学校から歩いて5分の駅から電車で3つ駅をまたぐ

 そこから更に自転車で15分かけて帰宅する

 まっすぐ帰れば30〜40分、

 授業を全て受けても遅くとも18時には帰宅出来るだろう

 玄関の前、時刻は21時を回っていた。

 ため息を1つ・・・・2つ・・・

 4つと半で玄関のドアを開けた。

「・・・・・・。」

 廊下を静かに歩き階段に足を入れようとした所で、母親に見つかった。

「アンタ・・・この時間までどこにほっつき歩いてたの?」

 駅で何時間かぼーっと座っていた。

 それは言わない、今はもう顔を見ただけで会話する気力を失っている

「どこだっていいだろ?」

 言い終わる前には既に思いっきり殴られていた

 唇が切れた、口の中が苦い

「この前のテスト・・・相変わらず勉強する気がないようね、
 勉強する気ないならお姉ちゃん達の邪魔にならないように静かにしてて!
 わかった!?」

 更にもう一発平手打ちが飛んできた。

 今度は目の横でさすがに痛い、失明になったらどうする気だ

 大体、怒鳴らなくたって、静かにくらいする

「・・・・・・・・・。」

 黙って二階に上がった、殴られた時切った唇が痛い

 もう一つの頬の上は明日はアザになるかも。

 2階には家族個々の部屋がある

 姉はマリアの前と同じ学校にいて、成績はトップクラスの優秀な

 曰く「自慢の娘」だった、兄も同じ位に優秀な大学生

 何故だか私だけがこう落ちこぼれの才能なし

 家族の恥さらしとして生まれたわけだ―――。

 本来私の部屋は姉と共用だが、のけ者にされるようになって

 押入れにずっと篭るようになっていた

 広さは2畳、天井までの高さは私よりギリギリ高い160p程

 実際モノが詰まっていて殆ど動くスペースはない

 夏になると脱水症状を起こすほど熱い

 布団と延長コードはある、テレビを見れない事はないが

 実際見た事は無い、狭くて寝れなくなるしうるさいと怒鳴られる。

 家族と目が合えばとかく文句を言われるからここから出たくは無い

 部屋が全く余っていないわけでもないが

 他の場所だと家族の誰かに必ず会ってしまう。

(でもお風呂には入らないと・・・あと腹減った・・・。)

 それは家族が全員寝た後で静かにしておく必要があった

 母親に言われたように静かにしてないと平手打ちがくる

 最近は姉の方が手加減がない

 兄は・・・完全にいないものとされてる

 お父さんは――――。

 家を出たい・・・一刻も早く

 そして部屋が欲しい・・・自分の部屋・・・・・

 押入れのダンボールの中にあるレコードを手にとって眺める・・・

 モーツァルトにベートベン

 流行の歌でも演歌でも洋楽でも何でもいい、ゆっくり聴きたい。

 自分の場所で・・・・・・・。

 昨日まで学校にかろうじてあった居場所もない。

 いよいよ、学校に居る意味も消えてしまいそうだった

 空腹は辛いが、深夜まで寝て待とう・・・。



 朝、天候は小雨

 準備も適当に誰よりも早く家を出る、まだ朝の6時、眠い。

 出発前鏡を見ると、やはり左目の横にアザが出来ていた

(手加減しろよ・・・クソババァめ。)

 学校に向う途中、少し寄り道をして見たくなった

 行く気が大幅に減った学校より散歩を選択した。

 この街は人口5万・・・6万だったか、そのくらいの規模の為

 ちょっと街を外れると住宅地や林や畑が広がる

 人のいない狭い路地や舗装されていない道路を歩く

 別に目的もなく、ただ、気のままに歩いた。

「ここの酒屋・・・看板が木彫りだ・・・。」

 毎日見る街なのに知らない所だらけだ。

(自転車だったらもっと良いんだけどな、海に行ったり。)

 海までは5kmはある、歩くと往復でかなりかかる

 傘や空のカバンも地味に荷物になる距離だ、それは諦めた。

 そもそも元々体力がない、足が痛くなる前に

 「学校に行って休もう」と違う道を選んで引き返す

(・・・・・・・あれは・・・。)

 途中、ボロボロの小さい廃屋を発見した。

 ブロック塀に囲まれて、家の周囲は膝の高さまで草が伸び

 家の壁や屋根は、元の色を失ってどこも暗い灰色で統一されていた

 小屋と呼んだほうがしっくり来る小さい廃屋

 興味が沸いてきて、草を一歩一歩踏んで道を作りながらその廃屋に入ってみた

「暗・・・・・・・っ。」

 雨のせいで光量が足りないのもあるが

 窓も板張りが張って、棚も畳がはがされてむき出しになった床も

 埃を被って、光を吸収しているような、そんな家屋だった

 カバンで床の埃を払いのける

 たちまち、それは舞い上がり、空気と混ざる

「ゲホッ、ゴホッ・・・・うぅ・・・。」

 どれだけの時間、この状態なのかは分からないが

 とにかくひどい状態、所々で雨漏りもしていた

 それでもなお、鼻と口をハンカチで覆いながら

 黙々と埃を払った。

「これで良し・・・。」

 座れるだけのスペースを作って、ようやく座って休む事が出来た

 駅で買っていたジュースを一口飲んで、目を閉じる

 周りは全て灰色と黒、目を開けていても閉じても変わらない

 雨と雨漏りの水滴が弾ける音だけが聞こえてくる

 すっかり、カバンも灰色になっている。

 雨の音。

 確か今日は学校・・・

 今何時だっけ・・・・・・

 ・・・・眠いなぁ・・・・・・・

 ・・・・・

 雨の音、いつの間にか少し音が大きくなっている。

 いつの間にか深く寝ていた。

 遅く寝て早く起きた上に、いつもはしないような運動で疲れていた

 それにどうも真っ暗で汚れてるにも関わらず、居心地が良かった

 今の時間・・・携帯も腕時計も持ってない

 空は雲が広がっていて全く時間を教えてくれる様子は無いので

 やむを得ず、その家屋から出る事にした。



 外に出ると曇りなのに眩しく感じる。

 何となく昼はとうに過ぎていると感じる。

 よく自分を見ると服や髪が結構汚れている

(また怒られる・・・・。)

 草を踏んで道を作りながら路地に出る

「わっ!?」

 誰かが驚く声

 誰もいない所から人が出てきたのだから誰だって驚くだろう

 そう思って声の方を振り向くと、目の前に渡辺がいた。

(もう帰宅時間なのか・・・・・何時間寝たんだろう・・・。)

 渡辺は固まって動かない

 そして自分も。

 ・・・・・・・・・・。

 不思議と今日は何とも思わない

 きっと空腹のせいだろう、多分

 それより時間が気になる

「今、何時?」

「え?」

 渡辺は戸惑ってキョロキョロ辺りを見回している

「今何時って。」

 渡辺は慌てて携帯電話を取り出す

 色はピンクで薄型、何気に最新機種だ。

「あ・・・・4時・・・・46分・・・・38秒。」

 秒までいうか普通・・・5時15分前でいいじゃねーか。

 ともかく8時間近くこの小屋で寝ていた計算になる。

「わかった・・・、ありがと。」

 5時前だったらもう帰ったほうがいい、

 家に帰って、汚れた服はなんて説明しよう・・・

 しょうがない・・・また深夜自分で洗おう・・・

 何となく今日は気分がいい

 寝てただけだけど

 途中でコンビニにでも寄って何か食べよう

 この格好で飲食店はさすがにまずい

 全身灰色、コンビニの店員も不快な顔をするだろう。

 もうカップラーメンでいいか・・・



 次の日は学校に素直に向かう事にした

 制服は洗濯したものの、家族に会わないように深夜乾燥機をかけて

 待ってる内に寝てしまったのでアイロンはかけられず

 しわしわのままである、Yシャツだけは数枚あるので

 それだけ綺麗なのが余計に目立つ。

 こんな事、マリアがいる事に比べれば、大して問題ないのにな

 コイツが転入してきて4日目、

 制服もウチのに変わって随分なじんだ様子だ

「アザ、どうしたの?」

 予想通り早速聞いてきた

「なんでもない、聞くなよもう、うるさいな・・・・・。」

 マリアはどうも私に関わりたいようだ

「昨日はなんで?」

「寝てた。」

 嘘は言ってないがマリアはまるで納得行かない顔で更に聞いてくる

「服、しわしわだよ。」

「分かってるってば。」

 しばしの沈黙

「今日、制服変わったんだ。」

「へぇ〜・・・、良かったね〜・・・。」

 マリアは体を反って、一息つく。

「機嫌良いね、今日は。」

「・・・っなバカな・・・。」

 今度は私が一息つく。

「黒沢さんが、月島さんが昨日休んだの私のせいだって言ってたよ。」

「・・・そうだよ。」

「そうなの?」

「そうだよ。」

「・・・・・ゴメン。」

「だったら、席移動しろ。」

「嫌。」

 今度はお互い一息つく。

 マリアはそれでも語りかけて来る

「来週、合唱コンクールがあるって。」

「歌わないぞ、私は。」

「実は音痴だとか?」

「・・・・・・。」

 どっちだろう?歌を他人に聞かせた事がないからわからない

 答えに窮した場合は質問で返す。

「マリアはどうなんだよ・・・?」

 ガタン!

 私の言葉に、突然マリアは体全体をこちらに向き

 今までで一番表情を出して驚愕している。

「なっ!?、今・・・名前呼んだ。」

 表情は元に戻ったが、なんだか喜んでいる様子。

「あ・・・?、そ、そんなに驚く事?」

 こんな事で喜ぶなんてガキなんだな、こいつも

 しかし何でコイツの名前なんか呼んだんだろ

「私もサヤって呼んでい・・・」

「嫌。」

 これ以上図に乗らせるのも不快だ

 なにが「私も」だ、こっちはもう名前言わないことにして

 しばらく黙っておこう

 そんなことより、適当に隙を見て学校をフケて

 昨日見つけたボロ小屋に行こう。

 それで何時間か静かに悠々と過ごそう。

 今日は晴れているし、少しは明るいかもしれない。

 そこで昼食をとろう、汚い場所だけど

 独りで・・誰にも気を使わないで・・・・・。

「なぁ・・・サヤって呼んでいいだろ。」

 そう、こういう奴のいない所で・・・。



 昼には宣言どおり学校を抜け出す

 廊下で渡辺と会ったが、アイツはどうせ黙ってるだけだから無視し。

 昨日と同じ道を心持ち早足で辿る。

 昨日は適当に歩いたから、正確な道筋が分からない

「木彫りの看板・・・・・・。」

 この辺りだ、傾斜を下って左に行けば・・・・。

 駆け足で坂を下る、少し気持ちが浮ついている。



 期待感が高いだけ、その失望感は大きい

 傾斜を下った先の景色が、昨日とうって変わって拓けている

「ウッソ・・・だろ?」

 浮いた気持ちが、深く沈む

 暗い灰色の建物の代わりにあったものは、数台の彩度の高い重機

 草が生い茂っていた敷地は地面を掘り返され、その様相を露にし

 家屋はその色のまま空気と溶け

 灰塵となって舞っている様だった

(弁当をどこで食べよう・・・。)

 ショックのあまりその場に立ち尽くす

 思考も止まっているのか、関係のない事ばかりが頭に浮かぶ

 重機の音がやけに遠く感じる、

 感情も底に沈んで戻ってこなくなっていた。

(家に・・・・いや学校に・・・戻ろう。)

 ふっ、と路地を抜ける湿った風が吹き

 思考を呼び覚ます、ただ感情は更に深いところに落ちたのか

 なかなか、浮かんでこなかった。

 思考だけが動く世界はまるで夢の中にいる様な

 色の一切が抜けた、モノクロの世界だった

(何をしようとしてたんだっけ・・・、
 昨日からずっと夢でも見てたのかな・・。)

 とぼとぼと学校への道を足を動かしながら記憶を辿る

 家族の顔が浮かんでくる

(私は誰に似て勉強も運動も出来ないんだか・・・。)

 自分は生まれつき色素が薄いらしく

 髪も地毛で薄い茶色

 色と一緒に色々な才能とか人望とかを落としていったんじゃないか?

 自分が嫌で嫌でしょうがなかった

 今自分が死んでも、きっと家族が泣いたりすることは無いだろうな・・・

 家での記憶はすぐシャットダウンされた。  学校は・・・?、マリアの顔が浮かぶ。

(あいつ、私が本当はケンカ弱いって分かってるんだろうな・・・。)

 誰よりも早く手を出せば、大抵の人間は身を引いて逃げる

 周囲から浮いている自分の防衛手段がそれだった

 男子や先生は迂闊には手を出さないだろう

 今は体罰に対して何を言われるかわかったものではない

 そういう場合の退学処分が容易な為に

 私立に入学する人間が増えていると聞く。

 かろうじて残った防衛手段すらなくなれば

 周囲から嫌悪で見られている自分は

 やはり爪弾きにされて来れなくなるだろうか。



 感情が僅かに戻ってきた。



 背中に聞こえる重機の機械音

 廃屋とはいえ居心地の良かった場所を無理矢理奪われた

(くそ・・・・っ、みんな私に何の怨みがあるんだ・・・。)



 渡辺茜が頭に浮かんだ時、沈んだ感情は漆黒に包まれて一気に浮き上がって来た

 憎悪よりひどく暗く大きな感情の「虚無」が心を包んでいた。