妙に静かな5,6時間の授業

 私は怒りを内に溜め込んでいた

 黒沢にいつ声をかけるか

 HRの後、部活に行く前がいい

 人は少ない方がいい

「蒼野さん・・・あの・・・」

 前の席の子がプリントを渡そうとしていた

 表情に出ていたのか、オドオドしている

「ああ。」

 ボーっとしてすまない、とでも言えばよかったかもしれない

 しかし、声を出すと感情が態度まで出てきそうで

 それしか言えなかった

 HRでは担任が渡辺さんと月島の事で話す

 要約すれば、自分が取り持つから深入りするな

 担任なりに出来る事はする、と言うことである

 だけど担任は黒沢の事は知らない

 このまま、アイツは何事もなかったように学校に来る

 月島も多分口を開く事は無いだろうし

 言った所で信じてもらえるかは甚だ疑問。

(私がどうにかするしかない・・・・・)

 HRが終わるまで、黒沢から目を離さなかった



「武道館行こ・・・今日はなんかやる気でね〜〜。」

 黒沢は空手着の入ったバッグを持って教室を出ようとした

「待って。」

 黒沢の肩を掴んで睨みつける

「ああ?」

 黒沢はその雰囲気を察したのか、睨み返す

 相手は私の身長(168p)より数cm低い、165pあたり

 視線は殆ど平行

「蒼野さん、そんなに睨んで・・・何の用?」

「私のブレザー切り刻んだの、あなたでしょ。」

 黒沢は一笑に付した

「・・・・そうだったら・・・・どうすんの。」

「誰もいない場所か今すぐ先生の所に言って謝罪するか、選択権あげる。」

 黒沢は困ったように笑う

「あのさぁ・・・、これ、見えない?、黒帯。」

「私も持ってる。」

 やれやれ、と肩を窄めてため息をつく

「いいの?、悪いけど遠慮しないよ、病院行くかも。」

 そうは言っているが、かなりやる気のある顔をしている。

「そっちこそ・・・さっさとギブアップしないと腕を折るから。」

「なんかアメリカ映画の最後の殴り合いの前の問答みたい。」

 あくまで余裕綽々(しゃくしゃく)という表情

「着いてきて・・・・。」

 顎をしゃくって言う。

「本当にやるの?」

 さらに私に聞いてくる。

「くどい。」

 それ以上、黒沢は喋らなかった



 人のいない場所は案の定と言うか、なんと言うか女子トイレ

「他にないのか・・・。」

 さすがにいかにも過ぎて嫌だ。

「お前が持ちかけたんだろ〜?」

「そうだね、しょうがないか。」

「蒼野・・・もっと女の子らしいやりかたってない?」

 女の子らしい・・・・

 話し合い、罵倒・・・・・とか?

 殴り合いの方がいい

「悪いけどお前の思う女の子みたいな解決法は私は嫌いだ
 面倒だから。」

「わかった、怪我しても、先生にチクるのなしね?」

「お互い様。」



 黒沢は距離をおいて構えをとる

 急に走りこんで殴ってきた月島とは違って

 武道経験者の慎重さと技量がすぐわかった

 私は他流試合はした事がない

 とりあえず、ボクシングで言うジャブに当たる技がローキックである

 と言うのは知っていたから腕は頭をガードしていたが

 意識は下段に集中していた

 黒沢はおもむろにステップで前に出る、

 予想通りのローキック

 バチィッ!と肉のぶつかる音がした

 黒沢はガードされた事に驚いた顔を見せた

(いたっ!?、こ、こんなに痛いの!?)

 続けて一発左ローキック、左上段パンチ、右上段パンチ―――と

 矢つぎ早に攻撃を仕掛けてくる

(速っ、痛っ、やばい・・・っ)

 飛燕の連打に私はじりじりと後退し

 壁際に追い詰められた

 そんなところに大振りのパンチを放つ黒沢

(今だ!)

 その拳を掴んで投げようとする・・・・がそれはフェイント

 腕を掴もうとしたせいで無防備になった所に、ミドルキックを入れられる

「あうぅっ。」

 手加減の手の字も知らない黒沢は更に連撃を加える

(何こいつ・・・・っ。)

 黒沢の目は試合と同じく真剣そのもの

 本当に怪我するまで終わる気がない

 そして終始防御していた私は

 痛みと疲労で左腕が下がり、辛うじて守っていた頭が無防備になった

 全国大会レベルの黒沢がそれを見逃すわけは無く

 間髪いれず右ハイキック――――。

 蹴りは空を切った、ガードを下げたのはブラフ

 私はようやく黒沢の腕を掴んだ

 腕を上から前、下へと振る、黒沢の体制が崩れて、頭が下がる

 その頭をもう片方の腕で支えるように抑え、

 更に腕を下、後ろ上と1回転させる、

 黒沢は前方に一回転し、床に倒れた。

「いっっ・・・・たぁ・・・・・・・。」

「腕を極めている、勝負ありね・・・?」

「なにその技・・・?。」

 負けを認めたくないのか、油断を誘いたいのか黒沢は技の名称を聞いた

「回転投げ。」

「・・・・もう少しカッコイイ名前の技で倒して欲しいんだけど・・・。」

「・・・。」

 戦意はないと判断して腕を放す、

 黒沢は腰を打ったのか立たずに座ったままだ

「イタタ・・・・
 それにしてもここ汚ね〜・・・場所変えとけばよかった・・・。」

 頬を服で拭いていた、そりゃトイレだし・・・

 と同情する相手じゃない

 痛いのは我慢してもらって質問する

「なんでサヤに暴力なんてふるったんだ・・・。」

 黒沢はひどく驚いた表情で私を見る

「な、何の事を言ってるんだ、今みたいに投げたのはお前だろ!?」

 言い訳されると腹が立つ、大体いつの話だ。

「ふざけないで、今日学校出るときサヤの体中がアザだらけだったんだ。
 打撲で出来るようなアザよ、今更とぼけても・・・!」

 黒沢を脅す、これ以上言い訳したら本気で腕を折ろうと思った

「私はアイツを引き戻そうと学校中を探してたんだよ
 だから会ってもいねーよ!、何だよその全身のアザって!?」

 言い訳どころか知らないと来た・・・

「だから・・・私の制服の事もサヤに全部押し付けて学校から追い出そうとしてたんだろッ。」

「追い出そうとしてたのはお前だろ・・・!、転校生がなにを言ってるんだ・・・!?
 だから言っただろ、席を移動しろって!」

 沸騰していた私の頭が急速に冷える

「待て・・・ちょっと待って・・・
 つまり・・・私のブレザー切ったのは、警告って事?」

「直接殴ったら試合出れなくなる、他の方法を二人が提案した。」

「何でそんなこと・・・。」

「月島はどう思ってるか知らないけど、私は友達だと思ってる・・・
 いなくなられても困るんだよ。」

 哀しそうにつぶやく黒沢

「知ってるだろうけど、月島はケンカとか超弱いんだよ・・・
 私が手を出さなきゃ誰も出さない、アイツは文句言わなきゃ
 渡辺以外には手を出さない
 渡辺の味方につくと月島は多分学校出て行くだろうし
 色々、こっちはこっちで悩んでんだよ
 なのにお前は空気読まないで初日からあれだ・・・。」

 ・・・・・・・・月島と渡辺を天秤にかけてたのか、大変だな・・・リーダーって。

「・・・・・って事は・・・冬に問題起こしたって聞くけど。」

「・・・蔭で月島の持ち物壊しててさ、
 自転車とかパンクさせてた所見て、つい。」

 まさか、私こんな痛い目見ないで良かったんじゃ・・・

 勝ったけど、顔とか腕が腫れてきてるし・・・。

「お前こそなんなんだよ?」

 黒沢が聞く

「純粋に興味本位・・・。」

 私は目をそらした・・・どう見てもこっちが悪人じゃないか・・・

「ああ・・・・もうなんだよお前・・・やる気無くす。」

「すまない・・・。」

「で?月島を今日やった奴誰だ?」

「・・・「黒沢め」って言ってたんだけど、やっぱりお前じゃ。」

 これこそ動かぬ証拠じゃないのか

 今までのは言い訳、外面のいい人間は信用できない

 私がそういう顔で言うと

 黒沢はあきれ返った顔になった

「・・・月島は、子金井(チビ)と田岡(でかいの)の名前覚えてないんだ・・・
 心当たりがある、一緒に来る?、多分あいつ等も部活してるはず」

「来る、だけど普通に聞いても白を切るだろうね。」

 私はまだ黒沢の疑いも消していない。

「じゃあなんて聞けばいいんだよ。」

「・・・私達のしていた誤解をそのまま利用する。」



 体育館で、子金井と田岡とかいう

 真犯人候補を黒沢は呼び出した。

 子金井は身長150もない小柄な生徒で

 田岡の方は縦も横もそれなりに大きい

 デブ、って程でもなく、小太りな体格で

 身長165位、体重は・・・60台後半とみた

 月島から見れば十分「デカイの」に見える

「どうしたんですか黒沢サン、部活はしないんですか?」

 小さいのが尋ねる

「いや・・・なんかさー今日はやる気だないんだよねー。」

「珍しい〜、何かあったんですか?」

 でかい方も尋ねる

「いや、だってさ、月島の奴結局なんの痛い目も見ないで
 学校から消えたじゃない?、あれだけ好き放題してた癖にさ。」

 右拳で左の掌にパンチをしながら聞く黒沢

 いかにも「殴り足りない。」という印象を与える

 ちなみに私は蔭で様子を見ている。

(あいつ・・・演技上手い・・・)

 そんな欲求不満に見える黒沢に

「あ、それなら問題ないよ。」

 小さいのが嬉しそうに答える

「問題ないというと?」

「もうお礼参りは済みましたから―――。」

 黒沢はそっぽを向いて「ふーん」といいながら隠れている私にサインを送る

「つーことは・・・・やっぱりお前たちがやったんだな・・・」

 黒沢の声の異変に二人はポカンと口を開ける

「黒沢、3分位したら私を止めてくれると嬉しい。」

「「ゲッ!?あ、蒼野っ!?」」

 そして私が出てきたことで二人は呼び出された理由を悟った―――――。



「ああ・・・なんか足りない、やっぱり指の1本くらい持っていくべきだったかも・・・。」

 10分後、私と黒沢は一緒に帰宅していた。

「お前・・本当に折る気だっただろ・・・もう少し考えろよ
 怪我させるとさすがに先生呼ばれるだろ・・・。」

 結局、私は本当に3分後、黒沢に止められていた。

 その黒沢は呆れた顔をしている。

「もう少しクールだと思ったら・・・。」

「今は冷静。」

「・・・そりゃそーだ。」

 雨の中を歩く、お互い傘を忘れているので、開き直って濡れながら歩いていた

「お前に殴られた顔とか腹とか腕とか足とかが痛い。」

 本当に痛いので愚痴を言ってみる

「ホントだ、腫れてきてるよ、
 あーあ、美形が台無しだ、ざまーみろ〜。」

 にやけながら黒沢がいう

「疑問があるんだけど。
 なんで月島に肩入れする?。」

 クラスであれだけ見事に嫌われていた月島に

 私は転校生って立場だからともかく

 黒沢がそれを庇うような事は無いはずだと考えた。

 黒沢は少し言葉を考えて、答えた

「私さぁ・・・子供の頃から男の子の見てる仮面ライダーとかウルトラマンの方が好きでさぁ。」

 話は関係ない方向へシフトした

「やってみたかったんだよ、それが。」

 それ、とは「ヒーロー」の事か・・・なんか微笑ましいというかアホだ

「それだと渡辺だろ・・・守るのは。」

 すかさず私は突っ込みをいれた

「それはつい最近の事だろ・・・って転校生に言ってもしょうがないか。」

 随分厄介なヒロインを守ろうとしたんだな・・・

 まず助けても好かれるなんて事は皆無の上に

 問題は毎日運んでくるだろうし・・・

 オマケに周りにばれると総スカンを食らうリスク付き

 損得で考えるなら問題なくダメな相手だ

 それはそれで楽しそうではあるけど

 私は苦笑した。

「それにしても私達、少年漫画のワンシーンみたいじゃない?。」

 大雨の中、傘もささずに楽しそうに歩いて変える姿は確かにそれっぽい

「・・・少女マンガ・・・じゃないね。」

「ないない、お前料理食べて美味しかったらなんて言う?

 「わぁ、これ美味しいですね〜☆」って言う?」

 それはキモイ・・・・・、そういう人いるけど。

 それより下手に演技が上手いだけに黒沢の普段とのギャップが酷い

「言えない。」

「だろ?」

 妙に黒沢とは話が合う、さっきまで不倶戴天の仲だったのに。

「黒沢・・・それで渡辺の事どうする・・・サヤも。」

「渡辺なら電話番号知ってる、明日連絡つけて見る?」

 放って置けば退学になってしまう、話くらいしておきたい

「出来ればサヤと話をしたかったけど。」

「あいつは自宅の電話取らない、私も謝りたいことがあるけど。」

 黒沢・・・・意外といい奴・・・。 

 逆に感謝されてもいい筈なのに

 ・・・といっても私の制服の件もある

 全て良しとはいかないんだろう

「私も誤る事がある、そうだね・・・20:80かな。」

「何の比率?、蒼野。」

「私が20、黒沢が80悪いと言う事で、
 私が45度頭下げて謝るから、黒沢は180度・・・土下座な。」

「逆だろ!?お前が土下座で私が45度!」

 黒沢がそれに返す

 ブレザーの件は忘れたかコイツ。

「・・・とにかく、月島には何とか連絡取れるようにする。」

 黒沢は急に真面目に話しだした

「頼むクロ、私はそういうのはあまり力になれそうもない。」

「クロ?」

「黒沢って言うの面倒だから、クロ。」

「犬か私は・・・。」

 黒沢改めクロはそういうと私と別な道に曲がる 「私の家こっちなんだ、それじゃ、また再戦しような。」  それは勘弁して欲しい・・・正直騙しあいならとかく

 技術面と体力だと勝ち目がない

 それより、羨ましい位の笑顔、私も真似してみる。

「それは困る、じゃあ明日よろしくね。」

 首をかしげて笑顔を作った・・・つもりだったが

 クロの笑顔は引きつって動かなくなった