朝は4時に起きる

 勿論眠いので勘弁して欲しいとも思うが

 新聞配達のバイトがあるのでサボるわけには行かない。

 終わってから学校に行く

 この学校でも生徒の中では誰よりも早い登校だ。

 一人で静かな教室は眠い、否、寝よう

 朝の肌寒さの中まどろむ意識の中、教室に誰か入ってきた

 昨日の月島さんの被害者だ

「おはよう。」

「あ、お、おはようございます!」

 優等生っぽく見えるだけあって、早い登校。

「早いね・・・そうだ名前は?」

「渡辺 茜です。」

 わたなべ あかね、クラスメートを一人覚えた。

「渡辺さん、昨日は騒動に巻き込んですまなかった。」

 まさか初日から人を投げる羽目になるとは自分でも思ってなかった。

 渡辺さんは、笑顔で首を振る「とんでもないです〜。」と言った風貌である

「蒼野さん、何か武道を習っていたんですか?」

「ああ、合気道を、塩田剛三に憧れて。」

 塩田剛三・・・身長155p、体重45sと身体的には

 女の子のステータス(それどころか自分より小さい)でありながら、神がかり的な強さの合気道の達人

 暗殺されたケネディ大統領の著書によれば、190p100sのボディガードすら手も足も出なかった程とある

 私は小さい頃からそれに憧れているのだ、周囲に男が多かったからかもしれない。

「それにしても・・・この席って大変じゃないですか?」

 渡辺は達人の事は知らないのか話を変える。

 問題を起こさない事と彼女に興味があるというのは矛盾した行為だろうか。

「大変・・・そう?
 彼女そんなに悪い奴には見えないんだけどな。」

 はぁ?と、知恵遅れの人間を見る顔で渡辺が反応する。

「蒼野さんは昨日来たばかりだから分かってないんですよ・・・!」

 まさにその通り、ついでにアンタの事も分からない。

「今まで散々色々な目にあったのね。」

 そう言うと渡辺は月島さんに関する事というより

 彼女から受けた嫌がらせを2,3通り語った

 どれも直接的ないやがらせ、いやちょっかいに近い

 冗談で田んぼに突き落とした事あったけど、笑いで済んだ記憶がある

 自転車泥棒とかそういうのよりかわいい

 と思ってしまうのは、自分の性格故だろうか。

「へーぇ、ひどいねぇ・・・
 それでなんでやり返さないんだ?、昨日会ったばかりの私に事情を話すより、先生に言えばいいじゃないか。」

 冗談でも本気でもやられればやり返せばいい、人望は渡辺さんが上だ、どうにかなるだろ。

 と、軽く考える

「私は転入生なの、あんまり今は派手に目立ちたくない、報復は自分でしな。」

 本当に目立ちすぎたと自分でもショックを受けている位だ

 出る杭は打たれると言う言葉は好きじゃないけど、モノには限度がある

 渡辺さんはしばらく考え込んでいた

 生徒もいつの間にか数人増えていて、朝の肌寒さもいつの間にか消えていた  



「緑川 秀一」

 彼が学校で最も人望に篤い人らしい

 問題を起こさないようにするには、やはりそういう人間の助力あってこそ

 幸いな事に彼からこちらに話しかけてきた。

 昨日からの質問攻めに辟易している、こちらから質問したい気分も手伝った

「なぁ・・・私、問題起こして退学にされちゃったんだけど
 こう、上手くみんなと仲良くする方法ってないかな?」

 転校生なんだよ〜不安なんだよ〜、と言う素振りで

 いきなり回答に困る質問をして見る。

「ええ・・?そうだね・・・まずは・・・愛想とか?
 やっぱり笑顔が良いと思う。」

 笑顔・・・、今度はこっちが回答に困る番。

 この場合「作り笑い」、それが私は大の苦手だ

 自分がやるのを想像するだけで怖気がする、

「別に今楽しくも嬉しくもないんだけど・・・
 笑顔なのか?それって嘘ついてるって事じゃないのか?」

 できればこの方法は避けたい気持ちが働く。

「うーん、嘘もホントもどっちでもいいじゃん、相手が快くすればそれで。」

 緑川はそう言うが納得はしなかった

「どうやって笑い顔作るかサッパリだ、無表情はダメなのか。」

 表情というのは自然に出るから意味がある、と私は思っている

 映画で見た事だが武士の世界では下手に笑うと「貴様、俺を愚弄するか。」と

 争いごとになるからダメだとあった

 怒っていれば誰もよらなくなってしまうし、悲しみの顔は嘗められる

 だから「ボーっとした顔」が最もいいとかなんとか、

 そんなことをふと思い出した。

「僕は無表情より笑顔がいいけどな・・・とりあえずやってみてよ。」

 相手がわざわざ回答を提示している以上、やらないといけないような気分になる

「物は試しだ・・・やってみよう。」

 私は記憶の限り笑顔を思い出し、表情筋に力を入れる

 それを見た途端、緑川は体を強張らせ、うつむいた

 どうやら笑いをこらえている様だ

「も・・・もういいよ・・・分かった。」

「正直に言ってくれないか?ダメなのか?」

「・・・そういうレベルじゃない・・・・ぷっ、あはははははっ。」

 どうやら物凄く変な表情になっていたみたいだ。

 そこまで私の顔は固いのか。

「要練習だね、鏡見ながらやったらどう?、こうやって首を軽く傾けるのがポイント。  後は嘘でもいいから相手の気持ちで答えればいいんじゃないかな。」

 緑川は満面の笑みを浮かべて言う、私にはとてもウザいが、この笑顔は私にはできそうも無い

 都合がいいからと嘘もつくのもなんだか苦手だ。

 どうにも、問題を起こさない人間になるは遠い道のりがあるみたいだ。

 月島さんには無視されてるし

 とりあえず笑顔は練習してみよう・・・一人で。



「・・・蒼野さん。」

 渡辺さんがふいに話しかけてきた。

「あれ?渡辺さん、マリアさんに何かあるの?」

 呼ばれた私より先に反応する緑川、

 それよりも昨日喋ったばかりなのに名前で呼んでる・・・それも愛想とかの一種なのか?

「さ、さっき・・・あの、さっきも月島さんがちょっかいを出してきて・・・その。」

(助けろって事か?朝にも言ったんだけどなぁ。)

 さっさと会話を閉じようとした

「あの人が?、話には聞いてるけど全く・・・
 ・・・分かった、僕が先生に伝えてくるよ」

 緑川が割って入ってきて、会話は再接続された

「やめなよ・・・そういうのは渡辺さんがやる事だろ。」

 会話の再切断。

 どっちみち、緑川が先生言った所で、無意味。

 既に先生も見ていないだけで知っているわけだし

「でも、そういう勇気って結構出ないもんだよ。」

 緑川が優しい、ホットコーヒーのあったか〜いのような優しさで

 渡辺さんの味方をする。

「だから、目の敵にされるんだろ?ムダムダ、無駄だね。」

 対する私は「つめた〜い」の領域か。

 分かっていても、本音を喋るのが自分流だ

 明らかに落ち込む渡辺さん

 それを見過ごすほど、目の前の男は抜けてはいなかった

「渡辺さんが落ち込んだじゃないか、マリアさん・・・
 せっかく頼りにしてるんだし、何か他に言った方がいいんじゃないの
 さっき僕が教えたでしょ。」

 教えて貰った「緑川流」は「嘘も方便」「笑う角には福来る」

 この二つだ、当然前者を選ぶ

 例え後者が正しくても前者を選ぶ。

「・・・ったく・・・じゃあ渡辺さん、こうしよう。」

「は?」

「貴方が月島さんに、ちゃんと向かい合って、話でも・・・ケンカでもいいけど
 それが出来たんなら、協力しない事もない(多分)
 理由は・・・分かるよね、私は矢面に立ちたくないんだ(本気で)。」

「・・・・・・・。」

「わかったら席について、彼女来るよ。」

 渡辺さんは脱兎の如くこの場から離れた

 この調子だと私の言う条件を達成するには

 奇跡と言う確率になりそうだ。

 どっちにしろ自分の事は自分で頑張ってもらうしかない。



 ―勉強は嫌いだが、休み時間と運動と飯は大好きだ。

 5時間目、体育のバレーボールでも、スキーでも、ボクシングでも体を動かせれば何でも好き

 問題と言えば体操服がまだないので

 ブレザーを脱いだ以外、スカートにYシャツのままだと言うことだ。

 スカートの下が見えてしまうのは避けるため派手な運動は出来なかった。

 飛んでくるボールに全力をこめてアタックをしたいところを

 相手に優しくボールを返すだけに留めるのは

 好きであるが故に不満が溜まる事だった

「これが不完全燃焼と言うやつね。」

 イマイチスッっとしない気分で教室に戻ると

 自分の席に人が集まっていた

 床に私のブレザーらしき物が落ちている、それは見事に切り刻まれていた

 そして犯人ならぬ、容疑者が彼女、状況は分かった。

 男子の一人が月島さんを問いただしている

「あれ?私の席の周りで、何かあった?」

 何があったのかは既にわかってはいるけど、もしかしたら誤解をしてるかもしれない。

「お前の制服が、見ろよ、ひでぇもんだ。」

 そんなのすぐ気づくってば、

 今は何らかのリアクションが必要なんだろう

 私のリアクション次第では多分月島さんはひどい目に合う

 大体、犯人の確定は出来てない

 疑わしきは罰せず「見」だ。

 前見た映画で痴漢の冤罪をテーマにしたものがあったが

 物事の真贋は人の感情やイメージで良いように変えられる

 やっぱり余程イメージ悪いんだろうな、月島さんは。

「これじゃ風通し良すぎるんじゃないかな。」

 「緑川流」のリアクションで少し笑顔を意識してみたが

 ガラスに映った顔を見た限り、見事な無表情だった

 その顔から「強がっていてもショックを受けている。」と受け取られたのか

 雰囲気が悪くなったように感じた

 自分の表情の下手さの方がショックであった

(普通に「どうせ明後日捨てる予定だったから気にしてない。」と言えばよかった。)

 緑川流はあいつの流派で自分には不適切だった

「私が話しつけるから。」

 男子が殴りそうになったりしたが  冤罪は怖いので、この場は私が収拾をつける事にした

(月島さんの事だから聞いても何も言わないよな。)

 そう思いながら

 案の定、6時限目に聞いてみるもやはり適当に流されるだけだった

 わざとこんな事してても楽しくないと思うのに。

 何の理由がひねくれさせてるのか

 疑問は私にとっての興味にどんどん変わっていた。

 血液型は関係ないと言うけど、B型らしく興味関心が私の行動の資本。

 ブレザーは義母に言うと悲しむので、捨てておこう。

 財布は肌身に持って置いて正解だった。

 後は犯人の特定でも気長にやろう。

 転入2日目も問題山積みで終了した。