7月も終わる頃

 私にとってただ長いだけの夏休み。

 今日も図書館で本を読んだりぼーっとしていたりしている

 ここでは夏の日差しも、暑さも感じない、いつでも同じ環境。

 その上店と違って何時間いても咎められる事は無い

 図書館の端の柱で目立たない位置の机が私の指定位置だった

「今日も居るんですね、月島さん」

 茶髪気味の眼鏡野郎のストーカーが今日も居る、特に喋ったりはしないが鬱陶しい

「ここ座ってもいいですか?」

「・・・。」

 一睨みして追い払う

 例の男はすごすごと別な所へ移動した

 ストーカー男だけあって殆ど毎日ここに来る

 私もここに毎日いる事になるが……。



 夏休みは嫌いだ

 意識に膜が張って行くようで、生きていると言う感覚が次第に鈍くなっていく様

 緩やかに死んでいくような感覚

 学校も辛いし好きじゃないけど

 多分そのほうがマシ…いっそ苦しみの方がよっぽど…。



 時間だけが進んでいく、いつのまにか本もページが進んでいる

 ただ情報が流れていくだけ、きっとこういうのは何かをする為に

 行動したり、造ったりする為の知識。

 確たる目標も何もない私には文字の集合体にしか見えない

(目標……夢…)

 どうしてだろう、明日の事以上を考えるとため息しか出ない

 そうして湧いてくる苛立ちすらも、この緩慢な空気の中で消えていく



 27日

 今日も静かな館内の端で本を読もうと

 適当に本をとる

 既に茶髪の男も居るが、勿論無視の一手だ

 いつもの席に向う

 ……が先客が居た

 セミロングの癖毛で妙に姿勢がいい、やや大きめで同じ年くらいの・・・

「おっ?サヤ、久しぶり〜、夏なのに長袖?大へ…」

 へんなものを見た、みなかった事にして別な場所に移動しよう…。

 そっぽを向いた私の前に別の人影が往く手を阻んだ

「あ、彩、おはよう。」

「あ……。」

 茜・・・?なんで・・・何で?

「前に図書館かコンビニくらいしかいけないってサヤが言ってたろ?
 まぁ、大体この辺かなって目星をつけたんだよ、
 それにサヤって端っこ好きだろ?この席かなぁってさ。」

 後ろからマリアが読心術を使ったような完璧なタイミングで疑問に答える

 それより、何で茜までここにいる?

 どう見たってこの二人、行動を共にする程仲良さそうには見えなかったが

「私は別にここに来るつもりじゃなかったんだけどね。」

 茜が言う、頭の中で色々質問が浮かんだが

 あまりに長い間喋っていなかった為、声の出し方すら忘れて

 おまけに今まで眠っていた意識も急に起こされて混乱し

 言いたい事はすべてどもって口には出なかった

「これから空手の大会を見に行くっ・・・ていうか
 黒沢が来いって言うから行くんだけど、サヤもどう?」

 空手の大会・・・?

 茜は・・・山何とかって奴目当てってことか?

 私は関係ないはずだけど・・・?

「早くしないと始まるんだけど、蒼野さんが勝手にここの駅で降ろすんだよ?
 勝手だよねぇ・・・。」

 呟くように茜が愚痴をこぼす

 そこには非常に同意できる

「今から行けば十分間に合うよ、サヤもほら。」

 流れを無理矢理断ち切るマリア。

 ほらと言われても困る、それに外には長時間居られない

 明るい真っ白な外をしかめ面で見る私に構わず話を進める

「日差しだったらここからタクシー使って電車乗って・・・、
 駅から会場までまたバスで行けばいいんじゃない?」

 バスは通学に利用しているが

 タクシーや別の街のバスのような

 いつもと違うものはなんだか不安で乗る気が起こらない。

 やろうと思えばできる事だけに「行かない」と言うのにも躊躇いが出る。

「蒼野さん、もしかして交通機関わざわざ調べたの?」

「一応、もうタクシーには電話しちゃったし、断っても連れて行くつもりだけどね…。」

 こちらに拒否権を与える気はさらさらないようだ。

 茜に視線を送ってみる。

 そもそも断る気力も、頷いて賛同するような気力も私には最初からない

「・・・まぁ、彩もたまにはいいんじゃない?」

 川に流される葉の様に、ふらふらと二人についていく事にした。



 出来るだけ図書館の出入り口近くに止めてもらったタクシーに乗り、歩いてもすぐ近くの駅まで向う。

 後部座席に三人、私は真ん中になってしまった。

 何処に目をやればいいのか、妙に落ち着かない気分だ

 茜の横顔を見る、なんだか眠そうだ、夏休みは朝寝坊しているのだろうか

「・・・・・・ぅん?」

 茜が気付きゆっくりこちらを見る、私はとっさに目を背けた

 マリアの方は・・・

 マリアは人の腕に触れて不思議そうな顔をしている

「サヤ・・・体が冷たいんだけど、大丈夫か。」

 冷房で冷えただけなのだろうが、言うのも面倒だ

「実は猫も連れてきた・・・・」

 ポツリと声が届く

 ついマリアの方を振り向く、しかしマリアはどう見ても手ぶら。

 何処に猫が、マリアの顔を窺うと、いつもの不敵な笑みをこぼし

「ふふ、それはウソなんだけどね
 それにしてもやっとこっち振り向いた・・・。」

 だまされた・・・・・・・・

 改めて正面を向きなおした私は

 駅に着くまでその状態で硬直していた





 電車やバスを乗り継ぎ大会の会場に着いた、

 外からでも人の喚声が聞こえる

 中にはいってみると想像よりは人の入りが少なく、少し安堵する

 しかし、図書館の冷房や家の倉庫部屋の冷風機に慣れている私にとって

 外よりも暑いこの館内は想像の外の暑さ。

 早くもクラクラしてきた

 とりあえず観客席に向う途中、道着を着た黒沢に会った

「おっ、マリア・・・来てくれたのか。」

 そう言いながらも目は私のほうを向いている

 来るとは思ってもいないだろう、私だって何故ここに居るのかがわからない

「・・・でなんで月島がここに?、幽霊になって化けた?」

 私に聞いても答えない事を知っている黒沢は、それをマリアに聞く

「クロは失礼だな・・・ちゃんとこうしてさわれるぞ。」

 私の額をぺちんと叩いてマリアが答えた。

 どっちが失礼な奴だ・・・。

「まぁいいや、ちゃんと応援しろよ。」

 それにしても黒沢は道着が似合う

 似合うというより存在感があるというのが近いかもしれない

 よくオーラとか言うけど、私はそういう場合「重さ」を感じる

 宙にふわふわ浮いてかすれた様な冬の雲と、輪郭のはっきりした夏の岩

 なんだか羨ましい



 茜はクラスメイトである黒沢他、全員に眼中はなく

 既に観客席に座って山吹って奴を観察していた

 別段見る事もなにもない私は茜の席の隣に座る、今度は館内の隅っこだから気が楽だ

 できるだけ目立たないように暑いのは我慢して帽子もかぶる。

「やっぱりかっこいいよねぇ・・・彩もそう思うでしょ?」

 完全に陶酔しているようだ

 私としてはどうでもいいが、そう言うと怒られそうなので

 適当に相槌を打つ

「空手のルールって知ってる?」

 茜が知るわけもない私に聞く

 今度は首を降る

 すると後ろからマリアがぬらりと身を出して

「顔面無しだったかな・・・後は実践式のフルコンタクトだったはず、
 防具つけてないから硬式じゃないだろうな。」

 合気道をかじってるのか真面目にやってるのか知らないが、流石にその辺は詳しいようだ

 硬式?野球みたいに軟式があるのだろうか・・・。

「まぁ・・・クロの場合それは好きじゃないとか言ってたけど・・・。」

 あいつは人を殴るのが好きで、むしろ好きだと公言している

 かなりの危険人物の割には周りに憎まれる気配がない

 いや、敵に回しても損するだけか?

 マリアは適当に空手のルールを説明すると、体を戻し、私の後ろの席へ座った

 既にあちこちで試合が始まっているが、ちゃんとマリアの話を聞いていなかったので

 蹴りあいをしている風にしか見えない、なんかポイントがあるとかしか覚えていない

「ぃやぁ〜・・・痛そう・・・これ本気で蹴ってるの?山吹君大丈夫かな・・・?。」

 顔をしかめて茜がまた私に聞く、首を傾げる私の代わりにマリアが口を開く

「顔打たないから平気でしょ。」

 そういう問題じゃない

「あぁ〜・・・そ、そうだよね。」

 茜もそれで納得するのか・・・・訳がわからない。

 自分でも改めて気がついたことだが、人の殴り合いとか痛いのをみるのはどうも苦手みたいだ

 目を背けても、肉を打つ音が聞こえてくる。

 見てもいないのに頭の中で鮮明にイメージされていく痛みの画像

 背筋が寒くなってきた・・・

 やっぱり来るんじゃなかった・・・昼まで耐えられそうもない・・・。



 身を縮めて、こびりついたイメージの払拭に努めていると

 茜が肩に手を回して私の顔を覗いてきた

「彩・・・どうしたの?具合悪い?」

「いや・・・・大丈夫。」

 大丈夫でもないが、あまり心配されたくもないのでそう答える

「彩の「大丈夫」は全然信用出来ないんだけどねぇ・・・」

 茜は顔を遠ざけて試合のほうに体を向き直した、肩に手をやったままだ。

「・・・・・・・・。」

 なぜだか落ち着く

 さっきまでの背中の冷たい感覚も消えて

 穏やかな心地になっている

 手が置かれているだけなのに―――場所は蒸し暑いし、聞こえる音も耳障りではあるけど

 少なくとも夏休み入ってからこんな気分になったことはない

「何かあったらすぐに言ってよ?、勝手につれてきた蒼野さんがちゃんと家まで送るから。」

「え?私が・・・?」

 優しく茜が言う、そしてさりげなくマリアに毒を吐く。

 それはとにかく心地がいい、目を閉じると寝てしまいそうだ

 そういえば最初から閉じてたっけ・・・じゃあダメだ・・・





 ・・・・・・・

 遠くから声が聞こえる・・・

「おい、起きろ月島〜・・・。」

「彩〜・・・そろそろ重いんだけど・・・。」

 どうやら本当に寝てしまった、かなり熟睡していたようで目が開かない

 しかも横になって寝ていたらしい、ゆっくり体を起こす

「サヤ、昼食なんだけど。」

 声から察するに黒沢もいるようだ

 一息間を置いて、重たい目をこじ開ける

 少しおでこが痛い・・・きっとマリアの仕業だな

「普通ここで寝るか・・・何の為に来てるんだよ・・・?」

 黒沢がペットボトル片手に不思議そうに聞いてきた

 喉が乾いたな・・・。

 朝食も食べてないからお腹も空いた

 眠いのも合わさって思考がおぼつかない。

「大丈夫?気分が悪いなら医務室のベッドならあるけど。」

 聞きなれない低い声

 山吹って奴も近くにいたようだ、それどころか他の部員の奴も結構いる。

 人が寝ている間になんで集結してるんだよ・・・。

「あ、もういつもの不機嫌そうな顔に戻ったよ。」

 黒沢が少し残念そうに言う

 これだけ急に大勢に囲まれて機嫌がいいわけがない。

 一刻も早くこの場を抜けたい、弁当を買いに行こう・・・。

 立ち上がって場を離れると、マリアがついてきた

「弁当買いに行くのか?日差しきついよ?大丈夫?」

 大丈夫じゃない、立ち止まって手を顎に当てて考える

 見える範囲になにか店はないのか、かといって席には戻りたくもない。

 マリアは私の代わりに周りに店があるかどうかを確認する

「サヤでも行けそうなくらい近いのは、コンビニしかないな、
もう少し遠いところに弁当屋があるし、注文があれば私が買って来てあげるけど。」

 迷う事はなかった、コンビニでも十分だ



 弁当はマリアに奢らせて、会場の体育館倉庫のような場所で

 茜と3人で食事を取ることになった

 とにかく人目につかない所がいい

 気分的にドアも閉めて欲しかったが

 マリアがそれを妙に嫌がるので

 光も入ってやや開放的になっている

 黒沢達は部活動中と言うこともあってその中で昼食をとっている為ここにはいない

「彩のおかげで山吹君といっぱい話できたぁ〜。」

 茜の表情は緩みまくってとけている

 私の周りにいた部員達はいっぱい話をする位に長くいたらしい

 さっさと起こして欲しかったが、あの表情の前にそれは言えない

 買ってきたミネラルウォーターと共に言葉を流し込んだ

「でもなんであんなに集まってたんだ・・・気味が悪い。」

 どうしても腑に落ちなくて、口にも出た

「あ、喋った。」

 マリアと茜が同時に同じ事を言った

 考えてみれば今日まともに喋ったのは初めてかもしれない

 ふっ、と笑ってマリアが答える

「あんなに集まってたのはサヤが珍しかったからだよ。」

「珍しい?見慣れてるだろ、いい加減。」

 口調を荒げて返す、見世物扱いなんて。

 マリアはそれを淡々と返す

「今日渡辺さんの膝枕で寝てる時はそんな顔じゃなかったって事だよ。」

「え・・・?」

 茜を見て確認する、膝枕・・・?

 茜はサンドイッチを頬張りながら頷いた。

 私はだんだん恥ずかしくなってきて顔を覆って悶えた

「猫抱っこしてる時みたいにゆるい顔で寝てたよ。」

 マリアが追い討ちをかける

「やめろ、やめてくれ・・・」

 気を抜いて寝たばっかりにこんな事に・・・

「いいんじゃない?ほのぼのしてて・・・嫌われなくて済むし。」

「茜まで・・・。」

 もう帰りたくなってきた・・・

「渡辺さんと仲違いしてたのってなんだったんだ?
 いつの間に仲良しに・・・それが疑問なんだけど。」

 仲違いとはマリアらしい言い方だが

 仲が良いも悪いも・・・それは私には分からないし

 茜もきっとわかってないだろう

 何となくそうなっただけ

 だから不思議に感じてるのはマリアだけじゃない

「・・・何があったのか位教えてくれないのか・・・?」

 このまま答えないとずっと聞かれそうだと思ったのか茜が適当に答える

「謝ったからじゃないの?」

「誰が。」

「・・・・どっちも。」

「へぇ・・・・。」

 マリアはどちらも謝る状況を推理した

 ・・・どんどん顔が険しくなっていく

「そんな状況があるかよ・・・。」

 ついには自分のイメージに突っ込みを入れている

 完全に自分の世界に入ったマリアはそれっきり黙りこんだ

 静かで丁度いい・・・、放っておこう



 席に戻る頃には試合は再開されていて

 山吹の試合を見逃した茜は頭を抱えていた

「・・・黒沢の試合が次だけど・・・?」

 少しでも気を紛らせようと私は話題を探した

「それはどうでもいい・・・。」

 クラスメートとからどうでもいいという扱いを受けた黒沢がちょっと哀れだ

 少し拗ねているから、本当にどうでもいいとは思ってないはずだが

「渡辺さんのひどい一言より、サヤが人に気を使ってる事がありえない・・・
 本当に何があったんだよ。」

 ここにも頭を抱えている奴がいた

 まだ考えていた。こちらからは何も答える気はないけど。

「それは俺も聞きたいです。」

 3人の中に急に割って入った聞きなれた男の声

 茶髪気味の眼鏡のストーカーだ

 ここまでついてくるなんて・・・・・ストーカーと言う代名詞通りだ

 妙な奴が増えたとげんなりしてる私をよそに

 ストーカーにマリアが噛み付いてきた

「・・・図書館でもいたな・・・。
 やっぱりストーカーってお前か・・・お前だな。」

 マリアは無表情だが、いつもとは違う氷のような

 下手なこと言うと手加減せず骨を折るとでも言う様な、そんな雰囲気を漂わせている

 空手大会で合気道の試合をやる気か。

 その雰囲気を察したのか茜がストーカーに質問をする

「何で今頃?もうすぐ終わるのに。」

「今まで遠くから眺めてたんだろ。」

 マリアは犯罪の容疑者を見るような目をしている

 さっきまでののんびりした空気が既に懐かしい・・・。

「今頃来たのは・・・・わざわざ言わないといけないんですか?」

 私と茜はともかくマリアの為に言わないと自身が怪我する

 茜が手で「どうぞ蒼野さんに言ってください」とジャスチャーしている

 ストーカーは仕方なくボソッと呟いた

「・・・・・・・道に迷ってたんだよ・・・。」

 それまで冷たい表情をしていたマリアが少し気を緩める

 ここの場所はそんなに迷うような場所ではなく、人に聞けばすぐたどりつくはず

 もしかしたら極端な人見知りなのかもしれない、そうだったら少し親近感が沸くかも

「そうやって笑いを誘う作戦だな・・・。」

 しかしマリアはまだ懐疑の目を解いていなかった、しつこさはストーカーにも負けていない

「サヤも言ってやれよ、「さっさと帰らないと警察呼ぶ」とかさ。」

 言いたい事・・・一つだけある

「目立つからどっちも座ってくれないか・・・?」



 二人は同時に「ごめん」と言って私の後ろに並んで座る

 遠くから見たら仲良しに見えるだろうな・・・実際は今にもケンカしそうだけど。

 座った後しばらく誰も喋ろうとはしなかったが

 今のマリアに喋らせると怖い、あまり喋るのは好きじゃないけれど

 かなりの勇気を振り絞って自分から切り出してみることにした

「ええと・・・な、名前なんだったっけ。」

「えっ!?お、覚えてない・・・・・・・?」

 前に遭った事もあり、かなりクールな奴かと思えば

 一瞬すごい顔になった

「本当に、覚えてないんですか?」

 クールな顔に戻して聞き直す、本当に私は覚えていない

 名前に紫があった事だけしか覚えていない

 私を首を横に振った

「1年の紫原 一真です・・・。」

 うなだれて自己紹介した

 そういえばそういう名前だった

 どうにも人の名前は覚えられない。

 マリアはというと笑いを押さえきれないようで、肩が震えている

「それで・・・紫原君は何か部活動やってんの?」

 殆ど毎日私と同じく図書館にいる、当然帰宅部だろう、とおもいきや

「天文学部・・・・。」

 一応部活はやっていたようだ、かなりマイナーだが

 天体観測とかそういうのが活動なら、昼間に図書館にいても不思議じゃない

 夜に活動できる部活か・・・私でも出来そうだ

「双眼鏡とか持ってても怪しまれない為の工作だな・・・。」

 マリアはいまだ犯罪者だという疑いをかけている、意地でも犯罪とつなげて考えている

「別に何もしてないからいいんじゃない?噂によるとむしろ彩を助けたんでしょ?」

 茜はマリアと対照的にお人よしな意見を言う

「何かあってからじゃ遅いんだよ、渡辺さんはこれだから・・・。」

 マリアはやれやれ、というジャスチャーをする

 紫原と一緒に茜まで否定された

 茜は頬を膨らませてちょっと怒ってしまった

「マリアさんはああ言ってるけど彩はどう思ってんの?」

 視線が私に集中する、慌てて考える

「どうって・・・ええと
 天文学部って天体観測とかするのか?アンドロメダ星雲とか見るのか?」

 急に考えて答えた為質問を履き違えてしまった。

 天文学部についてなど誰も聞いていない

「え?まぁ、そうです、望遠鏡や赤道儀を使って観測や撮影を。」

「せきどうぎ?って何?」

 茜は学年成績トップクラスだけあってか分からない事にはすぐ質問してきた

 紫原はしばらく頭を整理してから喋った。

 マリアみたいにスラスラと喋れないらしい。

「星って長時間カメラを露出しないと見えない、暗いから・・・
 普通に撮影したら地球の自転の影響で星も動くから光の筋になって見えてしまうんですよ
 それでええと・・・星を追尾するようにしたのが・・・・赤道儀
 恒星の赤経と赤緯を調べる必要があるけど慣れればそんなに難しくないですよ。」

 説明を聞いてもイマイチどんなものかイメージできないが

 一応天文学部なのは間違いなさそうだ

 空手もよくはわからないが、天文学は更に専門用語が多そう

 活動が夜だからって私に出来るとは限らないのか・・・?

「月島先輩はあまり昼は外に出られないんですよね。」

 紫原が部に勧誘してきた、星を見るのは嫌いじゃないが  部活をする気にもならない。

 団体活動は想像しただけでうんざりする

「あ、別に部員にならなくても俺が教え・・・」

 紫原が言い切る前にマリアのチョップが飛んできた

 ついに手が出てしまった・・・これ以上は危険だ

「お前・・・調子に乗るなよ・・・」

 先ほどよりは攻撃的な気配が消えてはいるが

 間違いなく紫原に対して嫌悪感を持っている

 私から見れば結構似たもの同士に見える、勝手でしつこいという共通点が。

「ふう・・・・じゃあどうすればいいんですか、先輩。」

「さっさと帰れ、もしくは・・・。」

「もしくは?」

 マリアの事だからまた無茶な事を言い出すに違いない

 もしくはここで合気道で沈める、それくらいは言いそうだ

「今ここで告白して公認のカップルになるとか。」

 予想の斜め上を行った破天荒な提案に

 クールぶってる紫原も動きを止めて動揺している

 かくいう私もかなりショックを受けている

 紫原はちらっと横目で私の顔を見てから

「いや・・・無理でしょ、どう見ても嫌そうな顔してるし。」

「って事は嫌われてるってことじゃないか、さっさと帰れ。」

 マリアのさっさと帰れコールに対し

 紫原は立ち上がる気配は無い

 そもそも、ここで決定権を持っているのは直接関わってる私であって。

 マリアには無い、マリアも分かってるはずなのになんでああも突っぱねるのだろう

「夜なら行動できると思って・・・
 こんな昼間から無理矢理連れ回すよりよっぽどいいと思うんですが。」

「まだ言ってんの・・・?」

 紫原が食い下がる、どうせここで帰しても、図書館で会う羽目になる

 それに興味のないことじゃない、

 ここはいっそのこと、こいつの提案に乗ってみるのもいいかもしれない

「ええと、紫原だっけ・・・それはいつ?。」

 私がそういうと紫原は一瞬勝ち誇った顔をしたが

 咳払い一つして元に戻った

「いつでも・・・明日でもいいですよ。」

 落ち着いた振りをしているが、それは顔だけで結構分かりやすく喜んでいる

 反対にマリアは唖然としている

 もちろん私も一人で行くつもりは全く無いが

 多分こういえばマリアもついて来てくれそうな気がする

「サヤ・・・襲われるって、ダメだよ。」

 どうもついてくるより私を引き止めたいようだ

 やっぱり思惑通りには行かない

 一人で行く羽目になりそうだ・・・やっぱり断ろう

 その前に茜が動いた

「蒼野さんが何を疑ってるのか知らないけど、後輩君なのは分かってるんだしさ・・・
 暇だったら私も行こうかな・・・。」

 マリアよりも先に茜が話に乗ってきた

 さらにマリアと紫原の二人に言う

「準備するものって特にないよね?」

「あ、まぁ・・・特にないけど、俺が準備するから。」

「でも渡辺さん・・・こいつは・・・。」

「徹底的に調べた方がいいんじゃないの?疑うならさぁ。」

「う・・・、
 じゃあ私サヤについてく・・・。」

 紫原とマリアの争いは茜が制した

 勝手気ままなマリアに勝ったのは快挙だ

「じゃあ黒沢さんと山吹君も呼んでね、何かあったら困るし。」

「ええ・・・・?クロにも・・・?」

「俺犯罪者扱い・・・?」

 二人は困惑している、全てが茜の思惑に繋がっていた、恐ろしい・・・。

「ほら、彩、これから決勝戦だよ、まぁ優勝者は決まってるけどね〜。」

「あ・・・ああ・・・。」

 決勝戦が始まって私の隣ではしゃぐ茜と

 後ろで黙って座る二人の対比が面白い

 あまり仲良しとか友達って訳じゃないのが不思議な感じだ・・・・・・・





「ただいま・・・・。」

 ようやく帰宅、よろよろと部屋に戻る

 ただ座っていただけだが、あの暑さと慣れない場所のストレスは

 想像以上に体力を消耗していたようだ

 改めて自分のひ弱さが憎い

 一旦体調を崩すと1週間は続いてしまうからゆっくり寝てちゃんと食べよう

 今度の予定は明々後日の30日の夜・・・体力を戻しておかないと

 壁にかかっているカレンダーに適当に印をつける

 カレンダーに印をつけるのは初めてかもしれない

 30日の日付をじっと見る・・・・

(・・・・予定か・・・。)

 明日の事を考えられる

 下らない、小さな事かもしれないが昨日までとはまるで違う気持ちだ

 変わった連中のせいで私も変わってしまったのかもしれない

 今日は楽しかった・・・・・・・・・明日は・・・・・・