薄暗い曇り空にはカラスが乱舞していた。

 その空と同色の灰色の建物はやはり空と同じく黒い染みが所々付いている

 私は高校の校舎裏で私は同じクラスの女子の渡辺茜を見下ろしていた

 私は今倒れているこの渡辺茜を見ると体の中がまるで金属みたいに重く、冷たくなる

 一言で言えば酷く不快になる

 それが何故なのか、理由ももう忘れた、個人的に怨みがあるわけでもなかった

 せいぜい知っている事と言えば

 同じ2年4組、消極的で勉強はトップクラス

 メガネでもつければステレオタイプの優等生という風貌で

 髪は腰まで伸びた僅かに緑がかった黒、清楚と言う雰囲気を一層引き立て

 私とはまるで正反対の存在、とにかく生理的に嫌い。

 そして今、清掃中クソ真面目に掃除してるそいつの背中を突き飛ばした

 不意に背中を押されたそいつはバランスを崩し

 数歩よろめいた後、派手に転んだ。

 転んだ拍子に汚れたバケツをひっくり返し、制服のスカートを汚した。

 渡辺はそのまま動かない、いい気味――

「死ね。」

 私はそれだけ言うと、その場から立ち去った。

 うずくまって黙るだけのこいつは私にとって良いサンドバックの様なものだった。



 私はいわゆる不良という位置づけだ

 口より先に手が出るし、成績も下から一桁。

 柄の悪い他の女だって手を出してこない、

 いわゆる番を張ってるって言うか・・・倦厭されている

 その辺は興味もないけど、少なくともそう思われているのは確か

 そのお陰で学校ではある程度自由に、静かに過ごせるから何も問題ない。

 教室での席は、横に6、縦に5列、5×6で30、

 クラスは31人だから一人余る。

 余った一人だけ6列目、最後列の窓際、教室の隅、それが私の席

 横も後ろも誰もいない、外も眺められる私にとっては最高の位置

 私だけの空間だった。

 そう・・・これまでは・・・・

 中間テストも終わって、6月、空気も湿って

 空は灰色が普通になる、そんな頃。

 馬鹿で幼稚な話題ではしゃぐ男子も

 将来は井戸端会議で時間をつぶすオバサンになるであろう女子の他愛ない会話も

 今日はみんな同じ話題を話していた。

「今日さぁ、転校生が」「かわいい子だといいなぁ」

「今の時期に?」「男?女?どっちよ?」「さっき校長室に…」

「気になるね」「絶対、問題アリの人だよ」「そう言えば違う制服の人が」

「このクラスだって」「先生来ンのおせーなァ」

 多量のノイズの嵐の中に話題の中心の単語が聞き取れる。

 教室の隅で椅子に寄りかかりながらそれらの声を聞いていた。

 これだけ騒がしい教室内でも、友達と呼べる友達のいない私は一言も口を開く事はない。

 ダラ〜っと教室中と窓の外の曇った景色を眺める。

 2年生になる事で教室も校舎の1階から2階へと上がる

 去年よりずっと遠くが見えるようになっていた

 去年は隣の建物しか見えなかった。

 それにしても、この時期に転校生なんて確かに問題を起こしたと考えても無理はない。

 一応は考えてみるものの、結局自分には関係ない、どうでもいい事と思考を停止させる。

 しかし、時折視線を感じる、私のエリアに入ってくる不快な視線が気になる。

 もしかすると私に関係あることではないか

 睨み返してエリアを確保しながら、なにか引っかかる視線の違和を解決するべく

 記憶を巻き戻す、そして再生・・・

 確かに聞いた「このクラスだって」・・・そう、これだきっと。

「・・・・ここのクラス・・・ということは」

 不安や不快になると自然にやってしまう癖で、私は薬指を噛んだ。

 私以外誰もいない6列目の席にその転校生が来るのは誰だってわかる。

 他にスペースなんて無いんだから、他に考えようがない。

 渡辺辺りが死ねば、その席が空くが、さすがに犯罪者になる気はない。

 時折、チラチラとクラスの奴が私を見ていたのは、そういうことだろう。

 よく聞けば「かわいそうに」など言ってる奴もいる。

(それはこっちのセリフだよ、くそっ・・・。)

 見たこともない転入生が既に憎くなってきた。



 程なく教室に担任の教師が入ってくると

 まるで教室に空気がなくなって真空になった様に、しん…と教室が静まる。

 担任の教師には咳払いが必要な位の静けさと好奇の目があった。

「おはよう、いつもと違ってみんな態度が良いな〜。
 知ってると思うが、今日転校生が来んだが・・・気になるか?」

 ニヤリ、と担任が笑う、いいからさっさとソイツを連れて来いってんだ。

 この担任は話が長いのでウンザリする。

「色々引っ張りたいんだが、あんまり待たせると悪いか。
おーい、入ってきてくれ。」

 ドアにクラス全員の視線が集まる

 教室の扉が開き、転校生が入ってくる

 どよめきが起こる

 確かに 身長が高くて、スタイルもいい・・・多分。

 顔も整っていて何処かの気の強いお嬢様と思わせる雰囲気だった。

 所々でため息が漏れる、少なくとも男子には興味の的だろう。

 担任が口を発する前に転校生は生徒の方を向く。

「私は蒼野マリアと言います、みなさん、これから宜しくお願いします。」

 マリア・・・・聖母の名前だったか

 ハーフでもない日本人にそんな名前つけるのか。

 後は担任が色々転校生の事を喋っている、私にとってそんな事はどうでもいい

 ただ気になる事は・・・気になる事は一つ。

 それはいつまでたっても話題に上がってこない。

「それで、君の席だが・・・。」

 やっと来た、HRがすでに1限目の授業と一体化されて

 いい加減イライラしていた私にとって、ようやく気になる話になった。

「後ろしかないんだが・・・あの辺でいいかな?」

 そう言って担任の指差した先は廊下側、私の素行不良を知るなら当然の位置だろう。

 これなら以前より多少見劣りするが、距離は遠い分

 私の場所が侵食されずに済む・・・そう思って少し安心しかけた刹那

 予想だにしない言葉が耳に入ってきた。

「私は窓に近い方が好きだから、彼女の隣でお願いします。」

 こいつ・・・何言ってやがるんだ。

 担任が廊下側を薦める、遠まわしに「あいつの隣はダメだ」と言う調子で。

 しかしあのマリアとか言う女はまるで聞く耳を持たない

 転校生の癖に既に反抗的な態度が癇に障る。

 空気も読まず淡々と自分の机と椅子を準備していく、宣言どおり私の隣に。

 全く何を考えているのかわからない。

 奴は椅子に座ってこちらを見る、もちろん睨み返す

 早く遠くに行かないと実力行使に出る、と言う意味を込めて。

 しかしどこまでも空気を読めない奴がいる、コイツはその類だったようで

 しばらくこっちを見て、ほんの少しだけ笑顔を作り

 手を差し伸べてくる、握手のつもりだろうか?ふざけてる。

「これから宜しく、できれば名前を聞きたいのだけど。」

 口の代わりに拳で返してやろうと思ったが、いくらなんでも目立ちすぎる。

 無視して外を眺める、ガラスには私の後ろにマリアが映っている

 今度は前の奴に挨拶している、本気でその席にいる気らしい

 授業が終わったら脅して席を変えさせてやる・・・そう考えていた。

「月島サヤさん。」

 唐突に私の名前を呼ばれ、振り向いた。

「何で私の名前を?」 「前の席の人から聞いた。
 隣同士仲良くしたいと思って。」

 何が仲良くしたいだ、こちらはこの世から消えて欲しいと心から言える。

「あのさ、喋らないでくれる?ウザいんですけど。」  その気持ちをこめて言う  マリアはそう言われると、表情も変えず前を向きなおした。

 全く動じる様子はない、私は激しく怒りを覚えた



 授業が終わると、さっそくコイツに蹴りとパンチを、おつまみに話をしようと席を立つ

 しかし一歩も足が出ないうちにマリアの周囲に人だかりが出来た。

 立ちはだかる人の壁、とても近づけない、そればかりか

 自分の席にまで人が来るから、その場でじっとしている事すら儘ならない、

 たった一日で急激に変化する環境、私にはマリアが悪魔にしか見えなかった。

 次の休み時間、昼休みも同様に、人壁を築かれる。

 いつ人だかりが消えるのか、そう思いながら教室を眺めると

 渡辺が弁当を食べている所が見えた

 こっちのイライラと、うって変わって悠々と食事している姿をみて

 またいつもの重苦しい気分になった

 その気持ちと溜まったストレスを吐き出すように、渡辺の机を蹴る。

 蹴った机の淵が渡辺の腹に当たる。

「うぅっ・・・痛・・・っ」

 当然うずくまる渡辺

「ごめ〜ん、足がすべったぁ。」

 お腹を手で抑え嗚咽を漏らす渡辺は相変わらずこちらを見ようともせず黙りこくっている

 少しだけ気分を晴らすも本題の方はどうも解決しそうにないので

 諦めて今日は5、6限はサボって、もう帰ろうと教室の外に出ようとした。

 明日の朝にでも言えばいい、窮屈な午後を過ごすのはゴメンだ

 そうやって空っぽのカバンを持って廊下へ出ようとした時だった。

「おい、待てよ。」

 教室の対角線から声が飛んできた、声の主はマリア。

 元々キツめの顔を更にキツくして歩いてくる。

 アイツから声をかけて来るなんてむしろ好都合だと、こっちも近寄る。

「ま、待って、私は大丈夫だから・・・」

 途中で渡辺が止めようとする、マリアは相変わらず全然聞いていない。

「月島さん、今わざとやったでしょう。」

「そうだけど?何か言いたい事あるの?」

「ある、彼女に謝れ。」

 ハッキリ言う奴、あまりにストレートで笑ってしまう

 「転校生の癖に生意気」なんてベタな事言いたくないけど

 転校生じゃなくても生意気は生意気だ。

「ふーん?私も言いたい事あるんだけど・・・」

 マリアに近づく、勿論喋る気なんかない

 近づくや否や私は渾身の力を込めて殴りかかった。

 周りの生徒が「あっ!?」と叫ぶ

 数瞬の静寂

 私はあるはずの感触が無い事に気づく。

 拳は空を切っていた、焦って拳を引っ込める。

「それが言いたい事?もう一度言うの嫌だけど、彼女に謝りな。」

 身長差もあるだろうが、見下されているような感じを受け

 尚更、怒りがこみ上げてくる。

 その怒りに任せ右拳を振り出す、マリアもそれに合わせて動いた

 拳が掴まれ、さらに襟を掴まれる

 次の瞬間、ふっと地面が急に消え、何が起きているのかわからなくなる。

 壁がいきなり現れそれに激突、視界は火花が散ったようにスパークした

「いた・・・痛い・・・っ」

 倒れていた、あまりに一瞬の事で理解できていなかった

 壁だと思っていたのは床・・・。

 すぐに我に返り、ばっと見上げる。

「謝れ。」

 3度目のこのセリフに対し、手も足も、口も出ない

 どれも負けるだろうという事実が突きつけられていた

 余りの手詰まり感に思わず目を背け顔を下げてしまう。

 ゆっくり立ち上がる、謝る気なんてとうにない、他の事を喋れば負け犬の遠吠えになってしまう

 私は鼻で笑って黙って教室から出て行った。

 校舎から出てふと自分の手の平を見る、指が激しく震えていた

「アイツ・・・絶対許さない・・・・っ。」

 ふと空を見上げる、今の心情を表したような色と

 息苦しい湿気が周りを包んでいた。