「はぁ・・・」

 学校に来て3日目、梅雨らしく雨も降っている。

 月島さんが休みの為、いじる相手がいない

 学校の楽しみは半減、7割は消えたも同然だった。

 一人静かに過ごすか・・・

 渡辺さんにとっては、いい日なんだろう。

 周りに笑顔を振りまいている。

 そんな笑顔に引き寄せられるかのように席を立った

 なんて言葉をかけようか、「今日は雨だね。」

 梅雨だから当たり前、却下。

 教室は特に問題なし。

 廊下に目を走らせる、極端な美形発見。

「お、なにあの美形。」

 話しかける前に感想が口から漏れていた、

 渡辺さんはその言葉を察知して、すぐにその話題を拾う。

「あの人は・・・山吹さんていう・・・1組の・・・。」

 渡辺さんは頬が赤くなっている、好意があるのが露骨に顔に出ている

 面白い話題を発見し

 内心、楽しくなってきた、いつかからかおう、と。

 渡辺さんが心を馳せる相手は、きっと人気もあるのだろう

 顔はもちろんのこと、背は高くて体は細くなく太すぎず

 表情は柔らかいものの、知性と意思を持ち合わせで

 歩く姿は一陣の風をまとっているような

 女性的要素も持ち合わせた男性、

 男子と言うより男性、それも紳士というような

 正直、近寄りがたい空気を全開で放っている

 自分みたいな変人(自称)には、あの清浄すぎる空気には

 一巡して毒になる、と言うかあれが高校生か本当に。

 歩いてるだけでオーラとフェロモン出しすぎだ。

 まるで漫画の世界の住人は、そのまま過ぎ去っていったが

 渡辺さんは夢の中へ旅立って、しばらく魂が抜けた顔をしていた

(競争率は何倍だろう、いやそれ以前に、もう彼女いるだろう。)

 あれだけ濃厚にオーラを放出する人間だし、むしろ

 彼女が一人だけと言う可能性すら薄い

 日替わり彼女、なんてのも可能か

 いや、もっと色んな意味で進化して男からも告白される

 最終形には、動物や虫からも愛される。

 もう何でもアリだ。

 そうだったら、面白いな・・・・・・。

「昨日は、いえ、昨日も大変でしたね。」

 夢の中から帰還した渡辺さんが話しかけてきた。

 かくいう自分も、妙なストーリーを空想していたのだけど。

 昨日と言えば、ブレザーが切り刻まれた、あれだ

 犯人特定は難しい、凶器?はカッターナイフだとして。

 私に恨みがある人間なんて現状で一人だ。

 しかしその一人は、どうもそういう隠れてコソコソ悪い事をしそうにない

 単純さと言うか頑固さがあるような気がして、犯人としては不適格な気がする。

「うん、そうだね、今日は平穏になりそうだけど。」

 犯人でないとしてもトラブルを吸い寄せる人であるのも事実。

 今日は本当に問題なく一日が過ぎるだろう

 つまりそれは、面白くない一日、とも言える

 やっぱり自分は矛盾しているとつくづく思う。



 昼休み、食堂で会った緑川と話をする。

「やっぱり、私には笑顔はダメだ、昨日もそれで誤解された。」

 嘘と笑顔。

 有効な嘘は、確かに研究する意味はあるかもしれない。

 円滑な生活には嘘も必要だ

 上司に本音を出したら、嫌われるかもしれない、そうなると大変だ。

 ワンマン社長なら指摘しただけで退職された例は枚挙に暇がない

 金と暴力と権力が支配する大理不尽な世界では嘘は現代人に必要必須装備

 それもある種の才能とも言える事だ、だからそれは認めるし実践してみる

 だが笑顔は・・・・・・どうも、これが最悪

 昨日の夜に鏡に向って首をかしげて笑顔をやって見たら

 目の前の不気味な生物を投げ殺したくなった位だ。

 あれくらいなら無表情の方がいい、絶対に。

「それは努力が足りないからだよ、合気道だって最初から強くはならないでしょ?」

 笑顔のお手本のような笑顔で、そう返す。

「私は嫌いな言葉の1番が「我慢」で次が「努力」なんだよ・・・。」

 今度はダメ人間の手本みたいな言葉を聞いて、苦笑する緑川

 しかし私にとって勉強は「褒められるからやってる」わけで

 人を思い切り投げたいから、やってるのが合気道で

 興味があるから月島さんの隣の席なんだ、

 山があるから登る、海があるから泳ぐんだ――――と。

「でも、さすがに努力しないのもマズイかなと思って聞いてるんだけど。

 やっぱり努力が足りない・・・?」

「まだ一日しか経ってないじゃん・・・
 顔の筋肉を鍛える気持ちでやるとか。」

 成程、そういう感じならなんだかやる気が出る

 他人を喜ばせる、悪意を与えないという考え方だとイマイチやる気が出ないが

 鍛えるという、自己の向上として考えるなら、やりやすい。

 自分でも思うがどこまでも自分勝手なんだと思う。

 その割には、この緑川の意見は素直に聞いてる気もしなくは無い。

「それにしても・・・よく食べるね。」

 珍しい物でも見るような目で、緑川は聞いてきた

「そう?」

「結構経つのにまだ食べてる、どんだけ胃に入るの。」

 食べ物はよく噛んで味わって食べるのがいい。

 勿論これも品良くしたいわけではなくて。

 おいしく食べたいからやってるだけ。

 豚の丸焼き・・・などが出れば当然かぶりつく覚悟

 板チョコも一枚一枚割ったりしないで丸かじりで食べるのが自分の(細かい)流儀である

 まったりマイペースで食事している所に、一人の影が寄って来た。

「蒼野さん。」

 黒沢 祐季、クラスの副委員長でまとめ役と言うか

 仕切り役、あとは・・・自分が武道をしているから見ただけで分かる

 その手の実力者とすぐ悟った。

「黒沢さん、でしたっけ、なんですか。」

 黒沢さんは視線を私から外さない

 睨んでいるみたいだ、確実に睨んでる

(ついに「転校生の癖に」が聞けるのか・・・?)

「蒼野さん、あんたさぁ・・・いいにくいんだけど、
 座席、移ってくれない?、廊下側に。」

 こいつは月島さんじゃなくて黒沢と言う面識皆無の人間だ

 何度見ても黒沢と言う人間だ。

「なにか・・・不都合が?」

 月島さんにとってはともかく黒沢さんには関係ない

「教室の雰囲気が悪くなる。」

「・・・・・そうかもしれないけど嫌だ。」

 緑川が割ってはいる

「祐季ちゃん、まだマリアさんは時が浅くて・・・。」

「秀一は黙って・・・。」

 哀れ緑川、見事に会話に入れない

 お互い名前で呼んでいることから、それなりに知り合った関係らしい

「で、蒼野さん、どう?」

「私は指図は嫌いだ・・・あの場所も気に言ってる。」

 緑川の顔が「ケンカ売るのやめてー」という焦燥した顔になる

 頷きながら、血管の浮いた怒りの表情を見せる黒沢

 うつむいてから、ポン、と私の肩を叩く

 殴られるんじゃないかと思ったが

 うつむいた顔を上げるといつのまにか爽やかな笑顔に変わっている

「わかった、ただ、ボーリョクは良くないね。
 てっきり昨日月島さんを脅したから今日休んだかと。」

「まさかそんな、あれっきり手は出してない、控える事にしてる。」

 脅して登校拒否にさせるくらいなら、さっさと渡辺の助けになってる

 自分が退学で学校を追い出された身だから、

 そういう気分を味わせるのは非情に気分が悪い。

「してないなら・・・いいや
 明日ここの学校の制服が届くんだって?」

 何かどうも疑われている、確かに周りから見れば挑発にしか見えないか。

 やはりクラスを仕切ってるだけあって、そういう急激に空気を変える行為は好まれないんだろうか?

「ああ、やっと届くから浮いた感じも消えるかな。
 そうだ、私の制服切った人、心当たりない?」

 顔が広い彼女なら何か有益な証言をもっているかもしれない

 やはり私としては、是非お返しをやりたい。

「さぁ・・・知らない
 大変だったね、かわいい制服だったのに。」

 ・・・なんで目をそらす・・・?

 コイツが犯人では?、というスイッチが点灯する

 もしかしたらクラスの空気が悪くなるのが問題でなくて

 純粋に自分を嫌っている(理由は知らないけど。)、という可能性もあるのではないか?

 最初に睨んでいたから確率は低くはなさそうだ

 本当にそうなら月島さんをスケープゴートにした事実を含めて二重に許せない。

 しかしいくら可能性が高くても、確証はまるで無い。

「それじゃあ、変な行動とらないようにね、後々大変になるよ。」

 黒沢は私の疑いを強くする言葉を残して

 愛想よくその場を去っていった。

「彼女は?」

 早速緑川に聞いてみる。

「ああ、祐季ちゃんの事、何?」

「彼女、どんな子?」

 少々率直過ぎるか、と自分でも思う。

「いい子だよ?ちょっと(かなり)ガサツですぐ殴るけど、それが痛いんだよ、ホントに。」

 すぐ殴りそうな雰囲気には同意。

「いい子じゃわからないんだけど、影でコソコソするような事は?」

 抽象的な事は好きではない、いっそ話題の中核へと持っていく

 しかし、人のいい緑川も私が黒沢を疑っているのを察したのか

 怪訝な顔をして答えた。

「まさか、昨日の事件の犯人だと思ってる・・・?」

 普段ニコニコしてるだけに、怒った顔のギャップが大きい。

 私は言葉を濁らせて、話題を変えるしかなかった。

 ―――――



 4日目――――

 私はまるで今日始めて学校に来た気分になっていた。

 ようやく制服が届いて、みんなと同じ服になった

 体操服や水着もある、体育で遠慮する事もなくなった。

 そして、今日は隣にちゃんと白いの(月島)がいる。

 全身漂白剤でもしたような見事な白さ

 体も白ければ髪も若干褐色を残すだけで

 目も茶色を更に薄くしたような、赤

 紫外線にすごく弱そう、実際弱いのかも、

 今日は折角晴れているのにカーテンで光を遮っている。

 よく見ればまつげや眉毛も白っぽい

 もしかして・・・髪は地毛であの色なのか。

 全身から色が抜けているのに名前は「彩」

 白いだけに他の色が入るとすごく目立つ。

 左目の付近にアザがあって痛々しい。

「アザ、どうしたの?」

 話しかけてみる、あの事件の後だし無視がくるかな・・・。

 無視されてもしょうがない、タカを括って話しかける

「なんでもない、聞くなよもう、うるさいな・・・・・。」

 意外とちゃんと反応が返ってきた

 もう一回。

「昨日はなんで?」

「寝てた。」

 やっぱりちゃんと返って来る、一言だけど

 少し嬉しくなってきた。

「服、しわしわだよ。」

「分かってるってば。」

 次の話題を探す

 なんでこう一言でその話題を切るかな〜。

「今日、制服変わったんだ。」

 チラ・・・と少しこちらを見る月島さん

「へぇ〜・・・、良かったね〜・・・。」

 心底どうでもよさそうな「良かったね」を放つ

「機嫌良いね、今日は。」

「・・・っなバカな・・・。」

 ようやく、ちょっと感情がつく

 怒ってると言うよりは困ってる。

 どう見ても今日は機嫌がよさそう

 動物観察にも似た気分になってきた

「黒沢さんが、月島さんが昨日休んだの私のせいだって言ってたよ。」

 昨日のことを話す、また「あっそう」で終わるかな、この話題。

「・・・そうだよ。」

 さっぱり肯定した、え?マジで?

「そうなの?」

「そうだよ。」

 私は少なからずショックを受けた。

「・・・・・ゴメン。」

「だったら、席移動しろ。」

「嫌。」

 それは断る、動くのメンドクサイ。

 しかし、ホントのホントに私のせいで休んだのか。

 寝てたって家で何もしなかったって事だけど

 引きこもりの前兆では・・・

「来週、合唱コンクールがあるって。」

 話題を更に変える

 学校に来いと言う意思表示もこめてある

「歌わないぞ、私は。」

 そんな事はわかっている、きっと卒業式や体育祭でも校歌や国歌は歌わないタイプだ

 そこまでの積極的参加は期待するはずもない。

「実は音痴だとか?」

 歌いたくないとわかってるものの、皮肉ってみる

 歌いたくないんだろ、と聞いてみた所で「そうだよ」で終わる

 会話はリアクションを楽しむ事と見つけたり―――

「・・・・・・。」

 月島さんはほんの少し考えている、ひょっとして

 本当に音痴なのか

 この話は引っ張れる―そう思った私に信じられない一言が飛び込んできた

「マリアはどうなんだよ・・・?」

 ――――――!?

「なっ!?、今・・・名前呼んだ。」

 急に名前を呼ぶものだからかなり驚いて、言葉が裏返りそうになった

 苗字でなく名前で呼ぶのだからこれは確実に友達として扱ってもいいと

 そう言ってるのだ、いや、そうに違いない。

 今流行りの「ツンデレ」が目の前にいるわけで

 この状態は、まさにツンからデレになったと見るべきだ。

 何かに勝利した気分の私に不思議そうに問いかけて来る月島さん、もといツンデレ。

「あ・・・?、そ、そんなに驚く事?」

 もちろん、驚くような事です。

 頭を大きく傾けて、困った顔してる

「私もサヤって呼んでい・・・」

「嫌。」

 こちらの要求は、音速で断られた

 名前で呼び合うにはもう少し時間がかかるか?

 とかく、何の理由かは知らないけど、2日前とうって変わって

 妙に丸くなった。

 昼になると学校からフケていなくなったけど

 その間、渡辺さんを見ても睨んだり怒ったりしないようで

 自分のあずかり知らぬ所で問題が解決している様に見えた

 些細なきっかけで人間って変わるもの、今日の天気のように気分も晴れ晴れとしていた



 昼過ぎに彼女が分厚い雨雲を連れてこの教室に帰ってくるまでは。