西の空が暗くなっている

 もうすぐ雨になる

 傘の準備をしてない人が、怪訝な顔をして、その空を見ていた

 私はちゃんと朝のニュースで天気予報で

 午後は雨になると聞いていたので、傘の準備はしている

 ただ、友達が来るから商店街に寄って

 買い物とかするのが少し面倒になったかな

 傘を持つと、片手でカバンと重い荷物は持てないわけで。

 アーケードみたいに、ずっと雨よけの道があれば楽なんだけどなぁ

 ・・・などぼけーと考えている。

 つまりは平和な昼休みを過ごしていた。

 その時間も終わる頃、教室の扉がゆっくり開いて

 幽霊のようなぼうっ、とした雨雲のような存在感の

 月島彩が入ってきた

(帰ったんじゃなかったんだっけ・・・?)

 昨日や今日、彼女は比較的機嫌も良かった為、

 私はさほど気に留めていなかった

 同じく教室にいた蒼野さんもそう思っていたのか

 月島彩に軽い足取りで近づいていく。

(いつのまにか仲よさそう・・・)

 そんな蒼野さんに気がついてすらいない月島彩の様子に

 ある程度近づくと異変を感じたのか蒼野さんは足を緩めた。

「サヤ・・・どうしたの?」

 蒼野さんは眉をひそめて聞く

 振り向きもしなければ視線も合わせない

 いや、それどころか視線は私に向けられている。

 恐怖心が戻って体に緊張が走る。

「・・・・・渡辺。」

 感情のまるで入っていない声と目

(今までと違う・・・・・)

 異変を感じ取った、何か対処すべきだ―――傍らのナイフ?助けを呼ぶ?

 何も出来なかった、白い手は既に体を強く押していた

 風景が90度傾く、机はそのまま

 机と一緒に傾いた地面にぶつかる

(いたっ!?頭打った・・・)

 うちつけた後頭部を押さえる暇もなく、月島は

 私の上にかぶさるようにして乗る

 倒れた私に向って何かするような事は今までなかった

 絶対に何かおかしい、意思がそこにあるというより

 糸が切れて重力の自然落下に任せるような・・・BR>
 無表情のまま、私の首に手をかける

「ひぃっ!?」

 反射的に声が出る、脳裏に死の文字が浮かぶ

 腕を掴んで振りほどこうとしても

 まるで、首と同化したかのように離れない

 まだ息はできる、手が冷たい・・・・・。

 ゆっくり、そして確実にその力が強くなってくる

 息も苦しく・・・・やがて出来なくなっていく

 死ぬ・・・死にたくない・・・・・・死ねっ

 体が先に動いた

「うわあぁああぁぁッ!!」

 膨らませた風船が空気の入れすぎで破裂するように

 心の何かが爆ぜて

 月島彩の体を突き飛ばす。

(今、殺さないと・・・殺される・・・)

 息が焼けるように熱い、私は全力で首を締め上げた

 月島彩に抵抗の様子がない、目をゆっくり閉じている

 それにもかかわらず自分の恐怖心が消える事はなかった

 眠ったような顔にほんの僅か、笑顔が垣間見れた時

 すごい力で私の腕は振り解かれた。

「渡辺さん!落ち着け!!。」

「・・・・・・蒼野・・・さん。」

 物凄く困憊した顔、自分の腕の疲労感

 私は正気へ還ってきた

 そして脇目を振ると、そこには

 死んだように動かない――――――

 その時私は叫んだのだろうか?、とにかく声にならない声を上げて

 その場に転倒する

「ど・・・・どうしよう、どうしよう?どうしよう!?。」

 慌てふためく私の肩を蒼野さんは揺さぶる

 月島彩を視界から隠すように庇う

「大丈夫、死んでない!、死んでないってば!!」

 でも・・・うごいてない

 見たのは一瞬だったが、

 自分の指の食い込んだ跡が赤々と残っているのを鮮明に記憶していた。

 思わず、口を手で押さえる

 激しい嘔吐感が巡ってきたのだった

「吐きそうなのか?トイレ行く・・・?

 気にしないでいい、アイツは大丈夫、息してるし・・・・。」

 続く言葉に「多分」が見え隠れする、そんな表情だった。

 黒沢さんが教室に入ってきて、すぐさま月島彩を起こそうとして叫ぶ。

(やっぱり死んだんじゃ・・・)

 数十秒が経過した、その時間は私にとってとてつもなく長い時間に感じた

 視界は涙で滲んで見えなかった。 

「ん・・・・・?」

 まるで、何事もなかったように気のない声で月島が起きる

 自分は自分が殺人犯にならなかった、

 深いため息と共にこわばった肩が降りる。

 まだ状況をつかめていない月島彩の首の痕跡を見て

 私は声を上げて泣いた。



「落ち着いたか?」

 既に5時間目の時間、本来芸術の授業で、教室移動のはずだが

 やはりそんな場合ではなく

 先生や、クラスのみんなが心配そうな面持ちで私を見ていた

「つ、月島さんは?」

 まず気にかかった

「すぐ教室を出て行ったよ・・・。」

 女子の一人が吐き捨てるように言った

「あんな奴の事、気にすんな。」

 と男子

「ここまで問題になっていたなんて・・・。」

 先生がいたたまれない顔でつぶやく

 周りから見れば執拗とはいえ

 過度なちょっかい程度のレベルに感じていたんだという事を感じた

「それって、退学にするって事ですか?」

 蒼野さんが聞く

 ―――高校での退学は司法ではなく

 学校長の裁量により判断されるものである

 校長に事情を話すのは、担任の先生であって

 実質は、被害者と担任の判断による

 問題の大きさから言っても退学の可能性は極めて高かった

(退学処分・・・・・)

 そして私にとってはそれは前々から望んでいた事だった。

「前々から注意してきたし、父兄にも伝えた。
 それで事を収められると・・・
 ・・・もしかしたらそうなるかもしれない。」

 退学は段階的に行うのも知っている、既に反省文等の処置は行った後

 とすれば、やはりその可能性は高い

 クラスの皆はほぼ全会一致で「そうすべき」という空気になっている

「私、ちょっと探してくる。」

 蒼野さんはそういうと教室から出て行った。

 彼女もそういえば退学してこの学校に来たんだっけ・・・

「渡辺・・・すまない、先生がもう少し事の重大さに気がついていれば・・・」

 深々と謝られると困る・・・

 自分は結局一言も助けを呼ばなかった

 それにあんなに急に大事になるなとは自分でも想像の外

 昨日の事は青天の霹靂、嵐の前の静けさ。

 ただそれだけの事

 でも、まぁいいか・・・これでアイツは退学になって

 私の前から消える。

「今から俺は月島の家に電話する

 お前は・・・今日これからどうする?」

 先生が私に聞く

 考えたい事が山ほどあるし、多分今すぐには退学にはできないだろう

 自分も気が高揚して、勉強しろといわれても無理だし

 なにより気分が悪い・・・。

「今日はもう帰っていいですか・・・、一人で色々考えたいので。」

「わかった・・・じゃあ月曜日に話を。」

「はい・・・、それじゃあ。」

 帰る仕度をして、教室を去る

 普段、先に帰るのは気が重いけど

「元気出せよ。」「あいつが悪いんだから気にしないで。」

 クラスの皆が後ろから励ましてくれて、少し気が楽になる。

 そうだ、アイツはみんなから嫌われているんだ・・・・。

 呵責に悩む必要なんてない

 悩む必要があるのは相手で私じゃない。

 月曜日で見るのは最後になるかも

 それにしても落ち着かない気分

 まっすぐ家に帰らずに、どこかで買い物をしよう。

 今日の事は一旦置いておいた方がいい・・・。

 本は・・・濡れると困る

 ピンクベージュの口紅を買おうかな、友達が持ってたし

 ベージュだったらグロスでもいけそうかも・・・

 あんまり詳しくないけど、今ベージュが流行りの色だし・・・

 今日はきっと友達は来ないかな、授業が終わった辺りを見計らって電話しよう。



 外はいつの間にか木の葉を揺らすほどのどしゃ降りの雨になっていた

 この雨の中、月島彩は傘を持っていないんだろう。

 私はこうしてちゃんと持っている・・・。

 それは自分には仲間や友達がいて、月島彩にはそれがないという暗喩のような気がして

 私の口元に笑みを作らせた。