今日は早めに学校に着いた

 いつも早い方ではあるけど、今日はそれより10分は早い

 まだ誰もいないだろうと教室に入る。

「おはよう。」

 空耳かと思ってキョロキョロする。

 教室の隅に蒼野さんが静かに佇んでいた。

 挨拶の準備をしていなかった為、上手く声が出ない

「あ、お、おはようございます!」

「早いね・・・
 そうだ名前は?」

「渡辺 茜、です。」

「渡辺さん、昨日は騒動に巻き込んですまなかった。」

 すまないなんてそんな、むしろもっとやって欲しかった位だ。

「蒼野さん、何か武道を習っていたんですか?」

「ああ、合気道を、塩田剛三に憧れて。」

 塩田剛三って誰だろう、今度調べてみよう

 この人の近くにいればきっと月島彩は私に近づけない

 この人と友達になれれば・・・。

「それにしても・・・この席って大変じゃないですか?」

 昨日見ただけでもいざケンカになれば、蒼野さんが負けるなんて事はないのはわかる

 でも嫌がらせなんていうのは影でいくらでも出来る

 そうなったら、武道をやっていてもあまり意味はない

 そう純粋に心配していた。

「大変・・・そう?
 彼女そんなに悪い奴には見えないんだけどな。」

 そんなに悪いやつには見えない―――?

 私の月島彩に関する記憶が一斉にフラッシュバックする

 半年前後の記憶を並べて、悪い人ではないという結論に至るような記憶を探す・・・

 ・・・皆無、全くない。

 自信を持って反論した。

「蒼野さんは昨日来たばかりだから分かってないんですよ・・・!」

 思わず握りこぶしを作っていた。

「今まで散々色々な目にあったのね。」

 その言葉を受けて、私は彼女が味方になってくれると期待した

 今までにあったいじめや嫌がらせの中でも

 特に痛い目に会ったものを、2,3話す、同情を誘う為に。

 もしかしたら報復してくれるんじゃないかと言う期待をこめて

 しかし、蒼野さんの反応は冷たかった。

  「へーぇ、ひどいねぇ・・・
 それでなんでやり返さないんだ?」

 そんなのやったら何倍で返されるか・・・・

「昨日合ったばかりの私に事情を話すより、先生に言えばいいじゃないか。」

 冷たい・・・言いかえそうにも、上手く言い返せない

「私は転入生なの、あんまり今は派手に目立ちたくない
 報復は自分でしな。」

 ショックだった・・・私の持ったヒーロー像は次の日の早朝から崩れかけていた

 もうここは、気落ちしたまま、自分の席に戻るしかない。

(抵抗といってもなぁ・・・)

 ケンカの経験もなく、運動オンチの私にとって

 想像内で抵抗したその結果はあまりに見たくない光景だった



 休み時間、私はトイレで考え事をしていた

 何だかんだいって、頼れそうなのは蒼野さんが最有力

 男子や先生に言うのは気が引ける

 私立みたいにサクッと停学や退学にしてくれるならいいのにな・・・。

 その時だけ、叱ったところで、学校には来るのだ、それじゃあ意味がない。

 加害者はいちいち姿も見せなくても出来る。

 一人で悩むだけで結局いい打開策など見当たらないまま

 トイレから出ようとする、あと3分もすれば次の授業だし・・・。

(しかしボロだよね、このトイレのドアは・・・)

 ギィギィと不快な音を立てるドア

 その先の視界に映ったものを見て

 私はもう一度トイレに篭りたくなった

 月島彩がいたのだ。

「あ・・・・・・。」 

 体がまた鉛のように沈む

 もう授業も始まる前だから、今更トイレに来る人は少ない

 間違いなく何かされる・・・最悪だ・・・なんでここにいるんだよこいつは。

「昨日は・・・気分が良かったか?ああ!?」

 私の襟首を掴んで凄む。

「・・・・・・・。」

 昨日は気分良かったよ、本当に。

 とは間違っても言えない

 私が何も言えないでいると、そのまま突き飛ばされた

「アイツ・・・マリアに助けてもらうんだな。」

 壁に背中をぶつけてちょっと痛いが

 それより、相変わらず自分の近くに立っている月島の存在に気が向っていた

 やっぱり蒼野さんに助けてもらわないとダメだ・・・。

(ど・・・どうしよう・・・)

 顔は伏せたまま目だけ動かして周囲の様子を見る

 案の定誰も助けに来る様子はない。

 洗面台の鏡には月島彩が移っていた

 顔を少しづつ動かして、鏡のアイツの顔を見ようとする。

 今まで表情すら見る事はなかった、どうせしてやったりの笑顔だろうけど・・・

 鏡に映った事実は・・・今にも泣きそうな顔をしている

 私よりハッキリとそんな表情をしている。

(あんな顔して・・・なんで・・・?)

 そんな些細な疑問はチャイムでかき消された

 月島彩はその場から立ち去って教室に戻っていった

 すぐに自分も立って手を洗う、もう授業中

 先生が来る前に教室に戻ろう。

 あの表情はきっと私の見間違いだ、そんなに視力よくないし

 きっとそうに違いない



「蒼野さん。」

 私は彼女に話しかけた、「緑川 秀一」という学年でも人気の高い美形というより

 かわいい顔の男子と話している。

「あれ?渡辺さん、マリアさんに何かあるの?」

 緑川君が何か勘付いたのか代わりに聞く

「さ、さっき・・・あの、さっきも月島さんがちょっかいを出してきて・・・その。」

 もう一度頼ってみる、蒼野さんは表情も変えず黙っている  むしろ会話を邪魔されたのを怒っている風にも見える

 代わりに緑川君が答える。

「あの人が?、話には聞いてるけど全く・・・
 ・・・分かった、僕が先生に伝えてくるよ」

 緑川君は優しくそういってくれた、しかし

「やめなよ・・・そういうのは渡辺さんがやる事だろ。」

 蒼野さんがそれを止めた、今度こそ理想像が壊れた

「でも、そういう勇気って結構出ないもんだよ。」

 すぐにフォローしてくれる緑川君

 そうそう、それが難しい、よくわかってるなぁ

 だからモテるんだろうな・・・。

「だから、目の敵にされるんだろ?ムダムダ、無駄だね。」

 まるで、私なんてどうでもいい、月島彩を擁護するようなこの態度

 言うんじゃなかった・・・・こんな事

「渡辺さんが落ち込んだじゃないか、マリアさん・・・
 せっかく頼りにしてるんだし、何か他に言った方がいいんじゃないの
 さっき僕が教えたでしょ。」

 緑川君は蒼野さんを説得する、何を教えたんだろう・・?

「・・・ったく・・・
 じゃあ渡辺さん、こうしよう。」

「は?」

「貴方が月島さんに、ちゃんと向かい合って、話でも・・・ケンカでもいいけど
 それが出来たんなら、協力しない事もない。
 理由は・・・分かるよね、私は矢面に立ちたくないんだ。」

「・・・・・・・。」

「わかったら席について、彼女来るよ。」

 体を硬直させて急速反転する、廊下に月島の影が見える

 私は急ぎ足で蒼野さんから離れた

 交渉の結果はアレに面と向かって話をする事が条件、難しいというか

 絶対怖い、もしかしたら本当に私刺しそうかも・・・・・・

 協力は無しと言われたに等しかった。

 そして、その条件の厳しさを更に身にしみたのは5時間目の休み時間

 蒼野さんのブレザーが破切り刻まれたらしい

 険悪な雰囲気の為教室前の廊下で事を眺めていた

「犯人ってやっぱり・・・」

 友達がそういわなくても分かってる

 体育の授業でずっと教室にいたのはアイツしかいないんだし

 事態を見て今こそ蒼野さんが怒ってくれるのを期待したが

 いつまでたっても怒らない

 それどころか怒った男子を止めて追い払ってる

 もしかして彼女もまた報復を恐れているのだろうか

 だとすれば、力もない私は問題外

 その上、月島彩は下手に抵抗すれば

 ネチネチと見えないところから嫌がらせをしてくるというのがこれで確定的になった

 昨日とうって変わって私は絶望的な気分になっていた・・・・・・。