けだるい暑さ、教室の真ん中と言うのは風の恩恵も少なく

 大勢の人の放射した熱が何処にも行かず自分たちに戻ってきて

 余計に体温を上げるような、そんな悪循環を繰り返しているようだった。

 暑さでペンを持つ手が止まる

 汗で腕が教科書やノートにくっついている

 それを取り払い、再度勉強の方へ集中する。

 明日からテスト、しない人はしないが

 現在2位という順位を保つには、勉強をしないわけにはいかないもの。

 さすがに先生から規範、模範としろと言われるような

 そんな高尚な事や目標は考えていない。

 基本的に現状維持と、山吹君に名前を覚えてもらえばそれでいいなとか考えている。

 それより驚いた事がある。

 いくらテストの前とはいえ

 彩が教科書を開いている姿をはじめて見た

 担任の先生も喜んでいたが、相変わらず褒められていてもその無反応ぶりを発揮して

 人を寄せ付ける様子を作らなかった。

 それでもあの時から精神的に結構変わったと思える

 まだ何となく壁を感じるときはあるけど、以外と友達にはなれそう

 蒼野さんじゃないけど、リアクションが楽しい。

 本当あの時の自分っていいことしたなぁ・・・と自画自賛する

 ・・・・してる場合じゃない。

 過去回想に耽ってないでさっさと勉強しよう。



「茜・・・ノート貸してくれないか・・・?」

 休み時間、背後からボソッと後ろで呟く声

 夏の暑さに完全にダウンしてそうな、彩がそこにいた。

 もう少し存在感を出してもらわないと、急に現れたり話し掛けたりするから不気味な印象が拭えない。

「ノート、何の?」

 ともあれ、せっかく脱不良(元々違うのかも)したのだから、手伝ってあげよう。

「現国・・・。」

 一応申し訳なさそうに聞いてくる彩

 国語なら今使う必要ないし別に構わない、ノートを取り出し渡す。

「はい、後で返してよね。」

「ゴメン、少し借りる。」

 本当に前に比べて格段に素直だ・・・

 自分の席に戻る彩と入れ替わるように

 友達の千代子(チョコ)が私の前の席に座る。

「茜・・・マジ?ホントに仲良くなってるの?」

 心底困惑した様子でチョコが聞く

 彩に対しての嫌悪感はあまり拭えていない

 いまだクラスの殆どがそうなので不思議はない。

「ねぇなんで?おかしくない?、だってアイツ今までさ・・・。」

「過去は過去、私は未来思考だから。」

 私が遠い目をしてそれを言うと、チョコはあきれ返った顔になった

「あー・・・はいはい。」

「何その返事は〜?」

 チョコは小さく笑って彩の方を見る。

「大体月島さんが反省すると思えないんだけど。」

「してなかったら今頃退学だよ・・・。」

「あれだけやってなんで茜も許すかなぁ・・・お人よしめ〜。」

 私の頬に指を突き立て、ぐりぐりと捻じ込む。

 その指を戻し、今度は心配するような目になった

「演技だって、その反省ってのも絶対
 貸したノートが戻ってこないかもよ・・・。」

 あの涙が演技だったらむしろその才能を褒め称えたい位だ。

 間違ってもそれは無いと断言できる。

 そこまで器用な事ができるなら、とっくに人望を集めている

 まぁ、チョコにしてみればまさか反省した場所が私の家で

 1泊したという事は知らないわけで、「反省」と言う言葉から想像できるのは

 先生や親の前で嫌々謝った、という感じだろう。

 だからといって自分はわざわざ事の顛末を話す気はまるでなくて

「・・・そのうちわかるよ、多分。」

 と、その場を取り繕ったテキトーな返事に留めておいた。



 帰宅時間、7月のこの時間はまだ日は黄色に燃えて

 暑さは衰える気配はなかった。

「あっつい・・・・。」

 思わず言葉を漏らすほど暑い、アスファルトの照り返しの両面焼き。

 蜃気楼と車のあげる砂埃も嫌になるくらい暑さを演出してくれる

「ゴホッゲホッ・・・・。」

 誰かが砂埃で咳をあげる

 その咳は砂埃が完全に消え去った後もずっと続いた

 少し心配になって振り向いてみる

「おいサヤ大丈夫?」

 咳をしている彩とその隣に蒼野さんがいた。

 二人とも帰る方向は違うはずなのに

 何故か私の後ろにいた。

「二人ともどうしたんですか?」

「ごほっ・・・・こ・・・ごほっ・・・これ・・・ゲホッ。」

 彩が咽ながら私の国語のノートを差し出す

 腕が咳にあわせ上下に動いて、非常にとりにくい

 貸していた事を完全に忘れていた。

「あ、どうも・・・大丈夫?」

 ノートを渡した後も咳が止まらない。

 日傘といい本当に体が弱いようだ

 彩の何が怖かったのか、今はそれすらわからない。

「全然大丈夫。」

 彩の代わりに蒼野さんが気楽に答える

「お前が・・・ごほっ・・・言う・・なバカ・・・。」

 しばらく様子を見守っていたが、そのまま何とか咳が収まった様で

 彩は深呼吸をして屈んだ姿勢で荒く息をしている。

「・・・で、蒼野さんまで何の用ですか?」

「明日テストで早く帰れるよね。」

 試験の日と言うのは何故か知らないけど、1日3科目だけやって

 そのままお昼には帰れる、しかし明日は試験一日目であって

 私は一応成績2位と言う地位がある

 まさか「遊びに行こう」とか誘うなんて事は・・・

「どっかに遊びに行かないか。」

 本当に言ってしまった

「でもその次の日も試験なんだけど・・・?」

 私が覆し様のない筈の正論を言うと、蒼野さんは眉を僅かに寄せた

「真面目だね、でも帰ってずっと勉強なんてしないだろ。」

「はぁ・・・でも誰と?何処に?」

 蒼野さんとさほど仲が良い訳でもない、上手く断ろうと私は考えた。

「私と・・・サヤは強制で、後黒沢と緑川に・・・」

 彩は諦めた顔でそれを聞いている、きっと黒沢さんと蒼野さんの二人にしつこく言われたのだろう

 私は喋る相手がせいぜい緑川君しかいない、その空気に混ざるには重過ぎる

 断ろう、そう思った時――

「あと山吹って言うイケメンを黒沢が連れてく・・・・。」

「私も行きます、何時に何処に集まるんですか?」

 自分でもどうかと思うくらい見事な即答だった

「さすがにもう少し考えるフリしなよ渡辺さん・・・。」

 蒼野さんも想定外だった様子で苦笑いをしている。

 本当に想定外だったのは自分のほうだ。

 まさか山吹君が・・・どれだけ顔広いんだ、黒沢さんは。

 明日は服どうしよう・・・あんまり派手だと引くだろうな

 かといって地味すぎるのも・・・悩む

 趣味とかなんなのだろう、聞ける自信ないな・・・。

 ああ・・・急に不安になってきた

 って言うかテストがどうでもよくなってきた・・・。

 そんなまごまごした態度を見かねて蒼野さんが話しかける

「渡辺さん・・・・明日は一応試験なんだからね?」

 わかってるなら言わなければ・・・

 もう頭の中の明日の日程には遊ぶ事が大きく最重要項目に記されて

 テストは隅っこに小さいフォントでささやかながら米印がついているだけの存在になった

 今のうちに色々聞いておかないと

「明日は・・・その、何処に行くの?」

「気分次第で変わると思う。」

「時間は?」

「1時に駅前で集まる予定。」

「服はどうしよう・・・!?」

「いやだから明日はテストだって渡辺さん・・・完全に忘れてないか。」

 試験なんてこれからまだまだある、受験じゃあるまいし

 この時期の一回位どうと言う事ない

 私はすっかり開き直っていた

「彩はどうするの服とか・・・。」

 話題に乗る気のない彩にも聞く

 まさか話を振られるとは思っていなかったようで

 躊躇いがちに口を開く

「え・・・ああ・・・別に・・・。」

「もう・・・!当てにならないなぁ・・・。」

 自分でも気が急いてるとわかる、ちょっとした事で感情的に答えてしまう

 冷静になろうと心がける。

「何かテストがどうでもよくなってきたよ私・・・どうしよう。」

「さっきからどうしようって言ってるけど、普通が一番だよ。」

 蒼野さんがフォローにならないフォローを入れる

「その普通がわからないから困ってるの!」

 また感情的になってしまった。

「渡辺さんってこんなキャラだったっけ・・・、
 じゃあ言い方変える、自然に。」

 抽象的で精神的な問題じゃなくてもっと具体的に言って欲しい

 次第にイライラが募っていく

「それもわかんないってば・・・自然ってわかる方が不自然じゃない!」

 その言葉に蒼野さんと彩は目を見開く

「今のセリフ、吉田拓郎みたいでカッコイイな。」

 褒めているのは嬉しいが、この調子では自分の聞きたい事は言ってくれそうにもない

 彩は論外として蒼野さんは知っていても言わなさそうだ。

 こうなったら黒沢さんに聞くしかない・・・

 黒沢さんなら山吹君の事を知っているはず

 目の前の二人が役に立たない以上、仲が良い悪いは無視して

 携帯電話で話を聞きだそう

 私は早速電話を取り出した。

「そんな慌てて何処にかけるの?」

 着信履歴を見ている私に蒼野さんが声をかける

「黒沢さんに電話するの。」

「部活中だよ、アイツ。」

 試験前にも部活をやってるのは以外と言うか大丈夫なんだろうか

 この焦燥感を一刻も早く拭いたいのに・・・

「もう・・・いい加減正直に山吹について聞けばいいのに。」

 蒼野さんがオブラート無しで核心を突いた

「う・・・な、何か知ってるんですか?、教えてくれると嬉しいんだけど。」

 さすがにどう見てもバレバレだったらしい

 ともあれ、有力な情報は聞きたい

 恥を忍んで聞いてみたが

「いや全然、クロと同じく空手やってることしか知らない」

「それって私より知らないんじゃ・・・。」

 この人本当に人をおちょくるのが好きと言うか何と言うか・・・

 性格が合わない・・・知らないなら思わせぶりな事は言って欲しくない。

「なぁ・・・私帰るぞ?」

 下らない会話だと言わんばかりに疲れた様子で彩が帰っていく

 彩は明日の事は試験の方が気になるらしい、普通は当たり前だけど。

 蒼野さんもそんな彩を見て帰ろうとする

「じゃあ、明日試験だし、一夜漬けするためにさっさと帰るよ。」

「完璧超人とか言う割には、そんな事するんですか・・・。」

 ニィ、とマリアの名前とは逆の悪魔の様な笑みを浮かべて

 蒼野さんは背を向けて、上げた手を振って自分の家の方に帰って行った

 きっとああ言って置きながら隠れてかなり勉強してるんだろうな・・・あの人は。

 私も帰路につく、それから次の日までテストのテの字も出てこなかったのは言うまでもない