朝のHRも終わる頃、私は学校に登校し教室に入る

 昨日まで無かった異物―蒼野マリアがいる

 相変わらずの憮然顔でこちらを見る。

「おはよう。」

 何食わぬ物言いが癇に障り、思わず机を蹴り返す。

 常人と思えない反応で机と腹の間に腕を入れそれをガードするも

 机に乗っていたカバンの中身が床に散らばった。

「・・・。」

 マリアは黙って、床に落ちた教科書や筆記用具を拾っている。

「なぁ転校生、席変えれば?、先生の言われた通りにさ。」

 これは昨日言うつもりだった言葉だ。

「断る、私は指図されるのがどうも嫌いなんだ。」

「毎日今みたいな事になるけど?」

 マリアが私のほうを向く、どちらかと言えば笑っている表情だ。

「それは困る・・・私はこの場所が気に入ってるし
 月島さんとも仲良くしたい。」

 とち狂った回答が帰ってきた、仲良くするなら他の奴を当たった方がいい

 それがなぜ自分なのか、理解を越えて少し不気味になってきた

 怒りと疑問を含ませながら黙って自分の席に着く。

 横をちらっと見る、マリアは背筋を張って上品に座っていた。

 マリアの制服はまだ前にいた学校のもの、どこの学校かはよく知っている

 姉が同じ所にいる、そもそもこの辺りでは有名なお嬢様学校と言う肩書きで

 いわばエリートの養成所、まぁ退学すれば何の意味も持たない。

 今は私と一緒だ

「昨日はすまない。」

 気がつけばマリアは私に話しかけていた。

 思い切り投げておいてすまないで済むか、謝られると余計にムカついてくる

 今は徹底的に無視しようと決めた。

 なにか言えば、コイツは時速150Kmのストレートにも似たダイレクトな言葉を選んで投げてくる。

 何の武術か知らないが、殴り合いでは到底勝てそうにも無い

 現実はペンは拳に大して無力なのだ、拳だったか剣なのかは忘れた。



 休み時間になると改めて理解する。

 自分の居場所がマリアによって失われた事を

 地震津波で孤島が飲み込まれ、広大な海に溶けていった様。

 他に寄り付く場所がない私は、トイレに逃げ込んでいた

 鏡には、やつれた顔でガンを飛ばす顔が見える

(あんな奴に手も足も出ないのか、ダッセぇ)

 鏡の向こう側からそう言われる。

(落ち着け・・・すぐにあんな奴、痛い目にあわせて登校拒否にしてやるよ・・・。)

 その日はいつになるのかは考えない事にした。

 キィ〜・・・ 

 トイレのドアが開く時のマヌケな音で鏡の世界から帰還する。

「あ・・・・・・。」 

 死んだと思っていた人間を見るような声で呟く

 渡辺茜である。

 水が上から下へ、硬い岩より柔らかい泥を流すように

 マリアにせき止められていた不満と言う大量の水は

 渡辺という絶好の水路に向って決壊した

 右手が意思を持つかのように渡辺の襟首を掴む。

「昨日は・・・気分が良かったか?ああ!?」

「・・・・・・・。」

 掴んだ右手でそのまま思い切り突き飛ばす

 目が合った瞬間から足の先から顔の筋肉まで凍ったように動かない渡辺は

 崩れるように倒れた。

 いつもの事だが顔はうつむいていて表情はわからない

「アイツ・・・マリアに助けてもらうんだな。」

 渡辺は全く動かない、亀みたいに体を小さくして閉じ篭っている

 完璧に防御する甲羅があるわけでもないなら逃げればいいのに、

 更に背中でも蹴られたいのだろうか。

 ここまで無防備なら、感情の渦のままに危害を加える事が出来る

 しかし、出来ないのか、しないのか、自分でも理解できなかった

 ・・・・・・・・・・・。

 お互い何も言わず沈黙している

 水道の蛇口から水滴が落ちる音だけがしばらく続いていた。

 この状況を見てトイレに入ってくる奴もいない。

 沈黙をかき消すように、始業のチャイムが鳴る。

 この場は、この場でなくてもいつも私から退場する、今回も。



「渡辺さん?だっけ、彼女。」

 4時限目だった、突然マリアが話しかけてきた。

「やめなよ、そのうち刺されるかも。」

 無視、無視。・・・徹底無視。

 コイツとの会話は今は避けるべき。

 満積した疑問を押さえて耐える。

「筆記用具とか教科書は?ちゃんと勉強しないと単位取れないんじゃない?」

「うるさいッ!私に構うな!!」

 ――しまった、つい喋ってしまった、しかも授業中に大声で

 周囲が騒然とし、こちらを見る

 数学の教師が注意しマリアが「何でもありません。」と軽く謝る。

 「なんでもないわけないよな。」周りが興味深そうにこちらを見ている。

 他人に見られている以上、喋る気はないのに

 一度、口が開いてしまうと堰を切ったように勝手に二言目も出て来てしまう

「何で私に構う?、いくらなんでも・・・分かるだろ、周りから私がどう思われてるかよ〜?
 それが分からない位バカの学校に居たのかお前?」

 自分でも意外と長い二言目だった。

 対するマリアもそれに答える。

「興味がある、嫌われてるのも知ってる、なんだか似てるんじゃないかって、それだけよ
 あと私の前の学校の偏差値は高い方。」

 見事に質問内容に忠実に答えた。

「からかってるんじゃあないだろうなぁ、あぁ?」

 ハッとしたような顔をするマリア、額に人差し指を当てて

 ほんの少し考えるポーズを取った後私を指差す

「きっとそれが一番の理由かも。」

 思わず殺意が湧いてしまった。

 悪びれず「からかってるのが楽しい」宣言

「私の前に・・・お前が刺されないようにするんだな。」

 また軽く笑って授業内容を聞くマリア

 喋る気もなかったのに会話までしてしまった

 しかし好意と呼べるものが自分にはまるでなかった

 むしろ魂に黒いものが無限に増殖していく。

(嘗めやがって・・・・!)

 唇が切れるほど強く噛んでその怒りを押し殺していた。



 5時限

 たった2日でマリアの存在感はクラスにとって結構な大きさになっていたが

 女子から人気の篤い『緑川』と仲良く喋っている事で

 その事に快く思わない者も多くいた

 体育の授業、私はいつも通りサボって教室に残っていた

 面倒くせぇ、と口では言ってるが、実は私は喘息持ちだったりするので

 下手に運動すると発作が起きてしまう

 そんなことになったら、周りから嘗められるのは目に見えてる

 隣の教室のセンコーの声が時折聞こえる、それ以外に教室の入ってくる音は何もなかった

 まだ授業の途中、3人組が教室に入ってくる、同じクラス

 授業の途中に何しにきたのか?

 3人の名前は・・・・・ええと忘れた。

 面倒なので二人は「チビ」と「デカイの」で区別している

「月島、アンタ、蒼野にいいようにされたんだって?」

 「デカイの」が言う。

 蒼野?ああ、マリアの苗字だったっけ。

「プ〜ッ、実はもしかしてケンカよわ・・・」

 「チビ」が言い終わらないうちに殴った

「なんだって?」

「ゴ、ゴメン・・・」

「悪ィ悪ィ、サヤ、私達はアンタとおしゃべりに来たわけじゃあないんだよね。」

 3人組のリーダー格が萎縮した「チビ」を押しのけて喋る

 こいつの名前は覚えている、「黒沢」、苗字だけしか知らないが

 私にしてはよく覚えてる方

「アンタも蒼野の事どう思う?」

 ニィ・・・と笑う、黒沢は空手、それもフルコンタクト(直接打撃制)の黒帯を所持していて

 中学の時、全国大会に出る程の実力だった。

 高校に入ってからも空手は続けているものの大会には顔を出せないでいる

 ケンカで女生徒を病院に送ったのが原因

 空手の突きで鼻の骨と胸骨を折ったらしい

 男子にも勝てるのが何人いるかどうか・・・

「なぁ〜、どう思う?」

「ブッ殺してやりたい。」

 私は素直に答えた。

 実際、黒沢ならそれが出来そうな気もする。

「だろ?直接やってもいいけど、今年の夏の大会にも出られなくなるし〜。」

 絶対大会を「ストレス発散場」にしているセリフ。

 去年出場できなかった分が溜まっているのだろう。

 対戦相手はさぞ痛めつけられて気の毒になる。

 素直に一本勝ちにしてもらえるかどうかすら怪しい

 中学の時優勝できなかったのは、反則である顔面への攻撃が原因と言われている

「で?どうすんの?」

 直接じゃなければどうするのか、何となく予想はついているが一応聞く

 すると「デカイの」はマリアのブレザーを持って、それを空に投げた

 それをカッターナイフで切り刻む。

「あ・・・お、おい、それは・・・」

 あまりに無残で、つい言ってしまった。

「どうせ数日すればウチの制服になるだろ、どうせゴミになるんだ、手間が省けていいんじゃねーの?」

 床に落ちたブレザー・・・の残骸を踏みつけながら黒沢は嗤う。

「私はアンタに手は出さない、アンタは私達の事は言わない。
 ギブアンドテイクってやつ?」

「元々・・・そんな事言う気はないけど・・・それ、脅してんの?」

「そんな気はないけど、言わないならいい」

 黒沢は私の胸に拳を軽く当ててそう言った。

「それより、早く校庭に戻るよ。」

 そういうと3人組は足早に教室を出て行った。

 また教室は私一人になった

「フン・・・バカめ・・・」

 床に切り刻まれたブレザーを見て私は呟いていた。

 程なくしてチャイムが鳴り、教室内にいつもの風景が戻る

 すぐに生徒の一人が異変に気づく 「ああ、なんだよこれ・・・ひでぇ〜。」

 男子が床に落ちたブレザーを発見する。

 誰の制服かなど一目瞭然だろう、そして容疑者も

「お前か?」

 男子の一人が怒りを露にして私に聞いてくる

 男って奴は善悪が絡むと途端にやる気を出すから疲れる

 そういう女も昨日転入してきたっけ

「おい、なにか言えよッ!!」

 完全に疑われている、動機アリ、アリバイなし、人望なし

 疑われない訳があるはずなかった。

「あれ?私の席の周りで、何かあった?」

 マリアが教室に戻ってきた、さて、どんな顔をするだろうか

 落ち込む顔が目に浮かぶようだった

「お前の制服が、見ろよ、ひでぇもんだ」

 まるでドラマの刑事のように

 男子は顎でマリアに事件現場を案内した

 異常を知りながらも表情も変えずそれをみる、すぐ視線を私に移す

 目が合う、こいつの表情が崩れていく様を見たかった、もしくは殴ってくるか

 犯人として誤解されている事など私にはさほど問題でもなかった

「これじゃ風通し良すぎるんじゃないかな。」

 虚勢か本気か、ともかく表情を変える事もなくそう言い放つ。

 むしろギャラリーの方が怒り心頭の様子だ

「おい、月島!」

 やはり刑事ドラマを意識してか、男子の一人は机を思いっきりたたき私に脅しかけて来る

 っていうか、犯人は私じゃないんだけど。

 無反応の私に、いよいよ堪忍袋が切れたのか、拳を固める。

 す・・・とその拳を柔らかく抑える手が出た、マリアだ。

「女の子に暴力はよくない。」

「だけど・・・」

 ポンポン、と男子の肩を叩く

「いい、私が話しつけるから。」

 埃でも払うように観衆を散らしていく

 観衆は私を睨みながら、それぞれ次の授業の準備を始めていた。



 6時限目、通常私はこの時間まで学校に居ない

 実際前の体育の時に帰る気であったのに、そのタイミングを3人組に奪われた

 さすがになれないとこの時間は眠い

 睡魔に対抗するでもなく、私は机に頭をつけて眠りの予備段階

 眠りに適した姿勢をあれこれ模索する作業に取り掛かっていた

「月島さん、犯人誰だと思う?」

 話しかけんな、眠いんだよ、と心の中でつぶやく

 大体犯人が誰も何も、私以外の誰を疑う余地があるのだろうか

 3人組がここに来て戻るのに5分間程度

 まさかそいつらを監視していたわけじゃなし。

 考えたせいで眠気が一旦引いてしまった。

「怒らないのかよ、お前。」

 ちっとも表情を変えないのが不満だ、一応聞いてみる。

「だから、その怒る相手を探してるんだろ。」

「私ぃ?」

「そうなのか?」

「さぁ?」

 頭は机につけたまま、私は応答した。

 怒る相手を見つけるまで怒らない、ストレスの溜まりそうな選択肢だ

 仮に私だ、と言えば今度こそ、昨日見せた武道の腕を私にかけて見せるか?

 私じゃないといえば・・・こいつを含めた大勢の質問攻めが待っているだろう

 どちらもゴメンだ・・・ここはコイツにストレスを溜めてもらうのが

 私にとってのベストな選択だろう



 ああ、それにしてもこいつがいると寝るとき窓際しか向けないじゃないか。

 今日のベストな居眠りの頭の位置は教室側なのになぁ・・・・