それは裕福と言える日だった。

 蒼野さんが転入して3日目、今日はあの月島彩が休んでいた。

 これが本来の生活

 これが本来の気分なんだ。

 小雨のせいでジメジメした空気も、今の私にはなんでもなかった

 勉強にも身が入ると言うもの

 前回の中間テストでは、学年で2位だった

 1位は別なクラスにいる山吹如水と言う、

 ため息が出るくらい、他とはレベルの違う美貌(主観)を持つ人

 高嶺の花とは思いつつも

 成績を上げて、名前を彼と連ねていれば

 もしかしたら名前を覚えてくれるかもしれない。

 それを期待して勉強している、と言うのも否定できない位

 入れ込んでいた。

 あまり感情を表に出すような人ではない上に

 女子は皆気が引けて滅多に話さないため

 彼女がいるのかどうか等は一切不明だった。

 噂では廊下を通る時このクラスだけ、横目で様子を見ているらしい。

 真偽すら不明だが、その原因が自分であれば良いのに、

 自分であって欲しいと思っている

 そんな思いが通じたのか山吹君が廊下を通る。

「お、なにあの美形。」

 近くにいた蒼野さんが素直に反応する。

「あの人は・・・山吹さんていう・・・1組の・・・。」

 たどたどしく説明する。

 噂はしょせん噂なのか、こちらを一瞥たりともしない

「なんというか・・・少女マンガで言うと
 出るたびにコマの縁に花が無駄に咲き乱れてるような
 そんな感じの人だね。」

 蒼野さんは一見クールで上品に見えるのに

 なんだか例えが可笑しかったり、行動も常識の外を行くようで

 あと言葉遣いも男っぽくて、意外と変な人だ。

 せっかく、武道の腕もあるんだからそれで月島彩をこう

 実力で仕切ってしまえば良いのに・・・、ちょっと危険思想過ぎるけど。

 そういえば、やはり今日は上着を着ていない

「昨日は、いえ、昨日も大変でしたね。」

 昨日は彼女があまりにも無情だったので、ショックを受けたが

 冷静に考えると、やっぱり転入生で、不安があるのだろう

 大体、転校生に期待しすぎた自分も愚かしい

 自省して普通の友達として接しようと考えを切り替えた

「うん、そうだね、今日は平穏になりそうだけど。」

 やはり彼女もトラブルの大元が月島である事は理解している

 しているのに何で、あんなに構うんだろう。

 昨日の悪い人には見えない発言もあわせて

 私には理解ができない人だ・・・。



 楽しかった学校も終わり、帰宅時間になった。

 部活動はしていないのでさっさと帰る。

 「明日遊びに来てもいい?」と友達が言うので、快く承諾し一緒に帰る。

「さっき校庭で黒沢さん見た?
 足速いよね〜、カッコイイ〜。」

「いいよねー、私運動できないから憧れるよ〜。」

 黒沢 祐季(ゆうき)さんは、クラスで副委員長で空手の全国大会レベルの実力者

 性格もあけっぴろげで頼りになるので友達も多い

 かなり直情的な所があって、前に誰かの教科書にイタズラをした生徒に

 その空手の腕で痛い目にあわせたらしい、そのせいで冬の大会には出場できなかった。

 でもそんな彼女も月島彩にはやっぱり手を出さない

 ホント、あの女は何があるのだろう・・・・・・。

 弱みを握られてるとか・・・

 いや、暴力をすれば大会に出られなくなるとか言って、笠に着てるのかも

(明日もアイツが休んでくれれば良いのに)

 友達とも別れて帰路に着く

 住宅地に入ると、酒屋が見えて坂道を下る

 ずっと前、自転車のブレーキが壊れて、坂の下の塀にぶつかった事がある

(あれは痛かったなぁ・・・鼻が曲がると思った。)

 顔からダイビングして、よく無事だったと思う。

 物凄い鼻血出してたのも鮮明に記憶に残ってる

 ぶつかった時は結構音がして、近くの家の人が飛んできた

 鼻血の水溜り作った私を見てあっちまでパニックになってたなぁ・・。

 今その人は引っ越して、家は廃屋と化していた。

 亡霊が住み着いてるとか何とか噂もされて

 誰も寄り付かなかった、無論自分も

 見たこともないけど幽霊は怖い、雰囲気だけで十分すぎる

 そんなのを見たら、家に1ヶ月は引きこもる自信がある。

 それだけこの閑静な住宅街に異様な雰囲気を漂わせているこの廃屋は

 明日取り壊されるとも聞いた。

 それはそれでまた哀しい感じがする



 そんな時、誰もいないはずのこの廃屋から音がした。

 私は思わず、硬直した、歯が浮いてカチカチ鳴る

(れ、霊!?、明日取り壊されるから抗議が・・・・っっ!?)

 ガサ・・・ガサ・・・と草を掻き分ける音

 恐怖で逃げる事も出来ない、自分の足が地面に根を張ったよう

「ぅわっ!?」

 亡霊の姿が見えて叫び声をあげる・・・青白い肌で華奢な体

 色素の抜けた髪とやはり色素の薄い赤い目・・・・・・って

 月島彩――――。

 最悪、亡霊より見たくないものを見てしまった。

 それより、何でここにいるのだろう

 服も汚れてる

 まさかここの住人とは到底考えられない

 目が合ったまま動けない。

 思わず身を守ろうと腕を前に構えた時、月島の口が開いた

「今、何時?」

「え?」

 私に言ってるの?

 周りには誰もいない、明らかに私に言ってる。

 いつも、押し倒したり蹴ったリした後に、嫌味を投げかけてくる「言葉」はあっても

 こういう「会話」はおそらく初めてだった

「今何時って。」

 もしかして本当に亡霊ではないだろうか?

 悪夢と言うのは、自分のもっとも苦手なものを見せる。

 私にとって月島彩はまさにそれだ。

 かといって、従わないわけにも行かない、焦りながらケータイをとって時間を見る

 4時46分、35・・・36・・・・

「あ・・・・4時・・・・46分・・・・38秒。」

 できるだけ正確に言ってみた

 月島彩は廃屋を見て、ほんの少し考え込んだ後

 うんうんと頷いて、こっちを見た、無表情なのは変わらない

「わかった・・・、ありがと。」

 そのまま通り過ぎて坂を上がっていった

 ――――どれくらい私はその場に立ちすくんでいたのだろう。

 さっきのセリフを何度も反復して、ついでに数式を思い出してみて

 自分の耳や脳がおかしくなってない事を確かめた

 亡霊がいるより在り得ない事が自分の身に起きたのだ

 天地がひっくり返っても起こらない様な事

「あいつが・・・・・「ありがとう」・・・・・・・?。」



 自宅、湯船に浸かりながら

 帰り道の幻の事を考えていた。

(おかしい・・・・どう考えたっておかしい・・・・・。)

 昨日のことで反省した?それなら学校に来てもいいはず。

 大体あの時私以外いなかった、アイツなら躊躇わず暴力をふるって来るだろう

 昨日までそうだったのに何で今日に限って・・・

(本当に亡霊なのかも・・・)

 明日、廃屋は取り壊される、絶対そのせいだ

「茜〜、いつまでお風呂はいってるの〜?」

 お母さんの声でハッと気づく

 ・・・気がつけばかなり長い時間考え事をしていた

 指もふやけて、なんだかクラクラする・・・

 今日は早く寝よう・・・・・



 次の日、金曜日の学校には月島彩がいた

 昨日の事は事実だった事を示すように、カバンが汚れていた

 いつもよりそわそわしているのが分かる

 目が合っても気にしていない、絶対おかしい・・・。

 なんだか、昨日まで持っていた殺意すらが薄れてくる

 私は本気で殺人を考えてたのだ。

 例えば電流。

 直流より交流の方が2倍、心臓停止を引き起こしやすい

 かの有名なエジソンは直流の優秀性を見せようと

 死刑の際の電気椅子で直流電気を流すのを提案したものの、なかなか死なず

 周囲から顰蹙(ひんしゅく)を買ったという記録もある。

 直流なら200mAの電流、交流ならその半分で致死に到る有効電流と言う事になる

 そして、人間と共振作用でも持つのか

 周波数50〜60Hzの電流だと効率的に人体を流れる

 この周波数はご存知のとおり、日本国における商用周波数で

 コンセントから得られる電流である

 つまり、推理モノでよくある「ドライヤーをお風呂に投げ込んで殺害」は

 かなり効率のいい方法である・・・・・とか。

 満月の日にナイフなどで出血させると

 新月の時よりも出血がひどくなり、効果的である

 逆に首などを絞めて窒息死させるときは新月がよい、だとか

 色々考えていたわけである

 そんな考えが、昨日の出来事だけで霧散していく。

 そう、よく見れば体格は大きくないし、私よりか細いし、本当は普通の・・・

 いや、そういう甘い考えは良そう、多分別な所でウサ晴らしをしたんだ。

「茜 昨日言ったとおり、今日遊びに来るよ〜」

 遮るように私に話しかけて来る友達。

「あ、うん、わかってるよ。」

「お?何かつめたい・・・?」

 つい、考え事してたせいで、友達を置き去りにして

 愛想答えをしていたみたいだ。

「そ、そう?ちょっとボーっとしてたかも
 ・・・・・・あっ、ホラっ、山吹さん!」

 上手いタイミングで通ってくる。

 相変わらずカッコイイなぁ・・・・・はぁ・・・・・・

「茜・・・わかりやすすぎだよ・・・。」

 いいじゃない、ちょっと位陶酔したって、減るもんじゃないし。

 今日も見る事ができた・・・しかも視線だけだけどこっちを見ている気がする

 運が巡ってきたのかも・・・・・。

 何が転機だったのかは知らないけど、ようやく私に救いの神様が現れたみたいだ。