終業式のあと、私は教室で眠っていた

 みんなが帰った後、椅子を連結させてベッドにして。

 目を閉じるだけのつもりがいつの間にか本当に深く眠ってしまって

 外では結構な時間が過ぎていた

「いてて・・・」

 椅子の寝心地は悪く腰が痛い、時計を見ると2時間ほど経過していた

 サヤは結局起こしてくれなかったようだ

「やっと起きたか。」

 サヤが廊下からこちらを見て言う

 表情が柔らかい、多分渡辺さんとは上手くいったらしい

 意外と単純で、かわいい。

「さっさと起こしてくれよ・・・。」

 サヤは上機嫌らしく「ふっ」と一笑に付した

「一緒に帰る?」

 私がそう聞くと、ほんの少し考えるふりをして

「猫をちょっと見る・・・だけだからな。」

 と、日傘と日焼け止めを塗って外にでる準備を始めている

 そんなに早く会いたいなら起こせばいいのに

 サヤの考えている事は合理性に欠けてイマイチよくわからない

 私がまだ半分寝ぼけている間にも、さっさと外に出ていたので

 走って追いかけた



 帰宅すると、ちょっと見るだけと言っていたサヤは

 周りには目もくれず猫と戯れた

 ノドを撫でてみたり、膝に乗せてみたりしている、

 背中を向けているが、多分顔は緩みまくってにやついているはずだ

 動きでわかる、何となくコミカルでいつもの生気のないスローな動きとは違う

「サヤ・・・キャラが違うよ。」

「うるさいな、さっさと猫の食事の準備でもしてろよ」

 私の存在は無いものとされてるようだ

 白いの同士で仲がいい・・・

 ふと和んでいると疑問が湧いた

「なぁ、サヤは夏休み、どう過ごすの?」

 ロクに外に出られないとなると、40日もの間何をするのか

 友達少なそうだし、家族の話も聞いた事がない

「お前は?」

 言いたくないのか私に質問を返す

「新聞配達とかあるから盆以外は何処にも行かないよ。」

「へぇ・・・。」

 サヤは聞いているのか聞いてないのか曖昧な返事をした

「で、サヤはどうすんの?」

「さぁな・・・。」

 相変わらず答えをはぐらかす

 さっき猫と遊んでいたのと違い、どこか陰のある背を映していた

「もしかして、夏休みとか、嫌い?」

「・・・うん。」

 夏休み前と言えば自由解放宣言のような

 晴れ晴れとした気分になっているのが普通だろう

 私もその一人である

 しかし、サヤの場合、別に学校が好きだから嫌い、というわけではない

 やはり家庭の方に何かあるのだと確信した。

 それにしても好きな事は無いのかな・・・サヤには

 猫とじゃれてはいるけど

 放っといているといつの間にか居なくなってそうだ、やれやれ。

 なにか用事でも作っておかなくては、と言う使命感が湧いてきた

「なぁ今度遊びにいかないか?」

「外出れないんだよ・・・近くの図書館とコンビニ位までならいいけど。」

 サヤはため息交じりに言った

 どうやら移動範囲は数百メートルの様子だ、かなり切ない

 しかし日差しがダメなら夜なら問題ないはずだ

「じゃあ夏祭りとか。」

「人混み嫌だ・・・。」

 本当に何もかも嫌々ばかり・・・

 昼はダメ、人はダメとなると・・・・何があるんだろう

 車でもあれば楽だけど、いやあれも結構光が入ってくるな・・・

「いいから外たまには出なって・・・腐るよ?」

「はぁ・・・うるさいな・・・。」

 私の血管が切れそうなほどテンションが低い

 サヤの前に回りこんだ、猫だけを見て私のほうは見向きもしない

「じゃあ今からどっか行こう。」

 ようやくこちらをちらりと見つめた

 何を言ってるんだ?と言うような呆れた顔をしている

「今は何もやってないだろ・・・祭とかは。」

「ただの買い物だよ。」

「どこに・・・。」

「近くのスーパー、4時からタイムバーゲンで卵が70円だから。」

 道路を挟んだ斜め向かいのスーパーなら距離は数十メートル、サヤでも余裕の距離だ

「一人で行けよ・・・。」

「ここわたしんちなんだけど・・・サヤを一人置いておくわけにも。」

「じゃあ帰る。」

 それは困る、困る事は何もないけど困る

「扱いにくい奴だなぁ・・・こうなったら無理矢理つれてってやる〜っ。」

 やはりどうやっても動きそうにないので脇を掴んで持ち上げ、立たせる

 思った以上に軽い、見た目もかなり細いが

 生命の不安を感じる位に軽い。

 サヤの健康面の心配事をよそに

 当の本人と言えば掴まれたことに腹を立てて怒っている

 サヤは舌打ちをした 「私触られんの嫌いなんだけど。」

 猫は抱いたまま言われてもなんだか説得力も迫力にも欠ける。

「また「嫌い」が出た・・・一体何個あるんだ・・・?
 もうすぐ4時になるし私は行くよ・・・。」

 私は説得を諦めた、何を言っても多分「嫌い」で終わりだ

 好き嫌いはこれだから困る、理屈がない分説得のしようがない

「・・・・・・。」

 黙って私は外に出る支度をした

 サヤは猫を手放し一緒に玄関を出る

 このまま帰ると思っていたが

 怒ったような顔のまま店までついてきた

 友達と買い物をするというのは不思議でもなんでもないけど

 これほど会話の少ないのははたして・・・。

「夕食はマリアが作るのか?」

 買い物かごとカートを取り出している私に話しかけてきた

「ん?ああ・・・半々だな・・・今日は義母さん遅いだろうから。」

 サヤはそれに対し何を言うわけでもなくさっさと店に入った

 自動ドアが開くと冷気が店内から流れてくる

 クーラーの効いた店内はまるで別世界のよう

 思わずため息が出てしまうほど快適だ

 まずは卵を買おうと店を眺める、既に他の客が並んでいた

 昔は漫画のようなバーゲンセールだったらしいが

 その場合卵は無事じゃすまないような気がする

 オバサン達のタフネスさは凄まじいもので店を破壊しかねない

 ショーケースのガラスが割れたりしたのを見たことがある。

 私でもそれらに勝つ自信は全くない。

 列はまだ短いがその最後列に並ぶ

 4時まではあと4,5分ある、振り向いてサヤの様子を窺った

 サヤは私の隣で身を小さくしていた

「なんか結構恥ずかしくないか・・・。」

 サヤがボソボソ話しかける

 客層が殆ど30代以上だからだろうか?

「ははは、今時の高校生ならこの位普通だよ。」

 今時って自分は今だけど、似たような品揃えをしているコンビニは高い。

 学生なら尚更お金は持っていないのだから普通はこっちだろう

 とはいえ周りを見れば視線がこちらに向いているのも確かだ

 なんだか恥ずかしいというか窮屈な気分、

 どうもサヤは目立ちすぎるらしい、

 驚きの白さ、というキャッチコピーがあったがまさにあんな感じだ

 私や他の並んでいる人を影に、できるだけ人に見られないような位置で小さくなっている

 人混みが嫌いなのも頷ける、どこでも見られてしまうのでは窮屈に違いない

 嫌いなものが多いけど、きっと全部理由があるのかも知れない

 さっき「また嫌いが出た」などと言ってしまった事を後悔した



 卵も無事手に入れ、今日明日の食事分の食糧を買い込み

 適当に店を回る事にした

「なぁ、サヤって髪を黒く染めたりはしないの?」

 髪が黒ければ目立ちにくくなるはずだと、染髪剤を見る

 肌が異様に白い人なら多少はいる・・・・はず

 目が赤いのはカラーコンタクトと言う手があるが

 値段がネックだ、しかも管理も面倒くさそう

 髪が一番手軽に変えられる

「一度染めた事があるんだけどな・・・
 私ははえて来る髪が白いからな、時間が経つと・・・・わかるだろ?」

 そう言われて想像してみた、脳内で早送りして2ヵ月後くらいにする

 黒い髪の根元から白い毛が・・・近くから見れば富士山

 遠くから見たら禿げている様に見えなくもない。

 想像で少しふいてしまった。

「それから髪が伸びるまで毎日、洗えば落ちるタイプのやつで黒に染めてた。」

「それは・・・面白いな〜。」

「面白くないっての。」

 髪の伸びた後は想像していなかった、色々苦労してるんだ・・・。

「じゃあ逆転ホームランな発想でいっそ金髪にするとか、凄く不良っぽい金色になるかも。」

 白からなら色がそのまま乗る、しかも金色なら白い髪が生えてもわかりにくい

「・・・何が逆転ホームランだ。」

「ダメか。」

 ダメなのは言ってる自分が一番感じているけど

「学校の規則はともかく・・・
 ・・・・・・・・・
 ともかくダメだ・・・・・・・。」

 口より雄弁に沈黙がサヤの事情を伝える

 暗い話題はこちらまで暗くなってしまう恐れがある、すぐに切り替える

「何か欲しいものとかある?おごるけど。」

「・・・ここで?」

「音楽のCDだとか漫画はないけど、探せばそれなりにはあるんじゃないのかな?」

 例えば・・・

 周りの商品の山を見渡す

「このカップラーメン、とか。」

 カップラーメンといっても箱単位で、12個梱包されている

 夜食にもってこいだ、朝の早い自分にはあまり出番は無いが

「いや・・・いい・・・」

「こういう時にちょっと高めのシャンプーとコンディショナーを買って試してみるとかさ。」

 椿がどうのこうの、潤い成分がどうの、違いが匂い以外わからない

 よって私は匂いで選ぶことにしている、でも一番の理由は結局値段だ

 サヤの事だから何を言っても断るんだろうと思った矢先

「チョコレートでいい・・・いや、やっぱりこのエクレアで。」

 サヤは白い洋菓子をかごに入れた

 「おごりなんていらない」と言い出すと思っていたのに、以外。

「いらないって言ったらお前の事だから面倒になるし・・・
 それよりさっさとレジにいかないか?混んで来たぞ。」

 読心術でも使ったかのように頭で思った事に回答を出された

 夕方も4時を回ると、夕飯の仕度や仕事帰りの人間などで人が多くなってくる

 人目につくのが苦手なサヤはそういうことについては過敏に反応する

 エクレアを入れたのも早く出たいから故だろう



 いつもよりゆっくりしていた為か、買い物袋にはいつもより物が詰まっていた

 ちょっと買い過ぎてしまったか・・・。

 結構重い、最後の2本が効いたな・・・、2Lのミネラルウォーターが・・・

 両手の荷物の片方をサヤが持つ

 そんな「らしくない」気配りを不安に思っていると

「エクレアが潰れる・・・とっておこう。」

 と、店から出た後サヤは買い物袋から自分のエクレアだけ取って荷物を返し

 私の家まで先に戻っていった。

 両手に荷物を持っている私はエクレア分だけに持ちが軽くなったはずだが

 感覚としては全く変わりがない

 サヤらしさに安心したが、釈然としなかった。