私の名前は蒼野マリア

 この間私立女子高で問題を起こして退学となって

 この公立高校に転入する事になった

 原因は暴力沙汰だが、悪い事をしたなどは思っていない、むしろ不当な暴力に対しそれを制した。

 実力行使以外で事の収拾を付ける方法が思い当たらなかった。

 だが、大概の人はそれも暴力と捉える、確かに事情、話の流れが分からなければ同じようなものだと捉えるだろう

 よく「間違っていなくても、暴力で物事を解決するのはよくない」という人間がいる

 端から、暴力だと規定する感情論にも似た暴論、

 間違っていないならそれは既に暴力とは呼ばない。

 武力とでも置き換えるべきだ、実効性と有効性を帯びる力は結局の所、単純ものしか残らない、結局は

 合理性と倫理感は別物だろうか、ともかくそれを使ったが為に退学にされた

 そんな愚痴を言っても始まらない、今は転校する事になった

 問題を起こすのは私はともかく。他人にはよくない、

 特に私の義母にこれ以上は迷惑はかけたくはなかった。

 この学校では私はできるだけ問題を起こさないように心がける事にする、あくまで普通に愛想よく振舞おうと。



「じゃあ、そこで待ってて。」

 担任の国語の教師が先に教室に入り、場を作っていた。

 私は教室の前の廊下で待つ、2年4組、私の前の学校では組はアルファベットだった。

 それだけの事でも違う学校に来たのだ、と少し感傷に浸ってみたりする

 今は長い廊下に私が一人で立っている、まだ私はこの学校の一員ではないという気分にさせられる

 さすがに一つ軽いため息がでる、今日からここに通うのか・・・

 まずは「問題を起こさない」それには周りの流れにある程度従うと言う事。

 自分を呼ばれるまでそれを頭にインプットさせていた

 「おーい、入ってきてくれ。」

 待つのは嫌いなので、そう言われてすぐに扉を開く。

 途端に教室内がざわめき視線がこちらに向けられる。

 様々な生徒の様々な感想が混ざってただの音になって私の耳に届く

 耳からでなくても顔を見れば大体の情報は分かる、悪いことは言っていない、と。

 挨拶も終えて、ゆっくり教室を見渡す

 私は教室内の様子を見ながら、一目で分かるような個性的なものを探した・・・

 学校なんて大体同じようなもの、だがここではすぐに見つかった、

 教室の隅、明らかに孤立してる女がいる。

 その女はこちらを少し見ただけで、あとはずっと窓の外を眺めていた

 みんなが先生の話と自分に興味を注いでいる中、こちらを全く見向きもしない。

 教室の後ろはある程度スペースがあって、自分の席はあの辺になるだろうとすぐ予測できた

 つまり彼女の隣だ、妙に孤立している点も含めて親近感が沸いてきた。 



「それで、君の席だが・・・後ろしかないんだが・・・あの辺でいいかな?」

 長い話の後、ようやく私の席の話になった、指差した方向は廊下側

 私は既に孤立したあの女に興味が注がれていた

 友達としては気が合うんじゃないかという期待もあり

「私は窓に近い方が好きだから、彼女の隣でお願いします。」

 私はそう答えた、実際窓に近い方がいい

 思った事を言わない謙虚さを、私は美徳とは思っていない

 言いたい事は言うべきだ、もちろんそのリスクも背負う。

 しかし生徒・・・主に女子の顔が、頭に疑問符が巡り巡って、

 顔の筋肉に新しい命令を下し表情が変化する、私にそれは危険だと顔で警告する

   先生も同じような表情をする、転校生という異質な存在は容易に村八分にされる

 些細な事も警戒するべきなのは分かっている

 しかし私は周りの流れを無視する形で自分の席を準備する、

 興味もあるし、問題にはならないだろう、多少いがみ合いがあっても

 隣の女は1対1で向ってくるタイプ、他人とつるんでは行動しないだろう、

 それならむしろ仲良くなれそう、そう思えた



 ようやく準備できた席に座り、早速頭で授業風景をイメージする

・・・・・・・

 まぁなかなかいい場所かな?

 イメージも完了したことで、次は隣に挨拶する事にした

 視線を彼女に向ける

 彼女は見た目は体は細くて、肌は入院患者のように真っ白を通り過ぎて蒼っぽい

 目つきは悪いけど表情さえどうにかなれば美人と言うより「かわいい」の部類に入る顔

 あと額が広い、白いので余計にそう見える、デコピンしたくてウズウズする。

 ふと私が見ていることに気がつくと

 すごい形相で睨み返してきた、まるで番犬が静かに唸っている様

 不法侵入者の私に対して警告している「さっさとここから離れろ」、と

 なんだか予想通りの人物、昔の自分ってこんなだったっけ

 自分の義母に対しての反抗期、育ててくれた母ではあるけど、あの時はそれが納得できなかった

 自分の居場所がどこにもないと感じて、周囲に当り散らしていた時を思い出し、苦笑してしまう

 あ〜、忘れたい過去・・・もしかしたら少し表情に出てしまったかもしれない。

 あの時は散々迷惑をかけた、コイツは今周りに迷惑かけてるんだろう、まだ何も知らないから確証は無いけど。

   きっと無視するだろうなとは思いつつ、私は握手の為に手を出す

「これから宜しく、できれば名前を聞きたいのだけど。」

 私の言葉に一瞬呆けた顔をして目を背ける、ガラス越しに私を見ているので

 気にはしているらしい。  今度は前の席の人に挨拶をする

 ついでに名前も聞いておく、横の人の名前と一緒に。

 月島サヤが彼女の名前、イメージ通りの線の細い名前、早速呼んで見る。

「月島サヤさん。」

 月島さんはぎょっとしてこちらを見た。

「何で私の名前を?」

「前の席の人から聞いた、隣同士仲良くしたいと思って。」

 月島さんはため息を一つついた。 「あのさ、喋りかけないでくれる?ウザいんですけど。」

 どうも心象は最悪だった様だ、いやこの一匹狼ならぬ一匹猫に近づけば否応なしに噛まれるだろう。

 だから最悪も最高もない、とりあえず覚えてもらえればそれでいい

 

 休み時間になると私の周りに人が集まってきた。

「ねぇねぇ、その制服どこの?」「部活どこだった?」

 正直、人と話すのは好きじゃない

 正確に言えば私が喋るのはいいが、喋らされるのが嫌いだ。

 よって、さっさと打ち切って一言で答えを返す

「めちゃめちゃかわいいね〜、彼氏っているの?」

「いない。」

 授業中のほうが落ち着く・・・早く終わって欲しい

 多くの人だかりは隣の席を圧迫し、月島さんは教室の前の方の窓際にいた

 こちらに近づけずイライラしてこっちを見ている、相変わらず、すごい形相

 休み時間中、一定の距離を置いて常に監視されているようだ

 昼休み、私の周りの人は減ったものの、それでも数人はいる、

 暫くウロウロ教室を歩いていた月島さんの私への怒りの矛先は

 教室の教壇の近くで昼食を食べている女子に向けられた。

 机ごと蹴りこみ、その女子は痛みでうずくまる

 教室にいた生徒が何事かとそちらを見る、

 体格のよい男子でもいれば「おいやめろ。」など言ってくれるものだが

 そういう奴は大抵外にいたり屋上にいたりでここにはいない。

 いや、止める奴がいないのが分かっているからストレス発散したと見るのが正しい。

 ともかく、私のせいで罪のない生徒に被害がかかってしまった

 カバンを持って帰ろうとしている、私にも責任の一端がある

 相手もお話しというケンカをしたがっていた様だし

 私は席を立って彼女の方へ歩いた

「おい、待てよ。」

 自分の事かとゆっくり振り向く月島

「ま、待って、私は大丈夫だから・・・」

 被害者Aがそういって私を引きとめようとする

 こっちこそ彼女のストレスを上げてすまない、私は心の中で謝った。

「月島さん、今わざとやったでしょう。」

「そうだけど?何か言いたい事あるの?」

 ない訳がない

「ある、彼女に謝れ。」

 親近感があるにしても、やはり理不尽な暴力を許す事はできない。

 月島さんはきょとんといた顔からにやけ笑いに

 そして怒りへと表情を変化させていく。

「ふーん?私も言いたい事あるんだけど・・・」

 言い切らぬうちに左拳を繰り出してきた。

 軌道の読める素人のテレフォンパンチ、不意打ちでも簡単に避けられた

 こういう時武道を習っていて良かったと思う、やはり痛いのは出来るだけ勘弁して欲しい。

 左拳を外した月島さんはひどく困惑していた

 それ以上に周りも驚いている

「それが言いたい事?もう一度言うの嫌だけど、彼女に謝りな。」

 隣に席を作った事は挑発のつもりじゃない、と言ってもそう思われてるだろうな、絶対  更にカッとなって殴りかかってくる、今度は右の拳

 私はそれを内側に避け、左手で拳を掴み、足をかけ、右手は肩を掴んで押した、

 柔道の体落としに近い技で彼女はあっけなく床に倒れた

 受身を取らなかったから結構痛そう・・・

「いた・・・痛い・・・っ」

 後頭部を抑えながら月島さんは

 ギロッ・・・とこちらを見る

「謝れ。」

 痛そうではあるが、この場で情を向ける気は毛頭ない

 月島さんは、さすがに戦意を失ったのか腕が垂れて、顔を下げる。

 そのまま黙って背を向けカバンを持って去っていった。

 周囲を見れば廊下にまでギャラリーがいる

 問題を起こさない・・・確か朝ずっと心で連呼していた

 多分今、物凄く問題を作ってる気がしている

 私が一番しなければならなかったのは「興味本位で物事に当たらない」だった

 自分こそ自分自身をわかっていないガキじゃないか。

 様々な事を後悔しつつ、被害者の女子に目を向ける

「大丈夫か?」

 その女子は目を輝かせてこちらを見る

「だ、大丈夫です・・・あの・・・ありがとうございます。」

 相手の感謝の気持ちが強いほどに、月島さんを怒らせた自分の行動を悔いて  目を背けてしまう

「大丈夫ならいい。」

 とにかく、転入していきなりやってしまった

 自分の考えを改めなおす為、足早に教室を出ていった



 校舎の外で水道の蛇口を捻って顔を洗う

(大体興味のあるものにないフリをするなんて無理だ、元々そういう性格なんだ・・・

いや、だからこそ変化が必要で・・・

でもやっぱりそれは無理―――)

 私の思考はいつまでも堂々巡り、

 湿った重い空気に思考まで同調してしまっていた。