――中学2年の頃、ガラスに映る自分の顔に違和感があった

 それは漢字でも何でもいい、例えば「手」と言う字を何度も繰り返し見ているうちに

 それが「て」と読む事、そして自分の手を意味するのに違和感を覚えるのに似ている

 それが自分の顔に起こっていた、この姿が自分を意味するのかどうか

 自分でもわからなくなっていた

 ――10年以上前  幼稚園の頃、先生と園内の庭をみんなで走った時

 自分は一番先頭を走ってた、ダントツで

 でも小学生になって4人1組の徒競走で走った時

 クラスで下から3番手か4番手だった。

 小学生になってみんなの後ろを走っている時

 みんな先生のいう事を聞いて、

 お行儀よくしていただけだって気がついた辺りから

 私は友達から距離を置く様になっていた

「アンタは体が弱いんだから、勉強で勝負しなさい。」

 母親に私はそう言われた

 私はその通りにしようと思った

 それ以外に何かあるわけでもないから

 最初の頃は優秀だった

 それが自分の拠り所になって来て

 時がたつうちにその言葉は

「勉強が出来なきゃダメ。」

 だと自分自身でそう思うようになっていた。

 中学に入ると、今まで勉強しなかった子も勉強をし始める。

 すると勉強でも徒競走と同じ事が起こり始める

 高校に入る頃にはそれは顕著に現れた。

 先生の質問に「わかりません。」と答える自分が悔しくてしょうがなくて

 一生懸命になろうとすればするほど、勉強には集中できなくなっていた

「それじゃあ渡辺、月島の代わりにこの問題を解いてくれ。」

 その日はじめて人に暴力を振るった――



 昼休みが終わる頃、学校に着いた

「サヤ・・・どうしたの?」

 マリアの声が遠い―――。

「・・・・・渡辺。」

 自分の声が何光年も離れた場所から届く。

 椅子に座っている渡辺茜を押し倒す。

 机と渡辺は座っていたそのままの形で床に倒れた  渡辺は相変わらず動かない

 私は仰向けに倒れた茜に馬乗りになった

 その顔は恐怖で満ちていた。

 私は腕を振り上げる

 振り上げた拳が、行き場を失う

 どこかに殴りたくない気持ちがあったか?

 固めた拳はゆっくり開かれ、渡辺茜の首に降りる

「ひぃっ!?」

 渡辺の全身が緊張する

 もう片方の腕も首に動く

 渡辺は私の腕を振りほどこうとしている

(何をしてるんだ私は・・・・・・?)

 首を流れる血液の感触、温かい・・・・

 次第に両手で作る輪が細くなっていく。

 殺意ではなく何かに期待するように、祈りをあげるように

 首を絞める、更に強く。

「うわあぁああぁぁッ!!」

 茜は何かを吹っ切ったように叫び

 勢いよく私を突き飛ばした

 そのままの勢いで床に倒れる。

 そして恐怖に駆られた渡辺茜は私に馬乗りになり

 私の首を絞めた、気管を潰す位の勢いで。

 目は正気を失っている。

 呼吸も荒い。

 きっと自分も同じ目をしていたんだろう

 口から気持ちが漏れるように喋る。

「こ・・・・殺してやる・・・・・・。」

(・・・・・殺してくれ・・・・・・)

 更に腕に力が入る、視界が次第に暗くなってきた

 私は全身の力を抜いてなすがままに任せた

 意識だけが働いている。



 真っ暗・・・・・・。

 このまま死んだらどうなるんだろう・・・

 別にどうにもならないか、毎日何人も死んでるんだしな。

 渡辺は正当ボーエイがなんたらで罪にはならないだろうな

 親は・・・殺人未遂の子供がいるとかで問題になるんだろう

 私、地獄に落ちなきゃいいんだけど

 しかし結構死ぬっていうのは実感が沸かない

 自分の顔が他の誰かに見えた時から、こうなるかもしれないと思っていたけど

 うん、案外大した事ない、むしろ心地よい感じすら・・・・・。

 ・・・・・・・・

 あれ・・・?、なんだか周りが明るいな・・・・・?)



「ん・・・・・?」

 ―――目が覚めた、自分は死んだの?

 周りを見てもイマイチぼやけてわからない

 人が沢山いるような気がする

 ―――音が聞こえる、よく聞いていると

 音が形を成して声に聞こえる様になる。

「おいっ!、起きろバカッ!!」

 ・・・・このでかい声は黒沢の声だ・・・

 私、死んでないじゃん。

「・・・・・・・な、なんで・・・?。」

 マリアは渡辺を抑えて何か喋っている、落ち着かせているのだろう

 私が起きたのに気づく。

「・・・・・何してるんだよ・・・サヤ・・・。」

 何と言われても・・・・・。

 何をしてたんだっけ・・・。

 頭がクラクラする

 少し休んで考えようとした私に

 平手打ちが往復で飛んできた。

 平手打ちと言うにはあまりに重い痛打、張り手かもしれない

「起きたか?、起きな。」

 マリア・・・・?、余計に頭が揺れて来たじゃないか・・・・。

 大体、私は何を―――

 考えるのを遮るように更に痛みが襲う

 今度は黒沢が頬を力いっぱいつねっている

「起きろよ!、あぁ?」

 眠った意識が次第に目覚める

 そしてそれは全て痛覚へ流れていった

「痛い・・・なにをする・・・・・。」

 その声を聞いてようやく手を頬から離す。  真っ赤になって腫れた頬を手で押さえながら、再度周りの様子を見る

 黒沢とマリアが近くにいる

 渡辺は・・・・なんか隅で泣いてる。

 周りの人は・・・怒っているというより、引いてる。

   時計の針は大して進んでなかった

 昼休みの終わりを告げるチャイムの音は聞いてない

 自分は黒沢に寄りかかるようにして床に座っている

 黒沢を腕で押しのけて立ち上がる

「もういい・・・自分で立てる。」

「どこに行く気?」

 マリアが心配そうに聞く

「どこでも良いだろ・・・・・?」

 そのまま歩いて教室を出る

 不思議と誰も止めない

 教室のドアまで人による道が出来ていた

 完全に避けられたみたいだ

 とっくにわかっているけど。

 何の為に学校に戻ってきたのか・・・。

 どこでも良いから離れよう。

 担任が騒ぎを聞いてすぐにでも来るだろう

 私は足早に校舎を後にした

 校門から出るわけにはいかないので

 校舎裏に回る

 その時

「おい、ちょっと待て。」

 校舎裏から声がする。

「あ?」

 確か黒沢の金魚の糞のチビとデカイの・・・・・。

 手にモップの柄に使っていた木の棒を持っている

 それで自分を叩く気なのか

 2対1で武器は無いよな普通・・・。

「今までのお礼がいいたいんだけど〜。」

 「チビ」がそう言う

 なるほど、確かに渡辺の次位に多く殴ったりしたのあいつ等だったな

 いちいち挑発的だからついつい手が出てしまうけど

 反撃しようとするといつも黒沢に止められる

 思えばかわいそうな役回りだ。

 かわいそう?、なんか私に似つかわしくない感情だな・・・。



 ともあれ、二人は近づいてくる。

 周りに人はいないから、ようやく今までの分を晴らそうと言うのだろう

 しかし、3m手前から距離を保ったまま近づいてこない

「なぁ、さっき本当に渡辺を・・・。」

 ・・・・事の顛末を見て少なからず恐怖心があるようだ。

 その気になったら人を殺しかねない奴だと思われてる。

 お礼参りはしたいが怖い、昨日までの渡辺茜と一緒だ

 どうせ、もう学校にくる事は無い、二人のの好きにさせてやろうと思った

 3mの距離をこちらから詰め、

 同時に平手打ち。

「今までのお礼って・・・・・お小遣いでもくれんの?」

 そういって挑発し踵を返す私の肩を「デカイの」はおもむろに掴み

 棒を横薙ぎに払う

(殴られてやってもいいか・・・。)

 すっかり自虐的になっている私の肩に衝撃が走る

 バランスを崩してしりもちをついた。

 痛い、想像していたよりはるかに痛い

 肉が弾け飛ぶような感覚

(せめて、武器は捨てろって言うべきだったかな・・・)

 もう少し手心があるかと思っていたのが甘かった。

「なんだよ・・・見た目どおり本当に弱いじゃん・・・。」

「なんで黒沢サンは手を出さないんだよ、こんな奴に。」

 二人は調子に乗って何度も叩く

 木の棒と肉や骨がかち合う音が校舎裏に響く

(痛っ・・骨が折れる・・・っ。)

 痛みの上に痛みが重ねられていく

 それに耐え切れなくなって地面に倒れた

 それでも背中や足に棒を振り下ろしてくる。

(痛っ、ぐっ・・・・・思い切りやりやがって・・・)

 ようやく止んだ、全身がヒリヒリする。 「死んでないよな?」

 「デカイの」がそういう

「顔にはやってないし、大丈夫でしょ。」

 「チビ」が返す

 これで終わると思いきや

 地面にうつぶせになって倒れてる私の髪のおさげを握って引き上げる

「アンタさぁ・・・結構顔キレイだよね・・・。」

 嫌な予感がする、髪を引っ張って、ズルズルと移動する

  「側溝・・・・・?」

「ドブの中で反省するといいわ。」

 デカイのが髪を引っ張りながらそう言う

「クソッ、テメェら性根が悪っ・・・ゴボッ。」

「オエ〜ッ、喋ってると飲むよ・・・!」

 楽しそうに言った後、髪を引っ張り顔を引き上げる

「ガハッ、げふっ・・・・うぇ・・・。」

 力が出ない・・・・・

「はぁ・・・なんか気が済んだわ〜、雨も降ってきたし」

 チビはさぞ満足そうに言った、

 さっきまで晴れだったのに

 いつの間にか雨が降ってきていたらしい

「じゃあ、もう渡辺に悪さすんなよ、月島ちゃん。」

 そう吐き捨てて、二人は校舎裏から消えた

 私はしばらく放心状態で地面に横たわっていた

 雨は次第に強くなって、顔についた泥は洗い流されていた

「さっさと学校出ればよかったかな・・・
 今までの侘びのつもりだったのに
 これだけ痛いと立つ気もしね〜・・・。」

 ・・・・・・・・。

 冬の朝に布団から出る時に似た倦怠感を我慢して

 フラフラと立ち上がる。

 少し歩いただけで足から全身に痛みが波打つ

 家に帰るのすら苦行と思えた。

「くそ・・・黒沢め・・・・。」

 あの腰巾着の教育がなってない、

 名前も覚えてないから、愚痴は黒沢に言う

 いつの間にか雨は本格的に降ってきていた

「梅雨だもんな・・・雨くらい降る・・・。」

 まったく、どこからこんなに雨は落ちてくるんだろう。