらかんに答えた。

 マリアのこの言葉には妙な説得力があった。

 感情的に怒ったのを見た事がない、

 ブレザーの時といい、それを見たことがないのに

 短気ですぐ怒る、と言う言葉を受け入れてしまう。

「とりあえず・・・やれば大概できると思う、勉強位。」

 勉強くらい・・・才能ある人間のよくある励ましだ。

 きっとコイツには数学がわからないと言うこと自体をわかっていない。

 1+1が235×46・・・になったみたいな暗算できない問題程度の認識なんだろうな。

 まぁ・・・数学は私には全くわからない。

 この事実は確かだから後回しにして

 言われたとおり歴史でも記憶しとこう、やる気は後で考える。

 かくして教科書とにらめっこがはじまった・・・



 ・・・・・・・・

「おい月島〜、次の授業、水泳なんだけど。」

 黒沢が肩に手をやり私を起こす

 さっきまで本を見ていたはず、授業だったはず。

 周りを見渡すと黒沢以外誰もいない

 歴史の教科書を枕にすっかり眠ってしまったみたいだ。

「にしても月島が勉強してる所なんて私始めてみたよ〜。」

「悪いかよ・・・」

 黒沢はイヤイヤ、と手を縦にして振る

「何言ってんの、いいことに決まってっだろ?
 それよりさっさとプールに。」

 既に休み時間も半分以上消費している。

 早く泳ぎたいらしい黒沢は私を急かす

 私はどうせ泳げないのであまり気乗りしないし水着も持ってきていない。

 蔭にいても、外はアスファルトや地面から反射した光すら熱を帯びて辛い。

 逆にクラスの連中は涼しげに水に浸かっているというその差。

 そう考えると教室から外に出る気がしなかった。

 机から離れない私に黒沢は折れた。

「わかった・・・じゃあ静かにしてろよ?
 最近お前、ワケはわからないけど
 他クラスからも目つけられてるからな。」

 そういって黒沢は教室を出て行った。

 元々目をつけられているんだからわざわざ忠告することもないのに。

 最近、というと退学にならなかった事がその原因か。

 他のクラスに何の因果があるかわからないけど

 あまり大した理由でもなさそうだし

 黒沢が一人で心配しているだけだと思い

 枕にしていた歴史の教科書を読む事にした。

 テスト範囲のなかで覚える事が大体300前後あるのが数えてわかった。

 さして興味のない事を覚えるのは時間がかかる

 クラスの名前すら覚えきれていないと言うのにな・・・。

 授業が始まって10分・・・15分・・・

 覚えるのに疲れて他の教科を見る。

 17分・・・19分・・・20分

 20分30秒・・・次第に掛け時計を見る頻度が多くなっていく

「だめだ・・・やっぱり面倒くさい・・・。」

 プールではクラスの連中が楽しそうにしているのが見える

 自分は肌が弱い、あの日差しの中で長時間外にいると肌を痛める。

 小学生のとき一度だけ無理して水泳をして

 次の日に肌が真っ赤になって痛い思いをやってからは

 運動は室内以外はしなくなった。

 夏は日傘を差して登校している。

 6月より7月からの夏が嫌いだった

 自分だけ太陽の下にいないような気がする。

 授業が始まって21分と45秒

 勉強も飽きてきた私は適当な暇つぶしに

 外の風景を机の上に直接描いていた。

 じーっと外を眺めると、色々目に映る

 気にも留めていない木や植物、訳のわからない銅像や石碑

 柱やパイプの構造、道路のように隅々に走る溝

 思考と感覚が次第にとけて混ざって、眠ったような意識になって

 チャイムの音も聞こえる事がなかった。



 シャープペンが走る机の上全体に影が乗る

 ふと上を見るとマリアが興味深そうにそれを見ていた

「これ、サヤが描いたの?」

「あれ・・・授業終わってたのか。」

 集中していたみたいだ、集中するのと寝ているのは何か似ている気がする、

 1と0、いや360°と0°の関係の様な。

 ともかく机に描かれた窓の外の風景(未完)がそこにあった

 マリアの視線が痛い、消しゴム―――

「絵、上手いなこれ・・・って消すのか。」

 私は体で絵を隠しながらすぐさま消した

 消しゴムのカスを掃いながら、周りを見る

 あまり人はいないようで、見ているのはマリアだけだった。

「あ〜、もったいない・・・クロや渡辺さんにも見せればいいのに。」

 マリアは残念そうに言うが、それは勘弁して欲しい。

「でもやっぱり人間何か一つは才能あるんだな、うん。」

 一人で喋って一人で納得するマリア。

 言いふらす恐れがあるから止めさせたい所だが

 何を言ってもコイツには無駄なのも同時にわかっているので

 だんまりを決め込む事にした。

「あ、顔もかわいいか、才能2つもあれば全然大丈夫だ、余裕で。」

 ・・・・・・

 誰かマリアを黙らせてくれ・・・

 私が何かを願うと、毎回悪い方に向ってしまうのだが

 願い事のすぐ後に教室に人が戻ってくる、黒沢を確認するとマリアは呼びとめ

 クラスで一番顔の広い奴に早速それを広める。

 今回も願いはより悪い方に向ってしまった。

「へぇ・・・絵が上手いんだ月島って・・・芸術とかの選択科目なんだったっけ?」

「書道。」

「もったいな・・・っ! 私も見たいんだけどなぁ〜?・・・今何でもいいから描け。」

 黒沢がそういって無理矢理ペンを手に持たせる、コイツのこの鬱陶しさは苦手というか

 悪気がない分余計に始末に困る。

 描けと言われて描きたくなるようなものじゃない

 うんざりするように呟いた

「はぁあ・・・左利きなんだけど、私は。」

 黒沢は私の右手にもたせたペンを抜き取り左手に持たせた。

 マリアはとっくに描く気のない私に勘付いて黒沢の背中を叩いた

 黒沢が振り向くと、マリアは「無理無理」とジェスチャーをして伝える。

「え〜・・・・じゃあ、描いたら消すなよ、月島。」

「・・・・。」

 これはどうとも答えにくい

 沈黙を返すと、黒沢は私の肩を握った

「消すなよ〜・・・。」

 じわじわと握る力を上げていく、鍛えてるだけあって相当な力で締め付ける

 全く何て暴力的な・・・人の事は言えないが。

「わかったっての・・・・。」

 手を払いのけながら私が言うと満足したのか、

 黒沢は子金井(チビ)と田岡(でかいの)の方に向っていった

 余談だがあの二人は謹慎が明けてから、わざわざ私に謝りに来た

 視線は全く合わせていなかったから恐らく強制だろう。

 何処で何があったかはわからないが、それを知ろうとは思わないし

 知った所でどうともならない、どうでもいい事だ。



 それより、マリアただ一人に言われただけだが絵は上手いかどうかと言うのは少し気になる

 まんざら才能があるといわれて嬉しくなかった訳じゃない

 ただそれを言ったやつがマリアで、マリアの絵心といえば、

 ノートにたまに描いてるアレだ、まるで当てにならない。

 沢山の人に評価されればわかるかもしれないが、そんな事はしたくない。

 また小学生の頃を思い出して、それとダブらせる。

 無理して絵を白日に晒したとしても

 肌と同じように痛みをともなって返って来るんじゃないのか

 人の目は太陽よりある意味強烈で満遍がない

 あの時の肌の痛みときたら鎮痛剤を打ってずっとベッドで寝る以外なかった

 またあえてああいう事をやろうなんて、狂気の沙汰、気違いという奴だ

 私は思い耽ってカーテンを開けてまた外を眺める

 この暑さ、プールで泳げたら気持ちがいいんだろうけどな・・・・・。

「サヤ、サヤ、ノートにラクガキとかない?」

 べっとり張り付く猛暑のような鬱陶しさでマリアがまだ喋っている。

「いつからそういうの描いてたの。」

「人間とかも描けるのか。」

 マリアの質問は蝉の声のように質問が鳴り止む事はなかった